第3話「ゲームしたい」
そうして今、冬也はイタリア料理店にいた。
値段がそこそこ高いが、おいしい料理をたっぷり味わえる。お祝い事がある時にたまに来る、ちょっと特別なお店だ。
壁は本物のレンガでできていて、天上からはおしゃれな明かりが釣り下がっている。
内装へのこだわりが普通の店との違いを感じさせる。
きちんとクロスを引かれたテーブルに腰を下ろしたときには、すっかり冬也は高揚してしまっていた。
ここが、冬也と三夏の入学祝いの会場だ。
冬也はそのまま、三夏に話しかけていた。
「なあ」
「んー?」
三夏はメニューを見ながら、気のない声を返す。
「遊びはどうだった?」
「んー。ビミョー」
対照的に三夏の声は暗い。
よっぽど今日の遊びが楽しくなかったのだろうか。
「何があったんだ?」
「何にもなかった」
三夏は机に突っ伏して、口をとがらせる。
「ファミレスに行って、初対面の子たちといろいろ話をしただけ」
「あるじゃないか」
話が見えないと冬也が口を開く。
「ないよ!部活はどうするかとか、今のトレンドとか、インスタとか、誰がかっこいいとかしか話さないんだもん」
「そんなもんじゃないのか?」
「遊びって言われたからてっきりスマ〇ラかマ〇カーやると思ったのに!」
「いや、それはさすがにないやろ…」
なにこの子。ほんとにJK?
思考回路が完全に小学生男子なんだけど。
「ゲーム好きな子はいなかったのか?」
「いたよ?いたけど…」
その時のことを思い出しているのか、手は拳を握りしめ、目が虚ろになってきた。
「流行りのゲームをちょっと触ってるだけで『私ゲーム好きなの!』とか言ってきた」
「あー。まあ、なんとなくわかった」
二人はゲームが好きだ。だからゲームにはうるさい。
にわか仕込みの知識で間違ったことを語られるとちょっとイラっと来る。
要するに冬也も三夏も面倒くさいオタクなのだ。
「そっちはどうだったの?」
「普通、だったかな」
思い思いに好きな曲を歌って、それに関する話題で盛り上がる。
男だけのカラオケって大体そんなもんだと思う。
「楽しかった?」
「まあ、それなりに。最初は堅かったけど、途中からすっかり打ち解けたし」
緊張したが、それは向こうも同じ。
真摯に対応していれば悪いことは起こらない。
「ふーん…」
三夏は黙って何かを考えている。
時折何か言いたそうにこちらを見てきたが、すぐに目を逸らしてしまう。
しばらくその状態が続いていたが、最初のシーザーサラダが運ばれてきて、その話はおしまいになった。
「ふぅ…。食った食った」
本当にうまかった。大満足だ。
特にマルゲリータがうまかった。さすがのクオリティだ。
「ねえ」
「どうした?」
膨れたお腹をさすっていると、三夏から声をかけられた。
明るく活発な三夏には珍しく、少し言いずらそうにしている。
「学校の友達とさ、これからも放課後、遊んだほうがいいかな?」
下を向いて、つっかえながらも言い切った三夏。
その様子から、冬也は三夏が真剣に悩んでいるのだと知った。
「友達付き合いは大事だと思うけど、無理につまんないことしなくてもいいと思うぞ」
「本当に?」
三夏が不安そうに見上げてくる。
明るいアホの子で、何も頭になさそうな三夏だが、普通に悩んで考えていることを、冬也は知っている。
「ああ、友達は学校の中だけでも十分できる。苦手なことを言えば、考慮してくれるのが本当の友達ってやつじゃないか?」
「まあ、そうだね」
少し安心したように三夏がつぶやく。
風が吹きつけてきた。
四月になったとはいえ夜は冷える。風に当たればなおさら寒い。
街頭に照らされた駐車場で、二人は会計を待っていた。
厳しい冷気と夜の闇は、幸せな非日常から現実へと引き戻してくる。
「冬也は、どうするの?」
「俺は、呼ばれたら行こうかな。そこまで嫌じゃないし」
「そうなんだ」
そのつぶやきは、暗闇に吸い込まれるように消えていった。
「ゲームしたい」
