第5話「え、何?どういうこと?同棲?」
「どんな家かなー」
「普通だって。ただいまー」
帰宅の挨拶をしながら家のドアを開ける。
よく考えたらこの時間は誰もいないから挨拶の意味もなかった。
そんな風に考えた三夏だったが、
「おう。おかえりー」
部屋着に着替えた冬也が挨拶を返してきた。
そういえば今日は私の家の日だったか、と思いながら三夏は普段通り家に上がっていく。
二人とは対照的に、木実は平然としてはいられなかった。
「え、何?どういうこと?同棲?」
うわーとか、ほわーとかなんとか言ってあわあわしている。
その手にはスマホがしっかりと握られており、スクープを逃すまいとカメラを向けていた。
「ま、待って。それはやめて!」
すかさず三夏がとびかかってスマホを奪い取る。
さすがにクラスに広く知られるのは恥ずかしいらしい。
なんで友達を普通に連れてきたのかはさておいて。
「夕凪さんは三夏と遊びに来たんだよね?じゃあ、今日は俺帰るわ」
荷物をまとめるために、冬也は部屋に戻ろうとする。
だがその時、木実は言った。
「待って。みんなには内緒にするから、二人の話聞かせて?気になってこのままじゃ遊べないよ」
その目は爛々と輝いていて、興味津々な様子だ。
詳しく聞くまで逃がさないという強い意志が感じられた。
「本当に誰にも言わない?」
疑わしげに三夏が尋ねる。
先ほどのスマホを構える速さといい、あまり信用できない。
「もちろん!」
堂々と木実は断言する。
「はあ、わかった。冬也」
「了解」
結局三夏が根負けし、三人で遊ぶことになった。
冬也はいろいろと察した様子で、飲み物とお菓子を取りに行った。
「うわー!ゲームがいっぱいある」
「そうだよー。何かやりたいのある?まあ、みんなでやれるのはそんなにないんだけど」
三夏の部屋に入るや否や、木実は歓声を上げた。
棚に並んでいるカセットの数々を見回している。
三夏はそんな木実の反応に照れ臭そうにしている。
冬也以外の友達を連れてくるのはいつぶりだっただろうか。
「順当に、マリカーかスマブラがいいんじゃないか?」
小さな机にお菓子と飲み物を置きながら冬也は言う。
学校が始まったばかりで三夏が友達を家に連れてきたことに、内心驚きつつも喜んでいた。
屈託なく話せる同性の友達は、きっと三夏にも必要だろう。
「いいね。スマブラやってみたい!」
木実もすっかり乗り気だ。
いかにもなゲーマーの部屋に入って、すっかり興奮している。
三夏の様子を見て家に入ってきた以上、それなりにゲームは好きなのだろう。
そんな時、木実は一つ気になることを見つけた。
「あれ?どうして画面と椅子が二つずつあるの?」
壁に接した横長の机にはディスプレイが二つ乗っていて、その前に青い椅子と赤い椅子がある。
それぞれに同じゲーム機がつながっていたが、青いほうにはロボットのプラモデルや銃や剣のミニチュアが、赤いほうには小さな雑貨やかわいい女の子の人形が乗っていた。
同じ人が両方使っているようには見えない。
「あー。そっちは冬也の机だよ」
三夏はあっけからんという。
その後ろでは冬也が頭を抱えていた。
「えーーー!!そうだよ。やっぱり同棲してるんじゃないの?」
案の定、せっかくうやむやになりかけていた話題が蒸し返される。
木実はうきうきと三夏に詰め寄る。
やはり彼女も女の子の例にもれず、色恋の話が好きらしい。
「みんなには言わないから。ね?」
木実が一歩近づくと、三夏が一歩下がる。
そうするとまた木実が一歩進み、三夏が一歩押される。
それを繰り返すうちに、三夏は壁まで追い詰められてしまった。
「さあ。正直に言ってごらん?」
ドンと右手を壁に突きながら木実は言う。
絵にかいたような壁ドン。ただし女同士。
三夏は怯えて縮こまり、木実は左手をそっと顔に当てた。
うつむく顔を上に向け、二人は見つめ合う。
木実はもう完全にノリノリになっている。やめる気配はない。
