一限目-3 北条朱雀は誰よりも何らかの点で優れている
「失礼します」
「はは――――ゑ?」
「ほ、ほ、
他愛も無い笑い話として話題を終えようとした途端。
この来襲である。
部室内が氷点下に達するのに五秒もかからなかった。
当然俺も虎尾も言葉など出るはずもなく、どうしたらいいか分からずあたふたしていると、表情一つ変えない北条は周囲を見渡しながら口を開く。
「……自由な校風とは聞いていたけれど、ここまでとはね――」
「は、はひ……」
俺以外の前では全く饒舌でない虎尾は蛇に睨まれた蛙みたくなり、気づけば俺の背中に牛歩張りの速度で隠れようとしているではないか。
こうなると虎尾は全権を俺に委任してしまうので、全く役に立たなくなる。
つまりは俺が北条と話をするしかないのだが、彼女の目当てが俺だとすれば何をされるか分かったものじゃないし、困ったな……。
「……殆どの文化部は新校舎にあるのに、旧校舎の、しかも人気の少ない三階に作ったのは考えたわね、これなら何をしても気づかれない」
「ナニだけに」
虎尾の余計な一言に北条がじろりと目を向けると、虎尾は小さな悲鳴を上げて俺の後ろに完全に隠れてしまう。
どういう抵抗の仕方をしているんだお前は。
しかしどうやら怒っている訳ではないのか、北条は改めて俺の方へと向き直ると淡々とした声で話を続ける。
「ええと、あなたが部長の
「ち、違います……この男が虎尾裕美です」
「なんでや」
「彼は
「は、はて……私は
「トイレを擬人化したみたいな名前やめて」
――ん? というか今この女、俺のことを雅継って言ったか?
いや、名簿を見れば俺の下の名前ぐらいすぐ分かるだろうが、だとしてもそれなら普通苗字で呼ぶはず……現に虎尾のことは虎尾と呼んでいるし……。
ふと感じてしまった疑問を、髪の毛を搔きながら考えていると、埒が明かないと思ったのか、ふいに北条はポケットに手を入れ何かを取り出そうとする。
「ひぃ……殺される……」
「何でだよ、全くしょうがないな……なあ北条、悪いんだが今日の所は――」
「はいこれ、入部届」
「へ? 入部届……?」
「現代歴史文学研究会に入部希望をしに来たのよ、担任に直接渡せば済むと思ったのだけれど、同好会は顧問がいない所が殆どだから部長の承認が必要だって言われて、それで来たのだけれど……問題なかったかしら」
「それは……まあ……そうだけど」
言う通り同好会は部活動に比べて圧倒的に多いので顧問が足りていない、必然的に教師に提出をする前に部長の印鑑が必要にはなって来るのだが……。
いやいや待て待て、北条が現代歴史文学研究会に入りたいだって?
よりにもよってこの同好会に? 確かに公式の同好会リストには載っちゃいるが、虎尾の意向で大々的な宣伝もしていなければ、掲示すら全くしていないんだぞ?
もっと言えば漫画研究会やゲーム同好会、二次元好きが集まる同好会だってここよりずっと大規模なものが存在している、そんな直接的な言葉を使って活動をしている所もある中でわざわざここを選ぶなんて……。
やはり北条の目的は俺……なのか――?
「は――こ、この同好会に入部希望というのは大変嬉しいことではありますが……し、しかしですな、実は定員数が一杯でありまして……」
まるで俺が言っているかのように虎尾は後ろに隠れながらそう答える。
虎尾が作ったこの同好会はあくまで自分の為に作ったものに過ぎない、いくらスペック高な転校生であったとしても自分の居場所を侵害されるとなると別問題。
それは俺も同じこと、虎尾並の好感度ならまだしも、120%ともなると自ずと警戒心が高まってしまい、安易に歓迎など出来るはずもない。
そうやってありがちな断り文句でご退場を願う虎尾だったが、北条は腕組みをしたまま、また周囲を見渡しながら口を開く。
「そう……、それにしては部員は二人しかいないようだけれど」
「そ、それは……今日はたまたま出席率が低いものでして……」
「それは……因みに部員は全部で何人なのかしら」
「ぜ、全部でありますか……? え、ええと……ろ、六人ですな! 丁度この長机を囲める分だけ部員がいるのです! ですから現状空きは無くて――」
「だとしたら変な話ね、この部室には椅子が二つしかないようだけれど、他の部員さんはわざわざ椅子を持って来ているのかしら」
「うぐっ」
鋭い、というより誘導したかのような話の持っていき方だ。
虎尾も話し相手が俺なら引っかかることもなかっただろうが、彼女を前にしてこの有様では中々どうしてまともな思考で会話など出来る筈もない。
ただこの調子だといずれ全ての噓が暴かれ、泣く泣く入部を許可する羽目に……そうなれば彼女の思い通り……何か対策を考えなくては――
慌てて俺が髪の毛をくしゃくしゃにしながら脳みそをフル稼働させていると――ソウルジェムが濁りつつあった虎尾が意を決した表情で、俺の背中から顔を覗かせる。
「ほ、北条氏……」
「はい」
「そ、そなたの現代歴史文学研究会への想いはどれ程でありますか……?」
「……そうね、正直に言えばこういうジャンルはあまり詳しくはないのだけれど、ただ最近興味を持って色々と見ていたから、皆さんとお話が出来れば楽しいかなって」
「な、成る程……つまり冷やかしではないと……?」
「人様の趣味を馬鹿にする程下衆に成り下がった覚えはないわ」
虎尾の言葉に北条は語気を強めて、はっきりとそう言った。
「…………」
……あくまで俺に対しての好感度と感情しか分からないから断定は出来ないが、きっとこれは噓やまやかしで言ってはいない。
何故ならもし何か企みがあるなら、感情マークは俺に対しても態度を変えているに違いないのだから。
そうなると邪心だけで構成された120%ではない……か。
「……虎尾、それに関しては信じてもいいと思うぞ」
「ま、雅継殿――……分かりました……で、では今回は特例中の特例として入部を認めましょう……」
「そうだな……って、え? お、おい! 北条の入部を認めちゃうのか?」
あまりにあっさりとした承諾に、俺は思わず大きな声を出して反応してしまう。
「し、仕方ないでしょう……それだけの熱意があるのならば断るのは失礼というもの」
「そう、嬉しいわ、ありがとう虎尾さん」
「で、でもな……」
「た、ただし!」
不気味にも見えなくもない北条の微笑みに危機感を感じていると。
虎尾が他人に対していつになく強い口調で、俺の肩を摑みながら北条を指差すと声を荒らげ気味にしてこう言い放つのだった。
「入部テストを受けて頂くことが条件であります!」
「……はい? 入部……テスト……?」
「ねっ、ね! 雅継殿もやりましたもんね!」
一瞬何を言っているのか分からず、困惑した声をあげるが、虎尾の俺を見る今にも泣き出しそうなぐらいの形相でそれが方便だということに気付く。
「……あー、そうそう、そういえばそんなのもあったな、虎尾は女の子で構成された軽音漫画とか、願いを叶える為に魔法少女になるアニメとか、廃校寸前の学校を救う為にアイドルになるアニメを見ただけでオタク気取っちゃうにわかは入部させたくないってのが信条でな、俺も入部の時は苦労したもんだった」
「そ、そうです! そうなのであります! 実は部員が二人だけなのも私が作った難問を雅継殿以外誰も解けなかったという経緯がありまして……」
中々苦しい言い訳に聞こえなくもないが、北条はそれを聞いて再度腕を組みながら人差し指で顎の下を支えるような体勢を取る。
「……つまり雅継くんもそのテストに合格したということなのね?」
「え、あ、ああ……そりゃ勿論、正直生半可な知識じゃ解けないことは覚悟して貰わないといけないが……大丈夫か?」
「そうね……、でもそれが入部の条件と言うなら精一杯やらせて貰うだけよ」
藤ヶ丘高校らしい風土が経験出来そうだし、と少し嬉しそうにも見える北条。
いや、本当はそんなもの無いんですけどね。
……とはいえ、咄嗟の判断にしては結果的にナイスと言う外にない。
恐らく虎尾は北条がアニメや漫画を最近嗜み始めたという点に目をつけてこの作戦を思いついたのだろう、きっと半端な知識では到底解けない問題を用意してくる筈。
後ろで虎尾が「よしっ! よしっ!」と小声で言っていることからもその自信が窺える。
まあ北条には少し申し訳ない気もするが、俺も好感度ゲージを駆使して築き上げた平穏
をそう簡単に崩される訳にはいかないからな……。
悪いがここで消えてもらうぜっ!
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2019年1月1日発売!!
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「好感度120%の北条さんは俺のためなら何でもしてくれるんだよな…… 」
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