一限目-4 北条朱雀は誰よりも何らかの点で優れている


「終わったわ」

「なん……だと……」


 まさかいくら何でもと思ったが。

 北条ほうじょうは解答が全て終了したと、そう虎尾に告げてしまう。


「は、はい……? ま、まだ十五分しか経っておりませんが、よろしいのですか……?」

「ええ、もう必要ないわ」

「はえ……?」


 彼女が回答をしている間、目もくれず吞気にスマホゲーをしてしまっていた虎尾はまだ現状をうまく飲み込めていないといった様子。

 だが、無理もない。

 何故なら虎尾とらおは穴埋め、文章問題も入れて四十問もある問題数を三十分で解答しろと言ったのだから。

 しかも設問を見た限りどれもこれも俺でも知らないマイナー作品揃いで、そもそも空欄まみれでもおかしくはないレベルの悪問ばかり。

 加えて虎尾はその問題で九割以上の正解を取ることが入部の条件としていた。

 つまり、裏を返せば初めから入部をさせる気などサラサラなかったということ――

 なのに、それを十五分足らずで……。

 い、いや、慌てるな……確かに驚異的なスピードではあるが、それと合格点を超えているかどうかは別の話だ……。

 取り敢えず空欄だけは埋めておこうという可能性だってある……何せ本来は三割も取れるか怪しいのだし……。


「そ、そうでありますか……少々問題が難し過ぎたかもしれませぬな、なにしろ意地悪な問題も入っておりましたので、やはり北条氏では――」

「いえ? 全問答えは書いているわよ、見直しもしたし」

「……へ?」


 呆気にとられる虎尾に対し飄々とした表情でそう答える北条。

 だ、駄目だ……こいつどう見ても自信にしか満ち溢れていねえ……。


「ま、まあ、百聞は一見に如かず――答え合わせをしようではありませんか」


 そう言って虎尾は北条から答案用紙を受け取ると、丸付けをし始める。


「はてさて……この辺は想定内と言いますか……ほう全問正解とはやりますな、しかしここからは……な――は、はは……意外に知識を付けてきたようで感心感心……ですが最後は配点も高い難問なので北条氏でも――――――――なん……だと……?」


