二限目-1 平穏は彼を強くするが、恋愛は彼女を強くするばかりである
「
「へ? 兄ちゃん北条さんを知ってるの?」
その日の夜。
帰宅後、夕食を作りながら独り言を呟いていると、
逢花は俺の双子の妹達の一人であり、歳は二つ下の中学三年生である。
好感度指数は85%、兄妹仲の悪さがデフォルトと叫ばれる昨今、この数値は俺が良きお兄ちゃんであると自負しても良い高さだろう。
黒髪のウルフショートに、潑剌といった言葉がよく似合う我が妹は一言でいえばボーイッシュな出で立ちであるのだが、考え事や物憂げな顔をしている時は美少年のような風貌を垣間見せるので男子よりも女子の人気が高い少女なのである。
因みに何故俺が料理をしているかといえば父親が単身赴任中で、母親がいつも仕事の帰りが遅い為である、当番制で回しており今日は俺が担当という訳だ。
「いや、逆に北条を知っているのに驚きなんだが……というか飯前にお菓子を食うな」
いつの間にかビーズクッションで仰向けになりながら、ズレたシャツからはみ出ているおへそを気にも留めずうまし棒を頰張る逢花に俺は注意をする。
「心配しなくてもお菓子は別腹だから大丈夫だよ兄ちゃん」
「晩飯の前にその言葉を使う奴はお前が初めてだよ」
逢花は駄菓子が三度の飯よりも好きなので、とにかく隙あらば菓子を食うのだが、これで三度の飯もしっかり食う上に太らないので恐らく彼女の胃袋は宇宙である。
「あんまりお菓子ばっか食ってたら近日中に逢花の下着間違って穿くから覚悟しておけ」
「へえ、事前通告して穿くとは中々やるじゃねえか兄ちゃん」
「だがブラジャーに関しては予告なく着ける」
「変態な上に違いが分からん」
思春期の中学生にこんなセクハラ発言、普通なら二度と口を利いてもらえないが、それでも好感度を下げない辺り流石は俺の愛すべき妹といった所か。
まあ、もう一人の妹に対してはおいそれとそういった発言も出来ないが。
そんな兄妹愛漂う会話を続けながら、俺は炊きあがったご飯を混ぜお碗へとよそう。
「そういえば、最近水泳の調子はどうなんだ?」
「んー? まあぼちぼちかな、県の記録会では一応平泳ぎで優勝したけど」
「ほほう? 流石は我が妹だな、順調そうで何よりだ」
「いやいやそう甘くはないよ兄ちゃん、専門の平泳ぎ以外は予選落ちしてるのもあるし、何よりタイムが伸びてないからね」
「? その割には随分と余裕そうに見えるんだが」
「私の戦闘力は53万なので」
「そこはフルパワーで戦って?」
とはいえ逢花の実力はコーチも世界で戦える素質があると太鼓判を押しているぐらいなので、単純に調整がうまく行っていないのだろう。
現に逢花の感情マークは自信に満ち溢れた表情を崩していない、兄である俺にそれだけの顔を見せられるのであれば心配しなくても良さそうだ。
「……ん? というかもしかして逢花が北条のことを知っているのってもしかして水泳が関係していたりするのか?」
「関係しているも何も、水泳をやってる人なら北条さんの名前を知らない人はいないんじゃないかな? 学生であんなに速い人見たことないよ」
というかよくよく考えたら兄ちゃん知らないのか……、と呟く逢花。
「最近の事情は知らねえからな、でも逢花がそう言うなら間違いないんだろうけど……そんなに凄いのか」
「合宿で一緒に練習したことがあるんだけど、フォームが全く乱れないし、ペースも落ちないし、まさに天才っていうのはこういう人のことを言うんだろうなぁって思ったぐらい、一部では『水面の不死鳥』なんて呼ばれてたし」
「厨二極まりないネーミングセンスだな」
「その名に恥じない実力だったけどね、十五歳の時にジュニアオリンピックにも出場した筈だけど……でもそれっきり名前を聞かなくなったんだよなー」
頭の良さは虎尾が出したテストの結果を見れば言うまでもなかったが、まさかことスポーツに関しても才能を発揮していたとは……。
文武両道にして誰もが羨む美貌まで兼ね備えた無敵少女か――益々俺に対して120%の好感度を示す理由が分からなくなってきたな……。
そうやってうーんと悩みながら焼き上がった鮭の塩焼きを取り出していると、だらしなくおへそが出ていたお腹をシャツで隠した逢花がひょいっと立ち上がる。
「でもさ、北条さんって中学も高校も県内有数の強豪校、というか女子校に通ってた筈なんだけど……え、まさか兄ちゃんそんな所までカバーしてるの……」
「パンツ穿く宣言で引かないのに何故そこで引くのだ妹よ」
いや競泳水着は嫌いと言えば噓になるけども。
じゃなくて。
「いや――ちょっと説明をすると長くなるんだが……実は俺のクラスにその北条朱雀が転校してきてな、ちょっとした話題になってるんだよ」
「藤高に? 北条さんが? ごめん、ちょっと意味が分からない」
「心配するな、俺も意味が分からない」
何ならその目的が俺かもしれないという話にまで飛躍しているが、順序立てて説明するには俺自身情報が足りていないのでうまく話すことが出来ない。
それどころか知れば知るほど謎ばかりが深まってしまっている状態だし……。
「お兄様、逢花、只今戻りました」
そんな北条朱雀について話をしているともう一人の妹である
緋浮美は逢花にとっては双子の妹に当たる。
好感度指数は92%、北条が現れるまでは緋浮美が最強好感度の座に君臨していたのであったが、よもや本日を以て陥落しているとは夢にも思っていないだろう。
緋浮美は県下一のお嬢様学校に通っているのだが、まさにその通りだと言わんばかりにロングの黒髪に前髪を切り揃え、ローポニーテールを施した髪型は白を基調とした制服と相まって実に上品な雰囲気を醸し出している。
しかもその落ち着いた佇まいにそぐわぬメイドのような礼儀も持ち合わせており、兄バカでも何でもなく一族最高傑作の妹と言っても過言ではない。
とまあ。
これだけ非の打ち所がない妹を紹介しておきながらこんなことを言うのは非常に心苦しいのだが、この妹、実は一つだけ困った所がある――
「おかえり緋浮美、今日はいつもより早いな」
「当然です……だって本日はお兄様がお夕食を作って下さる日なのですから……、もう朝からお兄様が食材を並べる姿、お兄様が食材をカットする姿、お兄様が調理をしている姿、お兄様が盛り付けをしている姿――そして完成したお料理を私が食べ、その姿をお兄様が微笑みながら見ている姿を頭の中で千回ループしておりました……」
「緋浮美……そう言ってくれるだけでお兄ちゃんもう満腹だよ」
「ひふみん、今日兄ちゃん時間ないから買ってきた惣菜メインだってさ」
「何ですぐそういうこと言っちゃうかな?」
これだけ見れば一々説明する必要もないのだが、緋浮美はお兄ちゃんのことがちょびっとだけ好き好き大好き超愛してる子なのである。
それ故俺のことが絡むと場合によっては上品さなど知らぬと言わんばかりの節操のなさを見せてくるので、お兄ちゃんはちょっと頭痛が痛い。
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2019年1月1日発売!!
第3回カクヨムWeb小説コンテスト・ラブコメ部門<特別賞>受賞作!!
「好感度120%の北条さんは俺のためなら何でもしてくれるんだよな…… 」
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