第7回

 翌日、俺たちは全員で朝食を囲っていた。


「お、お風呂に水を、しかも雨水を張っているなんて思いませんでした」

「あのね、君のとこみたいにマーライオンの口からお湯がでてくるところなんて普通ないのよ。一般家庭は水や布で体を拭く程度のことしかしてないの。それでたまに風呂屋にはいりに行くの」

「そんな! 毎日体を清潔に清めませんと神への背信行為になります!」

「あっ、咲塩とって」


 俺はオリオンに塩の入った小瓶を渡す。

 今朝の献立はサイモンの釣ってきた焼き魚に、山菜のおひたし、玄米のご飯だった。

 魚の見てくれは悪いが、食べるとなかなか油がのっていておいしい。

 これで魚の目玉がこんなにもデカくて飛び出ていなければ食欲をそそるのだが。

 ガツガツと宇宙生物みたいな魚を食べるオリオンに対して、ソフィーの方は全く食が進んでいない。


「食べないのか? 昨日の夜も食べてないだろ?」

「わ、わたし朝はパン以外には食べられません」


 神様がどうのって修道女みたいなこと言ってるわりにわがままなやっちゃな。

 ちなみに神様って俺に適当で雑な説明だけして消えていった神ドラゴンのことだろ。

 あんなもの信じてるとはこの世界の宗教が心配になって来る。


「そう言ってもパンはないぞ。この近くに米農家の人がいて、その人達が米をわけてくれるからウチは三食米が出てくる」


 米農家を襲っていた魔物を倒してから以降仲良くなり、釣った魚や山菜を米と交換してもらっている。


「で、ですが。このようなお魚食べた事ありません。こんな名前もわからないようなお魚食べられません」

「あー名前ね……デメキンっていう高級魚だ」

「絶対嘘じゃないですか!」


 名前がわからないなら勝手につけてやろうと思ったのだがダメか。

 俺の嘘を見抜いたソフィーは無理無理マジムリと見てくれの悪い魚を嫌悪していた。


「食べないならあたしがいただくよ」


 箸を使ってソフィーの皿を引き寄せようとするオリオンをとめる。


「行儀の悪いことするんじゃないの。とりあえずこれは残しておくから、後で食べてくれ」


 と言っても、食べないなら無駄になってしまうわけなんだが。

 結局ソフィーは一口も食べることなく朝食は終わってしまった。

 俺は食後自室でどうしたもんかとソフィーのことを考える。

 ありゃ相当蝶よ花よと育てられてきたのだろう。それが悪いことではないのだが、よりによってウチみたいな貧乏チャリオットに召喚されてしまった事が問題だ。

 彼女をどう扱えばいいものかと考えていると、ついうつらうつらとしてきてしまう。

 やばい、急激に眠気が……。ギルド見に行こうと思ってた……のに。

 昨日ソフィーの言う礼拝堂(仮)を確保するために、夜更けまで掃除してたのがたたったのか、俺はしばらくすると安らかな寝息をたてはじめていた。






「お、王様! 起きてください!」


 サイモンの慌てた声に驚いて、俺は飛び起きた。


「な、なんだ⁉」


 外を見ると既に日が高い。二時間くらいは寝ていたようだ。


「こっちに来てください!」


 サイモンに促され、俺は二階にある空き部屋へと連れてこられた。そこにはサイモン兄弟とオリオンが部屋の中を覗いている。


「あぁここは礼拝堂に使っていいってソフィーに……」



 部屋の中を見て驚いた。どこから集めてきたのか、中には長椅子が横二列で六席ほど並び、一番奥に小さな机と、壁に大きな銀の十字架が飾られている。少し見ぬ間に簡易教会みたいなものがつくられていたのだった。

 十字架の奥から差し込む陽光を浴びながら祈りを捧げるソフィーの姿が見える。

 一見聖女のような姿で見惚れてしまうところではあったが、問題なのはあの銀の十字架である。人より少し小さいくらいのサイズで、真ん中にあの不細工な神ドラゴンの装飾がついている。一体あれをどこから持ってきたのか。