 驚愕の表情で赤ペンを床に落とす虎尾を見て、俺は北条の答案用紙を慌てて覗き込む。


「ぜ、全問……正解……」

「と、虎尾、う、噓だろ? 学校のテストじゃないんだぜ……?」

「ば、馬鹿言わないで下され……私だって少しでも間違いがあれば減点にしようと思っていたのです……な、なのに寸分の狂いもなく……」


 だが何度見直しても変わらない、用紙一面に並べられた、四十個の赤マル。

 こんな美しい解答用紙、小学校低学年以来貰った記憶が無いというのに、それをいとも簡単に北条は……。


「ば、化物か……」


 やはり転入テストを高成績でパスした実力は伊達ではないということなのか……。

 あまりに圧倒的な力差に、立ち眩みを起こしそうになっている虎尾を後ろから支えてあげると、虎尾は絞り出すような声で北条に問いかける。


「ま、まさかとは思いますが北条氏……私が入部テストを出すと分かっていて予め準備していたのでありますか……?」

「そういうのもあるかもしれないとは思っていたけれど、単純に私の興味がそうさせただけかしら、見れば見るほど深みに嵌っちゃって、気づけば朝になっていたし」

「じょ、冗談でありましょう……? よもや一夜漬けの付け焼き刃で……」

「モニター十面使って同時並行で見ていたから、流石に少し疲れたけれど」

「為替みる感覚でアニメ見ないで?」

「因みに六台のタブレットを使って漫画とラノベも速読していたわ」

「最先端の阿修羅かな?」


 いや、しかしそれでも全ての作品を網羅するなど到底不可能……、つまり彼女は出題傾向を予想してかなり作品を絞っていたとしか……。

 天才とか秀才とか、そんな次元をゆうに超越していやがる……。

 で、でも……だからこそ分かる、これは噓偽りない120%の好感度がなし得た努力の結果なのだ……。


「それで、私は入部を許可して貰えるのかしら?」

「そ、それは……」


 想定外の展開に口籠る虎尾に比べて、北条は淡々とした口調で話を続ける。


「勿論、部長は虎尾さんなのだから駄目ならそれに従うつもりよ、テストの結果は所詮テストの結果、大事なのは私を受け入れたいかどうかなのだから」

「む、むむむ……」


 受け入れてしまえばその時点で北条の入部は決定する、認めざるを得ない結果には違いないが、俺も虎尾も渋ってしまっていると北条はまた口を開いた。


「――それにね、何か勘違いをしているようだけれど、私はこの同好会に迷惑をかけたい訳じゃないの、ただ皆と楽しく活動がしたい、それだけよ」

「は――」


 その好感度でその台詞はどうかと思うが、北条はそんな表情をおくびにも出さないものだから虎尾は少しずつ彼女の言葉に耳を傾け始めてしまう。


「それどころか私はこの問題を通して虎尾さんの現代歴史文学研究会への揺るぎない愛を感じたわ、だからこそ私は虎尾さんともっとお話がしたい」

「え、あ……そ、そうでありますか……?」


 ま、まずい……硬く閉ざされた虎尾の心が……。

 い、いやそれは悪いことではないのだが、このままでは俺の平穏が……。


「と、虎尾……まだ慌てる時間じゃない――」

「私だって節操なく敷居を跨ごうだなんて思ってはいないわ、テストを受けたのだって虎尾さんを尊重してこそなのだし――だから、これ」

「か、紙袋……? これは一体……?」

「虎尾さんへのお近づきの印、中身を見れば分かると思うから」

「は、はて、何が――――こ、これは……?」

「実は私もこういうのが好きで、良かったらと思って用意をしていたの」

「お、おい虎尾……中には何が……」


 嫌な予感が頭の中を駆け巡り、俺は虎尾に渡された紙袋の中身を一緒に見る。


「……か、会場限定で今やプレミアが付く程の驚異の発想と言われたカップリング本……こ、こっちは修整が追いつかず数量限定で通信販売をしたら数分で売り切れてしまい再販もないと言われていた曰く付きの……こ、こっちは公式の……!」

「や、やられた……!」


 まさか虎尾の腐属性まで事前にリサーチ済みだったとは……しかも自分が有利な状況で最後の一押しとしてこの激レア同人誌……こんなの􄼱がなさ過ぎる……。

 埋めるのならばまずは外堀から……虎尾を味方にしてしまえば、俺を無力化するなど造作もないということか……!


雅継まさつぐ殿…………」

「な、なんだよ」

「仕方ありませぬな、今後の同好会の繁栄の為にも、北条氏の入部を許可しましょう!」

「北条半端ないって」


 どうやら俺と虎尾の間にあった不可侵条約は北条の介入により無事崩壊したようである。

 おのれ虎尾……簡単に反旗を翻しよって……。

 北条の巧みな戦法に悔しいがこれはもう、完敗という外にない。

 しかし……こんな美人転校生に120%の好感度を示されていることに、嬉しくないのかと言われれば、噓にはなる。


 だが彼女の好感度をスマイル0円で受け入れ、平穏の二文字をハッピーセットのおまけにするにはあまりに都合の良い展開過ぎやしないだろうか。

 虎尾は哀れにも心も身体も許してしまったが、俺はまだ心までは許すわけにはいかない、少なくとも現時点では……。


 そうやって、これからの俺の平穏についてどうしたものかと頭を悩ませていると、北条が軽快な足取りで俺の方へと近づいてくる。


「雅継くん」

「…………な、なんでございましょうか」

「同好会の一員になる者として、この言葉を授けるわ」

「…………どうぞ」

「恋は盲目、ラブはいつでもハリケーンよ」

「やかましいわ」


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 2019年1月1日発売!!

 第3回カクヨムWeb小説コンテスト・ラブコメ部門<特別賞>受賞作!!

「好感度120%の北条さんは俺のためなら何でもしてくれるんだよな…… 」

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