そうしてしばらくしていると、目をこちらに向けて三夏は言った。
「助けて冬也…」
瞳を潤ませ、意図せず上目遣いで懇願してきた三夏に、不覚にも冬也は見入ってしまった。
だが、気を取り直して説明する。
「俺たちは只の幼馴染だ。家が隣で、いつもゲームで遊んでるだけだ」
木実がこちらに向き直る。
じーっと見つめてくる。まだ疑いは晴れていないようだ。
「じゃあこの机は何?それだけじゃあ説明できないでしょ?」
「それは…毎日のように遊んでたから、二人分の環境を作らせてもらったんだ」
こうやって弁明みたいなことをしていると、何もないはずなのになんだかやましいことをしたような気分になるから不思議だ。
「そうそう。私たちは仲良しなの。うん」
ようやく解放された三夏がふらふらと冬也に近づき、手を取ってきた。
自分に言い聞かせるようにつぶやいている。
「フーン…」
「な、なんだよ」
そんな生暖かい目で見られては居心地が悪い。
しばらく冬也と三夏の様子をじっと、交互に見た後、木実は呆れたように口を開いた。
「ヘタレ」
「なっ」
「完全にデキてるんだから、早く付き合っちゃいなよ。もたもたしてると取られるよ?三夏はかわいいから」
「……」
以前から、ずっと考えていたことではあった。
付き合う。恋人になる。ということは。
だけど、今の心地よい関係が壊れるのが怖くて、言い出すことができなかった。
ヘタレなのだろうと自分でも思う。
でも、中学の頃は、それで大丈夫だった。
三夏は中学では少し孤立していたから、言い寄ってくる男子はいなかった。
だけど、高校では無事にみんなとなじめた。
根は明るくて容姿もいい以上、気になっている男子もいるはずだ。
三夏に声をかける男子を想像して、冬也は少し気分が悪くなった。
そろそろ、覚悟を決める時なのかもしれない。
「私は応援してるよ。じゃあ、遊ぼう」
木実はにっこり微笑んで、この話を切り上げた。
「じゃあ、またね」
ゲームをしているうちに帰る時間になり、木実が玄関で手を振っている。
「また明日」
「また来てね!」
冬也と三夏も手を振り返す。
扉を開けると、外は夕焼け色に染まっていた。
どこかで鴉が鳴いている。
「今度は冬也の
三夏は笑って言う。
「そうだね。お邪魔しようかな?」
つられて木実もいたずらっぽく笑った。
冬也は少しばかり驚いていたが、すぐに持ち直して、
「用意しとくよ」
と柔らかく返した。
木実は嬉しそうにうなずいたのち、外に歩みを進めた。
そして振り返って、
「ありがとう。バイバイ」
もう一度だけ手を振った。
二人もそれにこたえると、ゆっくりと扉を閉めた。
「なあ、三夏」
「なに?」
木実がやってきたことでお預けとなっていた某塗りゲーをやっていた時、冬也は言った。
「ちょっと家に戻ってもいいか?すぐ戻るから」
「ん?いいよ」
三夏は、ゲームしてる途中で抜けるなんて珍しいと思いながらも、平然と送り出した。
数分後、冬也は戻ってきた。
「何しに行ったの?」
「トマト取りに行ってた」
「ふーん」
三夏は少し不自然に思いながらもコントローラーを握った。
その後は普段通り楽しくゲームをしたので、冬也がわきに置いた包みに気づくことはなかった。
食事の用意をする時間になり、二人はゲームを終わらせた。
思い切り伸びをして、台所に行こうとしたとき、三夏は冬也に呼び止められた。
「三夏」
「なあに」
振り向くと、顔を赤くした冬也がいた。
「どうしたの?」
三夏は不思議そうに見上げる。
少しの間冬也は三夏を見ていたが、やがて努めて明るく言った。
「いや、何でもない」
「そう?」
首をこてっと倒して、そのまま三夏は歩き始めた。
冬也はそっと溜息をつく。
今日も、この包みを渡すことはできなかった。
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