第5話

 これで千夏なのは確実になった。彼女が大好きでよく二人でこの店に食べに来ていたからだ。これは隆は知らないこと。偶然とは考えられないだろう。


 今度こそ彼女は現れるのか? 一緒にランチしようと呼び出したのか?


 もしかしてもう店で待っているんじゃないかと、少しばかり期待しながら急いで行ってみたが、クリスマスの昼どきで店の外まで列ができている。どこもかしこも人がいっぱいだったんだから当然か。ちょっと失礼して店内を見させてもらっても彼女の姿はない。

 思わずため息が漏れる。


 一体いつまで続けるんだろう。


 ふだんなら並んでまで何かを食べようとは思わないんだけど、今回はそうもいかない。しかたなく順番待ちの椅子に座った。

 暇なのでもう一度カードを出して確認してみる。

 

『 色は変え 猿さん

  うねつせひりわばふれ 』


 ひらがなに変換して、『いろはかえ さるさん』にするだろ。スペースの位置をちょっと変えると、『いろは かえさる さん』になる。つまりカエサル暗号をいろはでやれってことだ。ご丁寧にずらす数まで教えてくれている。


 例えば一番最初の『う』の文字。

『いろはにほへと ちりぬるを

 わかよたれそ  つねならむ

 ゐのおくやま けふこえて

 あさきゆめみし ゑひもせすん』

 三つ後ろは『お』になる。


 この法則に当てはめていくと、『うねつせひりわばふれ』は『おむらいすたべてね』で、『オムライス食べてね』ってことになるわけだ。もう一度確認してみても間違いないな。

 

 列がすすんで店内入るが、中にも椅子が並んでいる。店員がメニューを持ってきた。


「お一人様ですか? カウンター席でもよろしいですか? こちらにお名前を記入お願い致します」

 

 メニューはもう決めてある。『鶏ときのこのホワイトソース』だ。それは彼女がよく頼んでいたメニュー。


「このふわっふわの卵とホワイトソースが絶妙なのよ」

「オムライスにはデミグラスソースだろう」

「勿論それも美味しいけど、ホワイトソースも合うんだってば」


 毎回そんなやりとりをしては、やっぱり俺はデミグラスソースばかりたのんでいたっけ。だけど今日は、千夏があれだけすすめていたホワイトソースを食べてみたくなったんだ。


 店員が去ると、ぼんやりと店内を眺めた。

 楽しそうな笑い声におしゃべりの声。幸せそうな笑顔。子どもたちのはしゃぐ声。


 千夏と一緒にここへ来たのは、いつが最後だっただろう。そういえば彼女が屈託なく笑うのも、久しく見ていない気がする。

 それ以前に、ゆっくり話をしたのすら、かなり前になるかもしれない。

 そうか。ちゃんと会話をしてなかったんだ。


 彼女のことを考えて、彼女のために時間を使う。この謎解きも、つまりはそういうことなのかもしれない。もっと自分を見てほしいというアピール。


 千夏。もう十分反省したから、帰ってこいよ。近くで見てるなら、出てこいよ。



 しばらくして席に案内されると、水と一緒に封筒がやってきた。急いで注文をすませ、中を見る。


『 HPBZEVMFV2011 』


 またしても問題だ。今日は一日これを続けるんだろうか。早く会って謝りたいのに。いや、しかたがないか。俺が悪かったんだから。彼女の「ねぇ、聞いて」をたくさん流してきたんだろうから。

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