「え、今からか?」
三夏は首を縦に振っている。
家に到着し、車を降りた後、冬也は三夏につかまった。
スマホで時間を見れば、もう夜の9時を回っている。
いぶかし気に三夏を見るとまたあの表情。
何か言いたいことがありそうだ。
「わかった。風呂済ませたら来い」
三夏はこくっと嬉しそうに再びうなずいた。
親に泊まりの話を通し、風呂に入って明日の準備を済ませる。
これがちょうど終わったとき、来客を知らせるチャイムが鳴った。
「はーい」
「お邪魔しまーす」
ドアを開けて三夏を入れる。
「その格好で寒くなかったか?」
三夏は冬用とはいえパジャマ一枚だった。
間違いなく外では寒い。
「いやでも、隣だし」
上着を着るのが面倒だったのだという。
確かに徒歩10秒のために上着を選ぶのも虚しい感じがするので、冬也は何も言わなかった。
「じゃあ、やるか」
「うん」
二人が始めたのは、いろいろなキャラクターが集まって戦う格闘ゲーム。
こんなふうに特に目的もなく二人で遊ぼうという時には、必ず候補に挙がるゲームだ。
まあ要するにス〇ブラである。
「……」
主に持ちキャラを使いながらも、たまにキャラクターを変えながら、二人は真剣に戦った。
お互いの癖を知り尽くしていることもあり、勝負は白熱していった。
二人の間に言葉はなかったが、戦いを通して気持ちを伝えあっていた。
10戦目が終わったところで、冬也が7勝3敗となった。
普段は4勝6敗くらいなことを考えると不自然な戦績。
動きにも精彩が欠けている。
甘いコンボ抜けに復帰ミス、所々の操作ミス。
そして読みも浅く、明らかに調子が悪かった。
「どうした。三夏」
冬也がコントローラーを置いて三夏に問いかける。
いろいろな疑問を含んだ問いだったが、その意味は余すところなく三夏に伝わった。
堪忍したように三夏が話し始める。
「冬也が友達と遊ぶと、使える時間が少なくなるでしょ」
「まあ、そうだな」
冬也は三夏の目を見ながらうなずく。
すると、三夏は目を逸らして言った。
「いや、いいんだよ?冬也にもっと友達ができるのはいいことだし、私もうれしいから…。けど」
「……」
それを聞いてもなお見つめてくる冬也に屈したように、三夏は消え入りそうな声で言った。
「けど、私と遊ぶ時間が減っちゃうなー。って、思っただけ」
冬也はしばらくの間、聞いた言葉が正しかったか耳を疑い、硬直した。
「別に冬也を拘束するつもりはないからね?そこは安心して」
そして、意味を冷静に把握した後。
「ふふっ、ふははははははは!」
お腹を抱えて笑い出した。
「ちょっ、ひどくない?せっかく勇気出して言ったのに」
三夏は顔を真っ赤にしながら怒っている。
だけど恥ずかしさが大きく出てしまっていて、全く迫力がない。
冬也はそれを見てさらに笑いを激しくし、身をよじりだした。
「もういい。冬也なんて知らない」
ついに三夏は頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。
「ごめんごめん。悪かったって」
冬也は慌てて笑いを鎮め、真剣なトーンで話し出す。
「ただ、珍しく三夏がすごいかわいいこと言ったからさ」
柔らかい眼差しで三夏を見つめ、頭をなでて振り向かせる。
三夏はもう、抵抗しなかった。
「んー。なんだよ冬也の癖に」
口をとがらせながらぶつぶつつぶやいている。
そんな三夏を見て、冬也は微笑みを浮かべながら口にした。
「安心しろ。三夏と遊ぶ時間は減らさないよ」
「…うん」
コクリと、控えめに三夏はうなずく。
下を向いて隠していたが、その顔は幸せでにやけていた。
「よし。それじゃあ、最後にもう少しやるか」
「おー」
それに気づかない冬也ではなかったが、あえて何も言わずにゲームの続きを促した。
二人が寝るのは、もう少し先になりそうだ。
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