第2話
彼女に会えるかも、という淡い期待を持ちつつ問題を解いてみて、ショックを受ける。
なるほど、少年が渡すのは明朝と言ってたわけが分かった。店が開いていないんじゃどうしようもない。
間違ってないよな?
縦書きの『寺で問いな 先刻はごめん』の文字と葉っぱにてんとう虫。葉の上で、はの上。てんとう虫は転倒虫で、逆さ読み。だからはより上の部分『寺で問いな 先刻』をひらがなにしてひっくり返すと、『きっさないとでらて』になる。つまり、『喫茶ナイトでラテ』。
喫茶ナイトは駅に行く道中にあるこじんまりした店だ。結婚当時は二人でよく行った。店の営業時間を調べてみると午前十時から午後七時。明日になっても十時までは開かないってことだ。
俺は、眠れない夜を過ごす羽目になった。
翌朝十時きっかりに店に行き、ラテを注文した。しばらくしてマスターが持ってきたのは、飲むのがもったいないくらい可愛らしいラテアート。卵の殻が上下に割れていて、真ん中にヒヨコが顔を出している。
そしてマスターのエプロンの裾を持ってついてきた小さな女の子が、俺にむかって封筒を差し出した。
「はい。どうじょ」
「え?」
思わずマスターを見上げる。
「クリスマスに武田君が来たら渡すように頼まれたんだ」
「それってもしかしてうちの……いや、髪の長い人?」
「うん、ずいぶんべっぴんさんだったなぁ。中々やるねぇ」
マスターはそう言いおいてカウンターに戻っていった。ラテに口をつける前に封を開けて中を見ると、またしても暗号文らしきもの。今度は横書きで印字してある。
『 脳トレ問題
風のん水 火の老婆 中の露臼 』
うん? これは、ここで待ち合わせをしたかったわけじゃないってことか?
千夏ではない? もしかして、後輩たちか? 寂しいクリスマスを過ごす俺に同情して謎解きで退屈凌ぎさせようとしてるのか?
彼女が出て行く前まで、飲みにいった帰りによくあいつらを家に連れてきていた。あの日もいつものように笑顔で迎えてくれると、なんの疑いもなく三人連れて帰った。だけど待っていたのは、真っ暗な部屋とテーブルの上に残された離婚届。
いつも押しかけていた自分たちにも一因があると思ってか、前より頻繁に誘ってもつきあってくれている。
それとも同期の隆か? あいつも千夏が出ていったことは知ってる。髪型を変えてなければ、奥さんの髪は長かったはず。
まさかとは思うけど、課長も知っているといえば知っている。いや、でも課長はここ『ナイト』は知らないか。うちに来たこともないし。
他に知っているのは、同期女子たちか。俺がクリぼっちになろうが眼中になさそうだけど、髪の長い美人はいる。
千夏かどうかわからない、千夏でな可能性が大だけど、他にすることがあるわけでもない。カードの主に遊ばれてみるのも悪くないか。
そう思ってもう一度問題を見直す。
『 脳トレ問題
風のん水 火の老婆 中の露臼 』
なるほど、ね。脳トレ、か。
マスターにメモと鉛筆を借りて答えを出すと、ぬるくなってしまったラテを飲み干し店を出た。
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