第2問「赤ちゃんはどこから来るのか?」
思い出話をしよう。
思い出にするにはあまりに花のない話だが、私がただ喋りたいだけなので黙って聞いててほしい。
物心ついたときからすでに違和感はあった。掛け違えたボタンのような、けれど決定的ななにかが食い違っていた。それが確信に変わったのは小学五年生、ちょうど胸に『Aちゃん』という不名誉な名が定着しはじめたころ。私は初めて7インチ――このときはまだ5インチだったが――を体感した。
股間にはなにもないのに、なにかがそこで奮い立っているのだ。直接見たことはなかったが、ソレがナナ子であることくらいは理解できた。そのときの私はコウノトリと赤ちゃんに複雑な家庭環境を求めるほど夢見る乙女でもなかった。どちらかといえばキャベツ畑派だったのだ。あのときの衝撃は今でも記憶に新しい。
他にも、男性に口を利くと妊娠するなど『赤ちゃんはどこから来て、どこへ行くのか?』という命題は各地に諸説あるが、
この世に生を受けたときから『衣玖神サクラ』の肉体と精神は女性のままだ。
もちろん見ることも触ることもできない。しかし同時に、自発的な処理をすることもできないままの性欲がナナ子へと溜まっていく。妄想と断じてしまうにはあまりにも明確な存在感が主張してくるのだ。
男性でいうところの『ナニ禁』状態だ。男子の思春期を甘くみてはいけない。それが一、二ヶ月くらい平気でつづいて、無我の境地へと辿りつける。さらに女の子の日と重なった日には堪ったものじゃない。あれは実質おせっせの日だ。ロミオとジュリエットの日だ。
女性部分で思春期を慰めればいいのでは……? と浅ましい考えに至ったこともあったが、無駄だった。ナナ子にはナナ子の思春期が独立して存在している。『衣玖神サクラ』の思春期とは別物なのだ。
これが私の誰にも言えない秘密だ。
十七年間、ずっとずっと隠してきた。無いものとして扱ってきた。だって、言葉にできないものは無いのと一緒だ。だれかに認識されなければ幽霊でしかない。共有されなければ妄想でしかない。ただの女子高生に悪魔の証明はちょっと難易度が高すぎる。思春期の女子には多感がすぎるのである。
というわけで、どういうわけか。ナナ子は今日も7インチというわけだった。
「そんな思い出話、どうでもいいですよ」
目の前にいる下着姿の友人、長谷川サキが口を開いた。今までこちらの話を親身になって聞いてくれていたが、その口振りはどこか素っ気なかった。
四限目の体育の授業中、カーテンの締め切った薄暗い教室。グラウンドのほうから掛け声が聞こえる。ここには下着姿の私たち二人しかいない。
十分程前から私は授業のサボタージュを決めこんでいた。だれもいない教室でとくに意味もなく下着のまま踏ん反りかえっていたい気分だった。もしここにタバコとライターがあれば、一服がてら放火に及んでいたくらいの気分だ。そのくらいにはすべてがどうでもよかった。
すると、サキが教室に帰ってきた。もちろんのごとく下着姿に手袋だった。白のレースが眩しかった。
なぜまた下着姿なのかという疑問は残るが、それはブーメランが刺さる。私はなぜ下着姿なのだろう? 友人も下着なのでもしかしたら流行りの最先端ファッションなのかもしれない。
サキは私が授業に来なかったのを心配したらしく、上目遣いで詰め寄ってきた。下着姿のまま。
その潤んだ瞳に問い詰められるまま、気が付いたら私はナナ子との思い出を打ち明けていた。下着姿のまま。
そして、一通り話し終えた結果。「そんな思い出話、どうでもいいです」と一蹴された。予想外すぎる対応に呆けていると、彼女がさらににじり寄ってきた。
至近距離、という言葉では片付けられないほど顔が近づく。まつ毛が絡まって、肌と肌の重なる温かみを寄せては返す。触れ合ったAちゃんとGちゃんはおおよそ事案発生中だった。現場からは驚異の格差社会であったと言わざるをえない。
「だって、大切なのはこれから、なのですから」とサキの指先で私の唇をなぞる。
そして、淡く澄んだ桜色の唇が重なると、舌を……
そこで目を覚ました。
鳥のさえずりが聞こえる中、視界に広がる見知った天井が憎たらしかった。だって、さすがにそこでお預けはなしだろう。これが文字通りの夢小説なら抗議の電話は免れない。作者の住所まで特定してやる所存だ。
ふと手元を見ると、少女漫画があった。どうやら読みながら寝落ちしてしまったようだ。
ページの隙間から憂鬱なヒロインの表情が見える。読者と悩みを共有できるなんて、この主人公は恵まれてるな、と欠伸が寝ぼけ眼に響いた。
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