第6話「付き合いたいって、思ってる」

 翌日も、二人は一緒に学校に行った。

 この一週間繰り返してきたように。

 だけど、冬也の頭は三夏と付き合うべきかどうかでいっぱいで、とてもいつものようにとはいかなかった。


「おはよう水沢。相変わらず仲いいなお前ら」

「おはよう」

 教室に入ると、服部が声をかけてきた。

 三夏をしり目に見ながらからかうことも忘れない。

「なあ、服部」

「お、どうした?」

 いつもと違う反応に興味を刺激された服部。

 身を乗り出して、話の先を促す。

「三夏って、実際男子に人気あるのか?」

「は?」

 のろけているのかと思って冬也をじっと見る。

 だがどうにも彼は本気で知りたいらしい。

「…なんかあった?」

「別に、なにも」

 あーこれはなんかあったわーと思って半眼で見やる。

 そして一度咳ばらいをして、服部は話し始めた。

「実際のところ、めっちゃ人気だぞ」

「マジ?」

「マジだ」

 冬也はどこか呆然として、衝撃を受けていた。

 服部は気にせず話を続ける。

「何せかわいいからな、不知火さんは。ゲームが趣味って聞いてオタク連中からも大人気だ。何人か付き合ってみたいという奴も出始めてる。今は俺がとどめてるけど、そのうち言い寄られるぞ?」

 忠告するように、諭すように、服部は言い切った。

 冬也はしばし放心していたが、少しずつ受け入れてきた。

「そうか。やっぱそうだよな」

「まあ、やっと自覚を持ったようでよかったよ。はやく捕まえとけよ?」

 服部はうりうりと肘で冬也をつつく。

 冬也は笑って、なされるがままになっていた。


 ちらちらと、つい三夏のほうを見てしまう。

 二人は幼馴染で親友だ。決して恋人ではない。

 だから、学校でもいつも一緒というわけではない。

 そのことが、今日はとてももどかしかった。

 こんなに独占欲が強かったのかと、自分が嫌になってくる。

 さっき三夏が男子に声を掛けられていた時なんか、わけもなく怒りがわいてきたほどだ。

 咄嗟に窓の外に目を向けて事なきを得たけれど、もう少し話が長かったらどうなっていたかはわからない。

 さすがに今日の俺はおかしい。そう思いながら、冬也は教室の外へ出た。

 

