第2話
「それで、こいつは一体どういうこった!?」
ドン、と志村を壁に押し付けながら、腹の底から唸るような声が出る。
怪異の駆除、異常現象の解決、異能者共の始末等々。
今まで色々な仕事をやって来たし、厄介事に巻き込まれたことだってある。
だが、それでも、
「何で、俺が、あんなガキの面倒見なきゃなんねーんだっ!!」
こう言わざるを得なかった。
預かり“モノ”なんて言葉遊びに騙された自分にも腹が立つが、何よりもこいつの考えが読めない。
預かり者――――――要するに護衛の仕事。
単なる荷物預かりとは訳が違う。
護衛の仕事はする側もされる側にも多大なストレスがかかる。
される側はいつ来るかもしれない襲撃に怯え、しかも常に知らない人間が張り付いているのだからその心労は無意識のうちに積み上がっていく。
する側も護衛対象を守るために四六時中警戒せにゃならんし、自分ではなく他人を守るというのは相当に神経を使う。
だからこそ、この手の仕事は複数人で行うし、余計なプレッシャーを与えないように威圧感のない奴や同性の人間を配置したりする。
――――そして俺は全ての条件に当てはまらない。
今回の人員は俺1人、補充要員はゼロ。
性別はもちろん男だし、身長190㎝以上で顔はどちらかと言えば厳つい方。
加えて、期限こそ決まっているがそれ以外の必要最低限の情報も無し。
そして極めつけは、俺は誰かを護る事に向いていないという事だ。
性質、あるいは本質の時点で不向きなのだ。
だからどうしても解せない―――何故俺を選んだ?
「うーん、せっかくの壁ドンなのに全然うれしくないなぁ……もうちょっと少女漫
画的なイメージでお願い」
デコピンを一発喰らわせる。
額を抑えて悶絶しだしたがどうでもいい。
件の少女―――鳴上とか言ったか――は部屋の中で待たせている。
幸い今この狭い廊下にいるのは俺たちだけだし、誰にも話は聞かれない。
「受けちまったもんは仕方ないし、お前絶対に口を割らねーから詳細も聞かん。
でもこれだけは答えろ――――俺でいいのか?」
「―――君じゃなきゃ駄目なんだってさ」
額を抑えていた手を離し、まっすぐに俺の目を見ながら返事をする。
いつものふざけた声ではない、裏社会の
普段の態度からは想像もつかない、10代から交渉一本でこの業界を生きてきた人間の言葉だ。今までの付き合いからも、この言葉が絶対であると確信できる。そして言外に、依頼人が俺を指名したであろうという事も伝えていた。
「……そうか、分かった。」
ぱっと思い浮かぶ顔はいくつかあるが、どれもありそうで確証が持てない。
なら今の俺にできるのは1つしかないだろう。
「……部屋に入るぞ。いつまでも待たせてたらあれだろ」
「そーいう気遣いを普段からしなよぉ……あとさ」
「あん?」
「君まだ22でしょぉ。ガキ呼ばわり出来る歳じゃないよねぇ」
「黙ってろ25歳児」
あと今気づいたが、こいつの今日のジャージは炎の柄が入った安物だった。
やっぱりくそだせぇ。
◆
「はいはいそれでは自己紹介から始めましょぉー!」
まるで婚活パーティーの司会者―――行った事は無いが―――の如く、無駄に高いテンションで志村が声を上げる。
ちゃぶ台を囲んで自己紹介というのも妙な気分だが、これも仕事だ。
座布団の上で綺麗な正座をする少女を見据えながら口を開く。
「……バン、そう呼ばれてる。今回お前さんのお守りをする事になった請負人だ。
一週間程度の付き合いだがよろしく頼む」
本来なら愛想よく振舞うべきなのだろうが、そういうのはどうも苦手だ。
なので些かぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「……鳴上アゲハです。一週間お世話になります」
ぺこり、と軽く頭を下げる少女は、やはりどこか無機質で無表情だった。
顔も。視線も、声も、心も、何もかもが
何も感じていない、何も考えていない―――そうあるべきと言う様に。
もちろんこれは俺が勝手に抱いた印象で実際は違うかもしれない。
俺より事情を知っているはずの志村ならば間違いなく異なる考えだろうし、心理学、読心術に長けた人間ならより正確な答えを得られるだろう。
でも、何故か……気に食わないと感じている自分がいる。
内心首を捻りつつも、答えは出ないので思考を放棄する。
今は仕事の話を優先するべきだ。
「とにかくあんたの護衛を受けることになった訳だが、守ってもらいたいことが1つだけある」
「守る事……ですか?」
「ああ、つっても簡単だぞ。期間中、出来る限り俺から離れるな」
まず当たり前のことだが、近くにいなければ守ることなど出来ない。これが術式使いや超能力者辺りなら、障壁を張るなり幻影を作るなりの手段が取れるが、生憎俺にはこの身一つしかない。
なので肉盾要員としてはいつでも庇える位置にいてほしいのだ。
「風呂とかトイレの時は仕方ないとして……寝る時は隣りの空き部屋を使えばい
いか」
幸いなことに、俺の部屋がある2階は空き部屋が結構ある。いざとなれば壁をぶち抜けばいいし、ほかの住人も一々気にしない―――むしろ巻き込んだ方が楽かもだ。
チラリ、と視線を志村に送ればウィンクして了承の合図をする。どうやらその辺も織り込み済みだったようだ。
「俺から言うことは事はこのくらいだ……そっちは何か希望はあるか?」
「…………何も、ないです」
ぽつり、と呟くようにして鳴上が返答する。
