第4話「今日、おうちに遊びに行ってもいいかな?」

 ドキドキワクワクな高校生活が始まって早一週間。

 それなりに緊張した空気が流れていた教室だったが、今ではもうすっかり打ち解けた雰囲気になっている。

 放課後は遊びたくないという三夏がどれだけ受け入れられるか心配だったが、幸運にも目立つ女子に気に入られてうまくいっているみたいだ。

 男子だからあまり心配していなかったが、俺もしっかり友人関係は築くことができたと思う。


 そんな朝の通学路。

「今週は部活オリテ週間らしいけど、どうする?」

「え、冬也部活入るの?」

「いや、入らんけど一応ね?」

 だからそんなドン引きした目でこちらを見るのをやめてください。お願いします。

「三夏こそ誘われたりしてないのか?」

「大丈夫。私は毎日直帰するってしっかり言ってるから」

 三夏は胸を張って堂々とそんなことを宣う。

 なんともスリリングな宣言をしてくれたものだ。

 傍から見ているこちらの身にもなってほしい。

「あ、ゲーム部からは誘われたっけ。断ったけど」

「そんなのあるのか。そういうのはバーチャルに任せとけ」

 ほんとあのチャンネルはすごいと思う。みんな強いしかわいいし、言うことないよね。

「ねー。なんでわざわざ学校でゲームするのって感じ」

 家でゲームできないからでは?

 そんなことを思ったが、気を使わせる必要もないので心の中にしまっておく。

「今日は三夏の家だったよな?」

「うん、そうだよー。私今日イカちゃんやりたい」

「OK。今日は俺ハンコ使ってみるわ」

「えー。足引っ張んないでよー」

「言っとくけどハンコ強いからな?」

「ハイハイ」

 まったく信じてなさそうに手をひらひら振る三夏。

 言ってろ。目にもの見せてやるからな。


「あ、三夏ちゃんおはよー」

「おはよー」

 二人が教室に入ると、元気のいい挨拶が聞こえてきた。

 声をしたほうを見ると、赤が強い髪と明るい笑顔が印象的な少女、夕凪 木実このみが手を振っていた。

「水沢君も、おはよう!」

「おう。おはよう」

 近づいていくと、冬也のほうにも別に挨拶をしてきた。

 勢いに若干圧倒されながらも挨拶を返す。

「毎日二人で登校なんて、ほんとに仲いいんだね」

「まあ、そうだな」

 冬也はうなずく。

「付き合ってるんじゃないの?」

「まだ付き合ってないし!」

「えー、まだ?」

「もー」

 木実は三夏を思いっきりいじくっている。

 やられっぱなしでいるが、三夏もそこまで嫌がってはいない。

 こんなふうに絡んでくる友達が新鮮で、多少の戸惑いはあるようだけど。

「三夏と仲いいんだな」

「はい。かわいいので、いつもお世話になってます」

 木実はそういって三夏に抱き着いた。

「ちょっと。苦しいんだけど」

 三夏も押し返すが、その手に力はこもっていない。

 前髪を右半分に寄せ、セミバックにしている木実は素人目にもオシャレでかわいく、天然ものの美少女である三夏と合わさって、とても百合百合しかった。

 そんな眼福な光景を前にして、冬也が遠い目をしていると、

「こら、何見てんの」

 ぷにっと、三夏に頬をつねられてしまった。

「ほんと、仲いいね」

 そんな様子を見て、木実は明るくにこっと笑った。


「ねえねえ、三夏ちゃん」

「なに?」

 放課後になり、帰りの支度をしていた時、三夏は木実に声をかけられた。

「今日、おうちに遊びに行ってもいいかな?」

「私の家に?」

 突然の提案に、三夏は少し面食らってしまった。

 普通の女子高生のノリとはこういうものなのかと驚く。

 木実は少し特別な気もしたけれど、三夏はあまり気にしなかった。

「別にいいけど」

「やったー!ありがとう」

 木実は満面の笑みを浮かべる。

 そこまで喜ばれるなら、三夏も悪い気はしない。

「でも、家で何するの?」

 単純に疑問に思って三夏が聞く。

 木実が楽しめるようなものが家にあっただろうか。

「ゲームしようと思ってるけど。いろいろあるんでしょ?」

 一緒にやろうよ。と、木実は続ける。

 三夏は一瞬あっけにとられてしまった。

 ゲームは一人でやるもの。もしくは冬也とやるもの、という意識が強すぎて、そういう遊び方を思いつかなかったのだ。

 そんな自分がなんだか恥ずかしくなって、顔を赤くしながら三夏は言った。

「わかった。じゃあ早く行こう!」

「おー!ってなんでそんな顔赤いの?」

「気のせい気のせい!」

 顔に上った熱を振り払うようにどしどしと歩いていく。

 度重なる動揺のおかげで、今朝冬也と交わした約束は、三夏の頭からすっかり抜け落ちていた。


「ほんとに学校から近いんだね」

「家から一番近いところにしたからね」

 学校から歩いてきて、向こうに三夏の家が見えてきた。

 木実は実際に通学路を体験して、その近さに驚いている。

「いいなー。私は朝電車に乗らなきゃいけないんだよー」

「うわー。それは大変そう」

 かわいそうなものを見る目で三夏は木実を見つめる。

 木実は朝の満員電車の苦痛を思い出して、少し虚ろな目になっている。

「あー。大人になったらもっと長く乗るのかな。やだな…」

「げ、元気出して。そのころには慣れるよ。きっと」

「それ何の解決にもならないよー」

 がくっと、大げさにうなだれる木実。

 何とか三夏はそれをなだめて、自宅へと急いだ。

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