チェスと1+1杯のコーヒー
法夫
第1話
冬のある日。窓の外には雪がやんわりと降ってる。とうに葉がなくなって裸になった校舎にある木々は白い服装に着替えられてる。
部室の中で、温かい炬燵にこもったまま、僕と先輩はいつものようにチェスをしている。
先輩が黒い騎士を手に取って、下ろす。
「そろそろ諦めれば?潔く」
今の動きで、先輩が僕の女王の逃げ道をすべて封じた。これは、痛い。
「まだわからないでしょう」
と抵抗したら、
「この勝負じゃなくて」
先輩が深いため息をついて、
「私のことを」
「それはもっと嫌です」
と、歩兵の一つを一歩進める。
「じゃ、諦めさせるまでだ」
と、先輩力強く宣言した。
その後、見事に敗北したら、
「てか、何でそんなに僕と付き合ってみるのがいやですか」
「敬語になってないぞ、少年」
「すみません」
「言ったでしょう、私よりチェスが下手な男に興味など湧かないわ。そして、今まで君は一度も私に勝ったことがない。――これからも勝ち目がないと思うが」
「言いましたけど、それ、嘘でしょう?」
「……」
「へぇ、わかるんだ。何で?」
「なんとなく」
先輩は、しばらくだまっていた。
「でもさ、少年」
「人の嘘を突っ込めば、真実を聞いてしまうかもしれないよ?その覚悟があるのか?」
「はい、なんでも言ってください。顔が気に入らないなら美化手術してきます」
「バカね。冗談でも言わないで、そんなの」
先輩が苦笑し、
「――多分、近いうち死ぬから」
「――何から?」
「ま、不治の病だけ知っておけばいいと思う」
「余命は?」
「本当になんでもストレートだね君は。――三ヶ月ぐらいと言われてる」
「不治って言ったけど、誰が決めたんですか?」
「……面白いことを言うね。ま、医者さんたちだけど?」
「ん……ちなみにさ、先輩」
「なに」
「……怖くないんですか」
「知ったとき、一瞬だけ」
「なにそれ、普通じゃないね」
「でしょうね」
「まぁ、説明すれば長くなるけど」
一息、
「うちに来る?コーヒーを入れてあげる」
「いいんですか」
「いいよ」
「やったで~」
先輩の家はどうやら1LDKで、とにかく綺麗。ていうかほぼなにもない。家具と言ったらキッチンカウンターで高椅子2つだけが見える。ミニマリスト以上。以下?あれ、どっちが正しいかな。
電気ポットが湧くのを待つ間、僕たちはキッチンカウンターで座る形で話を続けた。
「ところで、少し迷ってたんですけど、一応突っ込んでもいいんですか?」
「何だ、告られ続け振り続ける後輩の男の子を家に誘ったことか?」
「ご名答」
「いいじゃん?べつに。なにかが起こるわけでもないし。お前が私を襲ったりはしないぐらいは信じてる」
「ふむ。ほめてないよね、それ」
「案外褒めてるかもしれないよ?なんせ私は人間嫌いだから」
一息、
「じゃ、そろそろ本題に入ってもいいかい」
「はい」
「うちの母さんが癌で死んだことは知ってるよね?」
「はい。確か先輩がまだ小学だった頃と聞いていたが」
「うん、あのときは小学六年生だった」
「母さんは弱くてさ、だから死ぬまでいろいろ見てしまったんだ」
「なにを?」
「人が、どれだけ変われることを。――いろんな暴言を吐かれたんだ。私も、父も。両親が大声で叫び合うのが日常茶番になった」
「……そうでしたか」
「だからあのとき誓ったんだ。――何があっても絶対に母さんのようにはならないって」
「お母さんを憎みますか?」
「憎んでも仕方がないでしょう。損するだけ。もう死んだし。でも――」
「先輩ってすごいですね」
「褒めても何もあげないわよ?」
「コーヒーをくれるじゃなかったんですか」
「くれるけど」
「ところで、敬語をやめてもいいですか?」
「なんか出会った最初から特に守ってなかっただろう、そのゆるゆるな喋り方……」
「いいですか?」
「……べつにいいさ」
「サンキュウ」
「――気が変わった」
「なんでや」
「可愛い後輩が可愛くなくなるから。ていうか後輩でいなくなる。そんな感じ」
「別に敬語を使わなくたって十分尊敬してるよ、先輩のこと」
「この件はとりあえず保留だ。いい?」
「全く先輩ってば……ハイ、ワカリマシタ――」
と、電気ポットからクリック音がした。やっと湧いたみたい。
先輩がフレンチプレスに熱湯を入れるのを見ながら、
「でもさ、それならのんびりと学校に通ったり僕とチェスしたりより生きれる方法を探すべきじゃないでしょうか」
先輩はスマホでタイマーをセットしながら、
「探すって、もう何人の医者を訪ねたよ」
「そうじゃなくて、自分で探すことです」
「どうやって?」
「まぁ、とりあえずググったんですか?」
「そりゃ……ところで君、思ったよりもこのニュースをよく受け入れているみたいだね」
「強がってるだけです」
「強さってそういうものよ。大抵の人は強がることもできない」
「深い深い、暗い暗い」
「やめてほしいと言う?」
「いえ、むしろ続けてください。先輩の内心をもっとよく知りたいです。全部ぶちまけてください」
「いいのかい?好きじゃなくなるかもしれんぞ」
「その場合、やっと先輩のことを諦められてスッキリすると思う」
「……傷つくなぁ」
「あれ、まさにそれを願ってるんじゃないですか」
「そうさ。だけど人間は矛盾だらけ。君も知ってるだろう」
「はい。じゃ解いてみたら?」
「なにを?」
「その矛盾さ」
「その矛盾を解く、ねぇ」
「先輩は僕のことが好きでしょう?少なくても、嫌いじゃない」
「……」
「むしろ、僕が先輩のことが好きじゃなくなるより、先輩が怖いのは先輩が僕のことが好きじゃなくなるなんじゃないでしょうか。僕のことをもっと知ったら、頼ってしまったらいずれガッカリする時が来るって」
「そこらへんの暢気な高校生が見通せるようなことじゃないな。やはり、君にもなにかあったんじゃないか?ひどい苦しみが」
「そうね。好きな人に振られ続けてるし」
含み笑う先輩。やったで~
「あなたって本当に不思議」
「先輩、やっぱり僕と付き合ってみませんか?」
言ってる途中、先輩のスマホが鳴り始めた。先輩がタイマーをオフして、コーヒーをコップに注ぎながら、
「なんだって?」
「やめてくださいそのラノベのようなギャグ」
「呆れたものね」
二つのコップにコーヒーを注ぎ終えて、片手で僕にその一つを差し伸べたら、
「はい、どうぞ――よろしくおねがいします」
_____________________
あとがき
こういう地の文が殆ど無いものも書いてみたかった。
どうでしたか?ご感想あれば何でもいいので、是非聞かせてください。
チェスと1+1杯のコーヒー 法夫 @hoofuri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます