一限目-2 北条朱雀は誰よりも何らかの点で優れている


「初めまして、北条朱雀ほうじょうあやりと申します」


 正面を向いて現れたその美貌に、全員が息を吞んだ。


「ほほう……」


 これは驚いた、高校生レベルの『可愛い』とか『綺麗』の枠を超えた美女がこんな片田舎の学校に現れるなんて。


 しかも顔だけでなくスタイルもモデル並というのはどうやら噓ではないらしく、その豊満なお胸に至っては虎尾さえも凌駕せんと言った具合……。


 もし藤ヶ丘高校に学園のアイドルがいたら、今頃恐怖に慄いているに違いな――


「……あれ?」

「ははー……これはまた凄まじいべっぴんさんでありますなあ……って、ま、雅継殿! 敵に位置が割れていますぞ! 何を呆けているのですか!」

「あ、い、いや……ちょ、ちょっと待ってくれ……」

「美人なのは分かりますがいくら好感度が分かる雅継殿でも恋する相手としてはハードルが高すぎですよ! 早くしないと――あっ、しまった……ああ~……」


 非常に残念ではあるが、その声は俺の鼓膜まで到達する見込みはなさそうである。

 その証拠に無残にもヘッドショットを喰らい、がっくりと項垂れる虎尾。


 仕方がないのだ……こんな光景を見せられてゲームに集中出来る筈がない――

 何故なら――


 目の前の超絶美人転校生が120%を叩き出していたのだから。


 こんな好感度指数、家族でも見たことがない……はっきり言って異常な数値だ。

 俺が今まで見た最大の数値は92%(俺の妹)であるが、そもそも

 70%前後の時点でかなりの信頼関係が築かれている数値だと言える。

 どころか70%を超えると異性なら恋人でもおかしくないラインなのだ、それは最早自転車の後部席に女の子を乗せて河川敷を疾走していてもおかしくない数値。

 しかし……彼女はそれを優に超えてくる存在だということに……。


 え? どうなるんだそれって……自転車の上でタイタニックでもやるのか?

 というかあのゲージって100%からはみ出るものだったのか……ゲージからはみ出したらそれはもうバグ技だと思うんですけど。


「北条、軽く挨拶をしておいてくれ」

「……高校生で転校というのは初めての経験なので、少し戸惑いもありますが、皆さん仲良くして頂けたら嬉しいです、どうか宜しくお願いします」


 そう彼女は淡々と言うと、深々と頭を下げた。

 だが、相も変わらずクラスメイトは俺も含めて言葉を失った状態のまま。


「おいおい、お前ら想定外に美女過ぎるからって呆然としてんじゃねえよ、まあいい、北条、丁度あの席が空いてるだろ、あそこに座ってくれるか?」

「分かりました、ありがとうございます」

「……え、は……?」


 愕然とする俺をよそに神奈川が指定した席は丁度俺の真後ろの席。

 北条は困惑する様子もなく姿勢正しく歩き始めると、クラスメイトの無言で浴びせる視線など意に介さず徐々に俺の座っている席へと近づいてくる。


「……………………」


 そしてはっきりと見える彼女の胸元で光り輝く100%を超えた赤紫色の好感度ゲージ。

 そして俺をチラリと見つめ、殊更に喜びを暴走させ始める感情マーク。


 お、おかしい……俺は彼女と初対面だよな……。

 恐らく俺が動揺していることなど気づいてもいないだろうが、北条はそのまま俺の後ろに着席すると、特に言葉を発することなく教科書を机の上に並べ始める。


 だがその圧倒的オーラに、誰もが授業どころではなかっただろう。

 それ以上に俺は、何の前触れもなく襲いかかった平穏への暗雲に、気が気ではなかったのだった。


 ○


「もう! 雅継殿はどこの馬の骨かも分からないおなごと私とのトン勝つパーリィナイトとどっちが大事なのでありますか!」


 放課後、俺はとある場所にいた。

 旧校舎三階、階段から一番奥にある、理科準備室程の大きさしかない小さな教室。

 パッと見では分からないレベルに小さく掲げられた看板には『現代歴史文学研究会』と書かれている、虎尾が創設した同好会の名前だ。


 何処かで聞いたフレーズに心の中がモヤっとしているだろうが心配ご無用だ、略してしまえば全てが解決する。


 現代歴史文学などそれっぽい言葉を並べているが、壁の半分以上は漫画、ラノベ、アニメBD、ゲームソフトが並べられた本棚で埋め尽くされており、窓際には58インチのテレビと一緒に様々な据置型のゲーム機が放置されている有様。

 中央には長机を並べて作られたテーブルもあり、高負荷ももろともしないラップトップが二台完備、おまけに冷蔵庫には常にジュースとお菓子が完備されているのだからケツの痛くなるパイプ椅子さえ除けば最早ただのネットカフェである。


 こんな正気とは思えないプライベート空間、本来であれば許される筈もないのだが、そこは清く正しい藤ヶ丘高校、一年生時に全ての定期テストで十位以内に入った虎尾は見事ブラックをオフホワイトまで塗り替えて見せたのだった。


