ミステリーハント2
楠秋生
第1話
「う~。
駅構内を出ると、思わず口から出るほど冷え込んできていた。ブルッと震えがきて、俺はコートの襟を掻きあわせた。周りを歩く人波の中で、カップルばかりがやたらに目について余計に寒さが身にしみる。
ここのところしょっちゅうつきあわせている同期の隆や後輩たちも、さすがにイブともなれば彼女や家族優先だ。
しかたがない。まっすぐ帰るか。
駅前に連なる飲み屋街の喧騒をすり抜け、家路をたどる。白い吐息がいつもより大きく広がっていく。千夏がいたら大喜びしてわざと大きく息を吐きだすだろう。隣にいない彼女に想いをはせ、また落ち込んでくる。
彼女は三か月前に離婚届を置いて出ていってしまった。それ以来、電話にも出てくれず、全く連絡がとれていない。
暗い気分のままマンションに着いてエントランスに入ると、ロビーのソファーで本を読んでいた少年が、俺の顔を見てぱっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「良かった~。おじさん、今日は早くて」
え~っと、誰だっけ? 親しげに話しかけてくるけど、どこの子だかわからない。見覚えがあるような気はするが思い出せない。
「おじさんに手紙だよ。ほんとはね、明日の朝渡すように頼まれたんだけど、僕んち朝早くから田舎に帰ることになっちゃって、どうしようかなって思ってたんだ。直接手渡してねって言われたから」
差し出されたのは生成りの封筒。宛先も書いていない。裏を返しても可愛いツリーのシールがあるほかは差出人もない。
「俺宛で間違いないのか?」
「『お隣の武田修二さんに渡してね』って頼まれたんだよ」
それを聞いてやっと思い出した。
隣のチビか! ずいぶんでっかくなってるからわからなかった。
「誰から?」
「知らない。髪の長い綺麗なお姉さんだったよ」
千夏かと思ったのに、どうやら違うようだ。
「遅くまで待たせて悪かったな。家の人に叱られないか?」
「まだ帰ってないよ。だけどもうすぐ帰ってくるから、それまでにおじさんが帰らなかったらどうしようって困ってたんだ」
「そうか。ありがとう」
共働きなのか。こんな時間まで子ども一人で待ってるのは寂しいだろうなぁ。
家の前で少年で別れ、玄関を入ると俺は急いで封を切った。少年に手渡したのは千夏でなくても、差出人はやっぱり彼女なんじゃないかと、歩きながらふと思ったからだ。
中にはメッセージカードが入っていた。
『寺で問いな 先刻はごめん』
カードの真ん中には印刷された不可思議な言葉。彼女からの、話し合いをしようとか、やっぱり帰ってきたいとかいうような手紙を期待した俺は、拍子抜けした。
考えてみりゃそうだよな。連絡取りたかったら電話でもいいし、電話してくればいいんだから。
ポイっとそのカードを放り出し、乱暴にソファーに座ってネクタイを緩めた。一瞬期待した分、ショックは大きい。思わずため息がもれる。
千夏。ほんとにもう帰ってくる気はないのか?
ふと窓の外に目をやると、雪がちらつき始めている。冷えるはずだ。
ホワイトクリスマスか。彼女と一緒ならロマンチックにもなるかもしれないが、一人だとただ寒いだけだ。
しばらくぼぉっと眺めてから、改めてカードを手にとってみた。
よく見ると、おかしなカードだ。横型の封筒なのになぜか縦書きで、そして文字は印字されているのに、左の隅には色鉛筆で紫陽花のような葉っぱとその上にてんとう虫が描かれている。微妙なアンバランス。それこそ千夏がやりそうな感じだ。
やっぱり千夏なのか? 誰かに頼んだとか?
俺はもう一度真剣にそのおかしな文字を見直した。
『寺で問いな 先刻はごめん』
暗号になってるのかな? とりあえず、こいつを解読すれば何かわかるってことだよな。
俺はきちんと座り直して真面目に考えた。
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