「ソ、ソフィー、ちょっと……」


 手招きすると、ソフィーはお祈りを終えて俺の元にやってくる。


「はい、王様なんでしょうか?」

「あのさ、あの銀の十字架どこから持ってきた?」

「先ほど街に行って購入してまいりました。店の方が非常に良いお方で、お安くしていただきました」


 パッと花のような笑顔を浮かべるソフィー。


「あぁ、そう……で、お金は?」

「王様の部屋にありましたので、それを使いました」

「…………いくらだって?」

「八万ベスタでした」

「有り金全部じゃねーか! 今すぐ返してきなさい!」

「八万ベスタくらい大したお金じゃありませんよ?」

「君にとって大したことなくても、ウチにとっては全財産なの! それとそういうことは自分でお金を稼いでから言いなさい!」






 俺は巨大な十字架を背負い、ソフィーを連れて外へと飛び出した。

 彼女の話ではラインハルト城下町にある雑貨屋で買ったらしいので、クーリングオフが適用されるかは知らないが大急ぎで返品に向かう。

 街に入ると既に昨日の晴天祭は終わっていたが、ちらほらとまだ出店は残っていた。

 石造りの街並みが続くこのラインハルト城下街は、東側が富裕層区で、西側が貧民街(スラム)区となっていた。

 ソフィーは丁度貧民街との分かれ目の場所で購入したとのことなので、街のメインストリートに向かって走る。


「くそ、この十字架めっちゃ重い」


 真ん中にとりつけられているマヌケなドラゴンの顔がやたら腹立つ。


「その歳で重い十字架を背負わされるなんて王様可哀想です」

「君に背負わされてるんですけどね!」

「今のは罪の十字架と物の十字架をかけたんですよ」

「うまくねぇよ! そんなに面白くないのになんでそんなにドヤ顔できるんだよ!」


 フフン言ってやった、と謎の勝ち誇りを見せるソフィーと共にメインストリートから西側へと向かう。

 しばらく走ると、明らかに周囲の家並みがかわる。

 スラム街に入ったらしく、辺りにはボロボロで人が住めるのか疑わしい汚い家が並んでいた。


「よくこんなところに一人で来たな」

「ここです、ここにお店が……あれ?」


 ソフィーが指さす場所には空家があるだけで、何か店があるような様子はなかった。


「確かにここで購入したのですが、何もなくなっています」

「何もなくなるって……」


 空き家に入ってみると、確かに中は変に小奇麗で埃の一つも落ちていない。


「兄ちゃん達何しとるんじゃい?」


 俺達が店を探していると、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこには腰の曲がった爺さんが杖をついて歩いていた。


「あの、ここにお店とかなかったですか? こんな十字架とか売ってる?」

「あぁん? フォッフォッさては兄ちゃんら騙されたの。そこで売ってるもんは全部偽もんの盗品じゃて」

「なんだって⁉」

「たまーにそこで盗んだもんを売る連中がでてくるんじゃ。恐らく貧民街の人間じゃと思うがの」

「じゃ、じゃあ返品とかは?」

「フォッフォッ、泥棒に返品なんか頼んだって相手にされんよ」

 そう言って爺さんは杖をついて歩いていってしまった。





 どうすんだこれ……?





 俺とソフィーは街の中央広場にある噴水を背にしてうなだれる。

 ソフィーは偽物だったことがショックで、俺は返品できないことがショックで肩を落とす。


「くそ、これからどうする……」


 いきなり全財産を失い路頭に迷うことになった俺達。

 スマホを取り出してギルド依頼をチェックしてみるが、すぐにお金になりそうなものはなかった。

 ふと画面のタッチを間違えて表示される、【戦士を帰還させる】のメッセージ。

 SSRだけど戦闘経験がなくて、お嬢様で、常識が抜けてて、お金の価値観が違ってて、食べ物の好き嫌いが多い少女。

 俺は表示されていた戦士帰還の画面をしばらく眺めていた。

 この子は戦士に向いていないのでは? 

 才能云々より適性の話である。

 大きなチャリオットなら時間をかけてゆっくり育てるということもできるのだろうが、ウチは明日食う物にも困る貧乏チャリオットだからな……。

 俺が悩んでいるとパン屋から焼きたてパンの良い匂いが漂ってきて、時間が昼を過ぎていることに気づく。

[くー]

 可愛らしい音が聞こえて隣を見ると、ソフィーがドスドスと自分の腹を殴っていた。


「腹減ってるんだろ?」

「な、なんのことでしょう?」


 別にすっとぼけなくてもいいのに。

 俺は硬貨の入った布袋を取り出し、パン屋に入る。


「ほら」


 俺は買ってきたチーズパンをソフィーにほうり投げる。


「あっ」


 パンは焼きたてで、ソフィーはアツアツと手からこぼしそうになっていた。


「わたしお金を……」

「いいよ、別に」


 俺も買ってきたチーズパンをかぶる。


「お金、持っていらしたのですね」

「二〇〇〇ベスタだけな」


 昨日報酬を受け取ってから、金庫に入れるのを忘れていた金だ。


「チーズパン一個八〇ベスタだ。この背中に乗っかかる十字架で一〇〇〇個もチーズパンが買えるわけだ。そう言うと八万ベスタの重みがちょっとはわかるだろ?」

「……はい」

「俺は別にお前の信じる神をどうこう言うつもりはないが、お前がいくら熱心に祈りを捧げようが、神はチーズパンをおごってはくれねーぞ」


 俺がそう言うと、ソフィーはしゅんと俯いた。

 パンを食べ終え、腹が膨れると少しだけ元気が出た。

 いつまでも項垂れていてもしかたないので、俺はステファンギルドに行って何か稼ぎになりそうなものがないか探そうと思った。





「ちょっとそこのボーイエンガール!」


 突如、野太く巻き舌の声が響く。

 辺りには俺たち以外誰もいないので俺か? と自分を指さすと、リーゼントで筋肉質だが、なよっとした男性が内股で近づいてきた。身なりは綺麗にしており、黒のベストに蝶ネクタイを身につけている。全体を見るとウェイターのようにも思える服装だ。


「あなた達、今お暇かしら?」


 ズイズイと顔を近づけてくる筋肉質なおじさん。

 うわ青ヒゲ凄い。


「暇といえば暇ですけど」

「だったらウチのお店手伝ってくんない! 今すぐに!」

「えっえっ?」





 青ヒゲの男性に腕をつかまれ、俺とソフィーは強引に貧民街近くにあるお店へと連れて行かれた。

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異世界城主、奮闘中! 〜ガチャ姫率いて、目指すは最強の軍勢【チャリオット】〜 ありんす/ファミ通文庫 @famitsu

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