 洗面台で顔を洗って廊下に出る。

 足は、自然と人の少ないほうに向かっていた。

 校舎の角の空き教室。

 移動教室の時にも通過しないこの辺りは、ほとんど人通りがなく、机はうっすらとほこりをかぶっていた。

 窓を開け、少し身を乗り出しながら、ぼーっと外を眺める。

 昼錬に励む運動部員たちの掛け声がここまで届いてくる。

 天気は快晴。

 雲一つない青空が目の前には広がっている。

 眺めていれば心も晴れないだろうかと、淡い願望を抱きながら冬也はぼーっとしていた。

「あー。こんなところにいた」

 そんな時、場違いに明るい声が聞こえてきた。

 赤い髪を揺らしながら、木実が近づいてくる。

 そして、こんな様子の冬也を見て、申し訳なさそうに言った。

「あー…。ごめんね。出過ぎたこと言っちゃって」

 両手を合わせ、頭を下げる。

 冬也はそれをやめさせて、努めて笑う。

「いや、ありがとう。大事なことに気づかせてくれて」

 木実は冬也の隣の窓際によりかかった。

 そして、冬也を励ますように言う。

「三夏ちゃん、気にしてたよ。冬也の様子が変って」

「そうか」

「付き合うの?」

「付き合いたいって、思ってる」

「…そっか」

 冬也は、あふれる物がこぼれるように、ぽつりぽつりとつぶやいた。

 木実はその隣で、その一つ一つを聞いていった。

 しばらくそんなやり取りを続けた後、冬也は立ち上がった。

「ありがとう。話、聞いてくれて」

「いいよ。私、冬也のことも気に入っちゃったから」

 驚いてはっと振り向く。

 そこでは木実が、いたずらが成功した子供のように笑っていた。

「三夏ちゃん、絶対冬也のこと好きだから、安心して」

「大丈夫。知ってるから」

 冬也は微笑んで、まっすぐ教室へと歩き出す。

 その顔に、もうどこにも曇りはなかった。


 放課後、三夏と冬也は一緒に帰った。

 今日は冬也の家の日だ。

 三夏はいったん荷物を置いてから、冬也の家に遊びに来た。

「お邪魔しまーっす」

「おー」

 いつものように、明るく入ってくる。

 冬也の部屋は、三夏のそれとは鏡写しのようだ。

 ほとんど同じ広さで、ほとんど同じものが配置されているから当然なのだけど。

 違うところといえば、三夏の部屋より冬也の私物が多いこと。

 そして、ゲーム機の会社が違うことくらいだった。

 遊ぶ用意ができて、二人とも自分の椅子に座った時、冬也は言った。

「三夏」

「…なに?」

 その中に真剣さを感じ取って、三夏は姿勢を正して冬也のほうに椅子を回す。

 冬也の顔は引き締まっていて、もう覚悟は決まっていた。

「昨日、夕凪さんに言われたことあるだろ?」

「うん…」

 その言葉に、思わず三夏はうつむく。

 嫌な方に変わるのが怖くて、じっと耐えるしかできなかった。

「俺、今日一日考えたんだ」

「…」

 三夏は、ズボンの膝のあたりをぎゅっと握って、プルプルとしている。

 その様子は捨てられることに怯える子犬のようで、とても心にこたえるものがあった。

 冬也は三夏をこれ以上苦しませたくなくて、さっさと言葉を口にした。

 何と言うべきか迷ったけど、こんな時に出てくるのは、本心からの自然な言葉だけだった。

「あー。だから」

「三夏には、ずっと俺と一緒にいてほしい」

 とたん、三夏の震えは収まった。

 そして、恐る恐る顔を上げ、冬也の顔を見た。

「これからずっと?」

「ずっとだ」

「一生?」

「一生だ」

 そう言うと、三夏は目に涙を溜め、冬也に抱き着いた。

 冬也はしっかりと、飛び込んでくる三夏を受け止める。

「うう。怖かったよお」

「ごめんな」

「ううん。ありがとう。うれしい」

 ゆっくりと、あやすように三夏の背中を撫でていく。

 暖かいぬくもりが伝わってくる。

 走っていた鼓動も落ち着いてきて、とくんとくんとリズムを刻む。

 改めて抱きしめると、あまりの華奢さに驚かされた。

 柔らかくて、細くて、手折れてしまいそうな彼女の存在を確かめるように、冬也はさらに強く抱きしめた。

「約束だよ?」

「…ああ」

 未だ潤んだ瞳で冬也を見上げ、三夏は右手の小指を伸ばす。

 冬也は思わず破顔して、左小指を差し出した。

 指切りげんまん。

 嘘ついたら針千本吞ます。

 子供の遊びのような約束。

 だけれど、二人にはそれで十分だった。


「三夏。これをもらってくれ」

 冬也は言う。

 その手には、綺麗にラッピングされた袋があった。

「何?これ」

 冬也から離れて自分の椅子に座り、三夏はそれを受け取る。

 開けると、中には白い花がデザインされた髪飾りがあった。

「前に、渡そうと思って買ったんだけど、なかなか渡せなくてさ」

 冬也はちょっぴり照れ臭そうだ。

 面と向かって渡すのは、やっぱり気恥ずかしい。

「ねえ。つけてよ、これ」

 三夏が髪飾りを取り出してせがむ。

 プレゼントはやっぱりうれしかったみたいで、かなりノリノリだ。

「わかった。いいよ」

 冬也は慣れない手つきで、何とかそれを左上のあたりに付けた。

 白い花はあまり目立ちすぎることもなく、控えめに三夏を引き立てていた。

「どう?」

「ああ。かわいいよ。似合ってる」

 そう言うと、三夏はまんざらでもなさそうに、

「えへへ。ありがと」

 と、満面の笑みを浮かべるのだった。


「じゃあ、あそぼっか」

「そうだな」

 ひとしきり見つめ合った後、二人はゲームをし始めた。

 今までとやっていることは変わらないけれど、確かにその場にあるものは変わっていて。

 冬也と三夏の間は、少し狭くなったようにも見えた。

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