第3話

 昨日の寒さが嘘のような小春日和。緑地公園の広場にはおしゃれな出店が並び、カップルや家族連れがたくさん来ている。


 男だけや女だけのグループもちらほらいるが、男一人なんて俺だけじゃないか。


 なんともいえないアウェイ感にげんなりするが、ここはひいてちゃ負けだ。お目当ての店を探そう。


 ぐるりと一回りしてみるが、探している店は見当たらない。


 あれ? 間違えてるか?


 カードを確認しようとポケットに手を入れた。


「武田くん? こんにちは。一人? もしかして待ち合わせ?」


 後ろから声をかけてきたのは、同期の篠原だった。小さな赤ん坊を抱いている。ここにいるってことは彼女がカードを用意したのか? 


「いつの間に子どもなんて作ったんだ?」

「私の子どもなわけないでしょ。いつ私が妊娠してたのよ」

「冗談だよ」

「姉と来てるの。この子は姪っ子。あっちでチュロス買うのに並んでたんだけど、武田くんの姿が見えたから来ただけよ」

「チュロスの店、あっちにあったのか」


 見落としていたようだ。


「チュロスを買いに来たの?」

「まぁ買いにきたというか店に用があるというか……。いや、買わなきゃなんないのかな」

「何それ。変なの」


 彼女ではなさそうだな。


「そういえば、奥さんと仲直りできたの?」

「仲直りするつもりなのかどうなのか、それとも彼女じゃないのか」

「どういう意味?」


 首を傾げる篠原に、手に持っているカードを見せた。


「これ、クイズ? なぞなぞ? 今日こんなイベントもやってるの?」

 

 うん、本格的に彼女はシロだな。


「イベントじゃなくて、差出人不明で届いたんだ」


 昨日の少年からのことをざっと説明する。

 

「それでこの問題の答えがどうしてチュロスになるの?」


『    脳トレ問題

  風のん水 火の老婆 中の露臼  』


「脳トレだろ? を取れで、『ふうのんすい ひのろうば ちゅうのろうす』から、を取るんだ」


 メモを見せながら説明する。


「ああ、それで『ふんすい ひろば チュロス』になるのね」


 篠原が納得して頷いていると、下から声がした。幼稚園児ぐらいの女の子が彼女のスカートの裾を引っ張っている。


「もうチュロス買えたよ」

「わ。ありがとう」

「早くおうちに帰って食べよ」

「はいはい。じゃあがんばってね。奥さんかどうかわかんないけど、とりあえずひまつぶしにはなるじゃない」


 篠原は女の子と手を繋いで数歩進み、おもむろに振り返った。


「余計なお世話かもしれないけど、もし奥さんだったなら、しっかり話をきいてあげなよ? いきなり離婚届を置いて家を出るなんて、明らかにコミュニケーション不足でしょ。もし今回戻ってきても、あんたが変わらなかったらまた繰り返すよ」


 確かにそうかもしれない。


 篠原の言葉がすとんと胸に落ちたので、素直に礼を言って別れ、列の最後尾に並んだ。


 ずいぶん親子連れが多い。聞くともなしに聞こえてくる親子の会話。夫婦の会話。たわいもない内容だが、みんな笑顔だ。千夏もただこんな風にもっと会話をしたかっただけなんだろうか。


 ぼんやり考えていると思ったより早く列は進んだ。フレーバーが五種類あるので、全部を一本ずつ箱に詰めてもらう。


 これを受け取ると、どこかで待っているんだろうか。もしかして近くで見ているのか?


 買った後どうするのか考えていなかった俺は、ふと思いいたってきょろきょろ辺りを見回した。


「ほいよ。にいちゃん、武田くんかい?」


 チュロスの箱を手渡しながら名前を確認されて驚く。


「そうですけど」

「ほい。手紙を預かってるよ」

「え? 誰から?」

「髪の長い美人さんから」


 渡されたのは、またしても同じ封筒。中を見ると……。


 うわ。また問題だ。


 『 菊は死す 空は永遠

   岩と福へ 舞う乞う 』


 うん? これはちょっと一筋縄ではいかないぞ。ちょっと落ち着いたところで考えよう。


 それにしても。こんなに問題ばかり続けるなら、やっぱり後輩たちか隆が犯人か? 今日一日を欝々過ごさせないために? う~ん。それだけのためにここまでしてくれるかなぁ。気を遣わせちゃってるのかなぁ。

 千夏だと嬉しいけど、千夏ならこんなことをする意味がわからない。


 頭を捻りながら歩き、広場から少し離れたところに空いたベンチを見つけた。あったかい日で良かった。そこにどっかりと腰を下ろすと、真剣に考えるために改めてカードを見直した。

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