「強いて言うなら……護衛なんて貴方にも迷惑がかかると思います。だから部屋からも出ません。それでいいでしょうか?」
まさかの引きこもり宣言である。
いや、確かにそれならば楽だし、俺にとってもありがたい話ではあるのだが、
「ノンノン、駄目だよぉアゲハちゃん。若い子がこんな野蛮人と引きこもり生活な
んて色んな意味で良くないからね! ちゃあぁんと外に出ないと」
「目の前で野蛮人呼ばわりするな……まあ、一理あるが」
それはつまり俺も1週間部屋に籠らねばならないという事だ。
仕事だし我慢しようと思えば我慢できるのだが、志村は違う意見らしかった。
「というわけでバン君! 彼女を外に連れ出しなさい、それも毎日よぉ!」
「……マジかぁ」
仕事の難易度が上がった瞬間だった。
本当に何を考えているのかこいつは。確かに引きこもりは遠慮したいが、だからと言って外を無駄にフラフラするのも駄目だろうに。
実は大して危険性が無いのか、このボロアパートが襲撃されるのが嫌なのか、それとも襲撃されること自体が目的なのか。
「……で、鳴上。こいつはこんな事ほざいてるがどうしたい?」
情報が無さ過ぎて判断は出来ない。なので本人の意思を確認してみる。
「……それなら……別にそれでもいいです」
返って来たのはなんとも主体性のない返事だった。
◆
話が纏まり、志村が「ちょっと用があるのでお先ぃ」とか言って部屋から出た後。
隣りの部屋へ鳴上の荷物―――小さい旅行鞄1つ―――や庭に置いてある物置から使わなくなった家具一式を引っ張り出し、ひとまず生活できる環境を整える。
最初は俺一人でやろうと思っていたのだが、意外にも鳴上が自分から積極的に手伝ってきた。
「自分が生活する場所くらい、自分でやらないと……」
そんなことを言って手際よく机や簡易ベッド、食器などを設置していく。
いかにも慣れた様子だった。少なくとも俺や志村では逆立ちしたって敵わない。
「ずいぶん手馴れてるな」
「……孤児院でこういうのよくやってたんです」
口に出た疑問に鳴上が少し躊躇いがちに返す。
――――孤児院と来たか。
この言葉と、今までの様子や立ち振る舞いからして確信することがあった。
彼女、鳴上アゲハは間違いなく一般人だ。
少なくとも、昔から裏の世界にどっぷり浸かっているような生き方をしていないのは間違いない。
本来なら俺のような人種と一切関わらず、平凡に生きていくはずだった人間だ。
「……じゃ、準備も終わったしメシの用意でもするか。もう昼前だしな」
だがそれは、俺にとってどうでもいいことだった。
表から裏に落ちる人間などごまんといるし、現時点で命がある分マシとも言える。
同情も憐みも必要ない、ごくごく普通で当たり前の事。
重要なのはこいつの背負った事情がどれだけ重くて、仕事がどれほど厄介なのか。その一転に尽きる。
「そうですね……ちなみに何を?」
「あー、そういやカロリーメイトと酒くらいしか置いてなかった……しゃーねぇな、何か出前でも頼むか。番号書いた紙が部屋にあったはず……」
そう言って俺の部屋に戻ろうとして――――途中で変なものが視界に入った。
「………あの、人が倒れてるんですけど」
部屋につながる廊下、ちょうど俺の部屋の前あたりに人が倒れていた。
古ぼけた黒いジャケットにジーンズ。うつ伏せになっていて顔は分からないが、染めた赤い長髪と耳に光る銀のピアスが目立つ男だった。
その外見的特徴だけで誰かが分かったので滑るように近づいて、
「邪魔だどけ」
割と強めに蹴り飛ばした。
「ぐべぇっ―――!」
「おし、さっさと入るぞ」
奇妙な叫び声をあげて廊下を転がっていく男を尻目に、部屋の扉を開けて鳴上を手招きする。
「えっと……いいんですか?」
何か言いたそうな感じだが、あいつにはこういう対応で十分なので無視だ。
「ぐ……待ちたまえよバン君! 不幸にも行き倒れていたこの私を蹴り飛ばすとは人の心が無いのかい!? 最近の若者は親切心という言葉を母親の腹の中に置いてきたというのか? なんて冷たくて悲しい時代な」
「うっせえ」
よろけながら立ち上がろうとした男に、強めのデコピンで指弾を飛ばす。
威力こそ低いが、空気の弾丸は男の額に命中しもんどり打って倒れた。
「どーせまた馬か船で有り金スッたんだろ。金の無心するなら志村に言えよ」
「ぐ、ぐぐう……食事さえ取れていれば、この程度の攻撃などに……」
震えながら男は顔を上げる。
陰のあるギリギリ2枚目な顔立ちだが、今は頬がこけて目だけがギラギラしている男は這うようにして俺の脚へとしがみついてきた。
「た、頼むバン君! 花蓮嬢は連絡つかないし、他の皆も出払ってるようだし、
今頼れるのは君だけなんだ! お金じゃなくてもいいから何か食べ物を……もう1週間近く水だけで生活してるんだ!」
「人間水だけで10日は生きられるらしいから、あと3日は頑張れるな」
「ご無体なことを言わないで!」
「……あの、その人は?」
1階に放り投げる事を考えていると鳴上から疑問の声が上がる。
俺は軽くため息をつきながら、男の首根っこを持ち上げつつ口を開く。
「こいつはゲン、斎藤源助。このアパート《常春荘》の住人で―――俺の同業者だ」
「こ、これは可愛いお嬢さん。よろしくお願いするよ……」
震える手で男――――ゲンは鳴上に握手しようとしたが、一応護衛中なのではたき落した。
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