 ただし部員は虎尾と俺のみ、名ばかりの部長は虎尾で俺は副部長である。

 ただそんな部長さんはご機嫌斜めなようで、パソコンで掲示板を荒らしながらスマートフォンで炎上系著名人のSNSを煽るというクソにカスを上塗りした行為の真最中。


「虎尾、俺が悪かった、だから早くその負の連鎖を断ち切ろう」

「ふん! どうせ雅継殿は私の本音が分かっているからそう言っているのでしょう!」

「いや……言う通り今のお前の感情マークは角が生えているよ、でも虎尾が本当に怒っているのが分かっているから許して欲しいと思っているんだ、何なら土下寝したっていい」

「そんなぬるい謝罪で私が許すとお思いでありますか! 許して欲しいのであれば最低でも四肢と妹二人を差し出して貰わないと困りますな!」

「真理の扉もドン引きの重罪かよ」


 どうやら相当怒り心頭だなこりゃ……。

 まあ、なんて言ってはいるが、実はこういった出来事は今に始まったことでもない。

 簡単に言えばこれは拗ねているだけなのである、事実、感情マークこそ怒りを顕にしているが好感度指数は70%から殆ど変動をしていない。

 好感度なんてものはちょっとしたことで簡単に変動するものだから、それを考えれば虎尾は信頼出来る相手とさえ言える。

 普通の相手ならこれ以上話に踏み込もうとも思わないが……仕方ないな。


「……虎尾よく見ろ、ここにカードが一枚ある」

「……それがどうしたっていうのでありますか」

「これは本来俺が使う予定だったのだが……謝罪の意を込めてガチャを引かせてやろう、ほら、欲しいキャラがいるって言ってたろ􀊁 これで機嫌を直してくれ」

「…………しょうがありませんな……百連で手を打ちましょう」

「強欲そうな壺みたいな顔で言ってんじゃねえよ」

「全く……課金ガチャ如きで許してしまうなど私も甘い……」

「既にアプリ開いてる人がそれ言う?」

「人のお金で引くガチャは至高」

「こいつ……」


 とはいえ感情マークが本当にご満悦なのだから現金な女である。

 ガチャが全部レアだったらいいのに。


「……にしても、思い直せば雅継殿にしてはらしくない動揺具合でしたな、ええと、北条朱雀氏でしたか、まさか好感度が0%でショックだったのでありますか?」

「そう思うだろ? それが100%超えなんだな……」

「またまた御冗談を……、よもや100%中の100%とでも仰るつもりですか、いくら私が好感度が見えないからって妄想も甚だしいでありますよ」

「残念ながら既に120%だ……」

「な、ななんと……裂蹴紫炎弾の使い手でしたか……」


 急にS級妖怪で例えないでくれます? と言いたい気持ちを抑えて俺は話を続ける。


「だがあのクールな様相で120%は危険過ぎる……、しかも俺の後ろの席に座っているんだぜ、いつパイルドライバーをされてもおかしくない」

「授業中にパイルドライバーをかます子は違う意味でヤバいかと」

「ともかく初対面であの数値は絶対におかしい、この力も絶対じゃないのか……?」

「ふうむ……もしかしたら劣化しているのかも知れませぬよ? もっと言えば能力が暴走しているとも言えるかも知れませぬな」

「劣化は分からなくもないが、暴走っていうのはどういう意味だよ」

「相手の好感度を操作出来るようになったとか」

「つよない?」


 いよいよ俺も学園都市最強の精神系能力者となる日が近いということか。

 じゃなくて。

 流石にそれはあり得ないにしても、能力が劣化するってのは考えられるな……。


「しかしあれですな、好感度120%って何をされるんでありましょうな?」


 虎尾が紙パックの紅茶をズルズルと言わせながらそう言うので、つられて俺も紙パックのアイスココアに手を伸ばしてしまう。


「俺も経験したことが無い数値だからな……好印象なのは違いないが、マイナス要素が一切ないってのは想像もつかない」

「シチュエーションで例えてみるのもいいかもしれませぬぞ?」

「そうだな……じゃあ仮に俺が告白をした時の反応で考えるとしようか」


「ふむ、では0%の場合」

「フルスイングでビンタ喰らって顔に唾を吐きかけられる」


「ご褒美ではありませんか、ならば次は30%」

「一瞬動揺するような目で見られて丁重にお断りされる……かな」

「いや……やっぱりご褒美では?」

「あのな……そう言いたくなるのも分かるが、30%以下は好感度としては低い部類だからこれぐらいの反応が自然というか、当たり前だよ」


「なるへそ……ならば50%は?」

「笑いながら『なに冗談言ってるのー』みたいな感じだろうな」

「相手を傷つけない配慮はあるという訳ですか、因みに感情マークはどうなのですか?」

「実に申し訳無さそうな顔してる」

「ある意味一番精神的ダメージがデカい……ですが流石に70%ともなれば変わってくるのではありませぬか?」

「ライクなら保留、ラブなら可能性アリと見ていいだろうな、いずれにせよこの段階まで来てようやく光明が見えるってもんだ」


「つまり――100%を超えれば確実に好きと言ってもいいと」

「それは80%の段階からあり得る話だよ、100%はそれより更に上だ、狂喜乱舞とかその程度で済むなら90%ぐらいだろうし……」


 まあこんな例え話をしておきながら、告白した記憶もされた記憶もないんですけど。

 いや勘違いをしないで貰いたいが平穏な生活を送る上で恋人は弊害を生みかねないのだ、そう、だから仕方がない、誤解をして貰っちゃ困る……うん。


「そうなりますと襲われてもおかしくない……もしかしたら好き過ぎて嚙みつかれるかもしれませぬな」

「そして彼女を復活させる為に三人の吸血鬼ハンターと闘う羽目になると」

「いえ、そのまま融合するかと」

「チョウチンアンコウじゃねえか」

「ですが100%ってそういうことではないかと思うのですけどな、ストーカーなどという生温いものではなく、一心同体でいたいぐらいに好きと言いますか」

「その上で120%となると……最早想像すらつかんな」

「想像どころか非モテの妄想と言われてもおかしくありませんな」

「そうだよな……やっぱり能力の劣化説が濃厚か……」

「現状何もされておりませんし、そう考えるのが自然かと」

「はー……そう思うと何か安心したというか、一気に肩の力が抜けちまったな……」

「ふふふ……儚き童貞の夢でしたな」

「うるせえよ、ははは――」


「失礼します」


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