第7話「私はまだsy」
そんなこんなで、俺たちはやっと恋人同士になった。
幼稚園の頃、というかほとんど生まれてからの付き合いだから、此処までに実に15年近くかかったことになる。
よく考えたらめっちゃ長いなこれ。
一部のませた奴が付き合い始める小学生や、遅くても思春期に突入した中学生の頃にはこうなっててもおかしくないんだがな。
我ながら奥手だったということである。
ヘタレとも言う。
お察しの通り、あの時俺が渡したプレゼント、白い花の髪飾りは以前購入してあったものだ。
去年のこの頃。ちょうど一年前に、俺は三夏に告白しようとしてその髪飾りを買った。
柄にもなくネットのアクセサリーショップを巡回して、タイトルだけで避けてたようなサイトにもぐって流行や人気のある種類を調べ、店で現物を見て回って、最後には感覚で決めた。
これはきっと三夏に似合う、と。
その勘は当たっていた。
実際、見事なまでに三夏の魅力を引き出していた。
だてに15年間一緒に過ごしてきたわけではなかったらしい。
まあ、そこから一年間渡せなかったわけだが…慎重だったんだな。うん。
※ ※ ※ ※
そして翌日。
俺たちは二人で登校した。
そこまではいつも通りだが、今日はずっと、手をつないで歩いてきた。
別に今までも手を繋いだことはあったし、手が触れ合う機会なんてそれこそ毎日ある。
だけど。
掌に浮かぶ汗と、不自然な力の入り方。それと筋肉のこわばりが、お互いの緊張と動揺を伝えてきて。
付き合い始めた。恋人同士になったという実感が全身を駆け抜けていった。
そして、なんだが急に気恥ずかしくなって、頬が熱くなった。
やっていることは、何も変わらないはずなのに。
親友から、恋人へ。
それだけの関係の進展が、これだけの感覚の変化を二人に与えていた。
※ ※ ※ ※
「おはよう。お、告白はうまくいったみたいだな。おめでとさん」
教室に入ると、服部が声をかけてきた。
目ざとく軽く触れ合った手を見つける。
だけど意外なことに、素直にお祝いの言葉を贈られた。
「ありがとう。でも正直お前には煽られると思ってたわ」
うれしいし別にいいのだが、なんだが妙な気分になる。
見れば、三夏もコクコクうなずいている。
中学の時から会うたびにいじられた三夏は、普段の絡みが少ない分、余計にその印象が強いのだろう。
「いやー。もうさすがにそのネタ使いすぎちゃったし。あとお前ら見てるともうじれったくなってきてな」
そうぶっちゃけて服部は笑う。
なんともアレでがっくりくる理由だが、こんなふうに自分勝手なほうが服部らしいかもしれない。
「でもどうせ今度は別のことでいじってくるんでしょ」
三夏はそれでも疑わし気に服部を見ている。
なかなか恨みは深いらしい。
「そうだよ?恋人になったほうがいろいろ面白いことになるだろうし」
「もー。やっぱり!」
あっけからんととぼけて見せる服部に、三夏が食って掛かる。
まあ、それでも声色は明るくて、このやり取りを楽しんでいるようだった。
会話の途中、三夏は表情をころころ変えた。
ある時は、むすっと眉を寄せて。
またある時は、にぱっとはじけるように笑った。
動きに合わせて揺れるつややかな髪。
半ば閉じている大きな瞳。
淡い桃色に光る唇。
そのすべてが愛おしく、魅力的に思えて。
いつの間にか、じっと見入ってしまっていた。
「冬也?どうしたの?」
それに気づいた三夏が、不思議そうにこちらを見上げる。
50センチも離れていないところに、三夏の顔がある。
無自覚な上目遣いがあどけなさに拍車をかけ、その瞳の中には俺だけが映っている。
無警戒な振る舞いは俺への信頼の証のように思えて—————————————
あー、ヤバい。やばいよこれは。
え?なにこれ。三夏ってこんなかわいかったっけ?
「いや、別に。なんでもない」
気恥ずかしくなって思わず顔を背けてしまう。
言えない。
かわいくて見惚れてたなんて絶対に言えない!
「えー。なんだなんだー?」
楽し気に三夏がわき腹をつんつんしてくる。
くすぐったいのでやめてください。
やめ…ヤメロォー!
「そのくらいにしといてやれ。ほんとになんでもなかったんだろ。な?」
「あ、ああ。もちろん」
なんとなく察したらしく、助け船を出しながらも服部は呆れた目を向けてくる。
この場はありがたく乗せてもらうことにする。
「ふーん」
三夏もさすがに矛を収めてくれた。
内心ほっと息をつく。
「あ、そうそう。君たち昨日アレはやったのか?」
だが、服部はとんでもないものをぶっこんできやがった。
「あれってなに?」
いいんだ。気にするな。
この世には知らなくていいこともあるんだ。
「なにって…ナニのことだよ」
だからお前は余計なことを口走らんでよろしい!
んな急にやるわけないでしょうが。
「な…ナニって…」
よし。落ち着け、三夏。
いい子だ。いいな。ステンバーイ、ステンバーイ。
「私はまだsy」
よーしよしよし。どうどうどう。
うーん。怖かったな。よく頑張ったよ。
…何とか致命的な発言が飛び出す前に食い止めることができたな。うん。
と、思ったが、三夏は目を回していた。
若干手遅れな気がしないでもない。
「服部ィ…。やりすぎだぞ」
「…スマン」
気を失った女子とその彼氏、そして男子がもう一人。
なんだこの空気。
いたたまれないにもほどがある。
※ ※ ※ ※
それから少し過ぎて、昼休みのある時。
このみ『やっほー』
木実からLINEが送られてきた。
ごろんとした猫のスタンプが押されている。
少しほっこりとしてしまう。
普段三夏と話すときはほとんどスタンプを使わないのだが、こうやって効果的に使えたらいいなと思う。
今度適当に送り付けてみようか。
冬也『おう』
冬也『どした?』
このみ『どした?じゃないよーもう』
このみ『告白成功おめでとう!』
このみ(動物が祝っているスタンプ)
そういえば、さっき三夏と木実が話をしているのを見た気がする。
その時にきっと聞いたのだろう。
声をかけるのはあった時でもいい気がするが、思ったらすぐに行動するのが木実らしいような気もした。
冬也『ありがとう』
冬也『木実にはだいぶ励まされたしな』
このみ『そうだね。ほんと、うまくいってよかったよ』
冬也『ああ。いろいろと、これからもよろしくな』
このみ『うん。こちらこそ!』
会話が終わったっぽいのでとりあえず閉じておく。
これ、やめるタイミングが結構むずいよね。
ちょうどきりよく終わればいいけど、やめどころを見失うといつまでたっても終われなくなる。
まあ、最近は途中でも遠慮なく抜けるようになったけど。
なんにしても、木実という友人を持てて本当によかった。
あそこまで気のいい人はそうそういない。
付き合いも長くなりそうだし、大切にしていきたいと思う。
※ ※ ※ ※
服部に木実とくれば、あと気になるのはクラスの反応だ。
だが、これも依然と大した変化はない。
簡単に言えば、「絶対付き合ってるでしょ」という扱いが、「やっぱり付き合ってたんだ」というものに変わっただけだ。
内心、かなりはやし立てられることを覚悟していたので、この反応を見て若干肩透かしを食らってしまった。
まあ、面倒事はないに越したことはないからいいんだけどね?
服部が言っていた三夏が人気というのも、大半は俺がいるのを知った上での冗談だったらしい。
一部は本気で狙っていたようだが、これからの生活に大した影響はなさそうだ。
結果的には良かったけれど、誤解させて煽った服部にはイラっと来たので軽く締めておいた。
ゲーマーカップルの日常 凶花睡月 @kyo-ka_suigetsu
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