第6回

「急な告白だな」

「勘違いすんな。気に入ってるって意味だし、ちょっとお前と離れたくないだけで、あたしの相手してくれないとムカつくだけだ」


 お前俺の事めっちゃ好きだな。


「そりゃどうも」

「あたしが役に立たなくても置いてくれる? あっ、一つだけ役に立たなくても女としてなら……役に立つかもしんない」


 そう言って顔を赤らめるオリオンだったが、俺はその顔にでこぴんする。


「なーに言ってんだよ。お子ちゃまのくせに。……腹減ったし飯にするぞ。サイモンの微妙な飯が待ってる」


 そう言って踵を返そうとすると、オリオンはのそのそと四つん這いで俺の足元にやってきて、するすると俺の体をよじ登ってくる。


「コアラかお前は」

「なにそれ?」

「俺の世界にいた、やたら甘えん坊な動物だ」

「じゃあコアラでいいや、それ生きてるだけで幸せ」


 俺はよろよろと重みでよろけながらも屋根を移動して城の中へと戻る。

 なんとか機嫌は戻ってきたようだ。




「王様ーーーー! 大変です!」


 なんか気苦労の絶えない大臣みたいに、サイモンは大慌てで俺達の元に走ってくる。

 武器を持ってないと俺にはあのサイモンが何サイモンなのか判別がつかない。

 オリオンは誰かに見られた程度ではコアラスタイルをやめるつもりはないようだ。


「魔物です! 城のすぐ外に魔物がやってきました!」

「なぬ、珍しいな」


 城の裏手に山があり、そこに魔物がいるのだが、恐らくそれが下りてきたのだろう。

 この城まで来ることはほとんどないのだが、ごく稀に腹を空かせた奴が飯の匂いにつられてやって来たりする。


「あたしが行くよ」


 魔物と聞いてオリオンは俺から飛び降りて駆けだした。


「ソードベアのようです! 今兄弟たちが戦っています!」

「お前ら弱いんだから、あんま無茶するな」


 サイモンとオリオンの三人で城門の前まで走る。

 ソードベアは並の戦士では歯が立たない。オリオンでなんとかなるレベルの巨大なクマ型モンスターだ。

 あっ、ちょっと待てよ。これはチャンスじゃないか?

 ピンと閃いた。

 ソフィーの実力を測るのに絶好の機会なのでは?

 そう思い、俺は大声を張り上げて彼女を呼ぶ。


「ソフィーー! 城門まで来てくれーーーー!」


 多分これで来るだろう。

 隣を見るとオリオンがすげー怒ってた。

 あたしがいるのにあの女に頼るのかと言いたげだ。


「妬くな」

「無理」

「これはソフィーの強さを測るチャンスなの」


 そう言うが、むすっとしてあまり納得していない様子。





 俺達が崩れた城門前に到着すると、既にサイモン兄弟が弓を射って戦っている最中だった。 

 弓矢の先には、山で遭遇したら失神してしまいそうな巨大なクマがいる。

 身の丈は三メートルを超え、名前の由来となっている前足の爪が一本一本剣のように長く鋭く伸びている魔獣だ。

 ソードベアは爪で矢を切り払うと、凶悪な眼光をこちらに向けながらグルグルと唸る。


「おぉおぉ、強そうだな」


 いつもならマジヤベェと慌てふためくところだが、今日は心持ちが違う。

 なんといってもSSRのソフィーがいるのだ。これでオリオンが危険な目にあうことも少なくなるだろう。

 もしかしたらソードベア程度では一瞬で消し炭になってしまう可能性がある。きっと神聖魔法的なものでピカッとなってジュワッといくだろう。

 俺の圧倒的語彙力のなさ。


「王様、どうかしましたか?」


 俺の呼び声に応じてソフィーは城門前までやってきた。


「よし、ちょうどいい。今ソードベアっていう魔物が城の前に来ている。なんとか撃退したい、お前の力を見せてくれ」


 俺は城門の外を指さす。そこにはグガーっと唸り声をあげて近くの大木をなぎ倒し、暴れ回っているソードベアの姿が見えた。


「あ、あれをですか?」

「あぁ、以前やりあった経験がある。見た目強そうに見えるが普通に強い」

「そこはあまり強くないと希望をもたせるところじゃないのですか?」

「あの爪は当たると三枚におろされるから気をつけろ。最悪当たった場所は切り落とされるぞ」

「絶望的な情報しかなくないですか?」

「なにソフィーなら一撃でやれると思う」

 なんたってSSRだからな!

「…………」


 あれ、なんでそんなに青ざめてんだろ? 

 ソフィーの顔には「えっ、マジでやるんですか?」と書かれている。


「こうバーっとやってドカーンとして必殺技的なものでジュワッとして、あの熊倒しちゃっていいのよ」


 というか戦闘が得意でない神官でも、君のステータスがあれば倒せるはず。


「それじゃあ頼む」

「「「よろしくお願いします!」」」


 サイモン達が並んで頭を下げ、引き下がってくる。


「え、えぇ、任せてください。わたしはなんといってもSSR、神の加護を受けし乙女ですので」


 そう言ってソフィーはハルバートを構え、城門の前に立つ。


「よし、奴がくるぞ。頑張れソフィー!」


 俺達は城門前にある水の枯れた噴水に身を隠しながら、声だけでソフィーを応援する。

 ソードベアはソフィーの姿を確認すると、グルルルと低いうなり声をあげながら、のそりのそりと近づいてくる。目の前で四足歩行から二足で立ち上がると、その巨体で彼女を見下ろす。

 俺はどんな必殺技が飛び出すのだろうかとワクワクしながら覗き見る。

 グガァァっと凶悪な咆哮とともにソードベアの爪が振り下ろされた。


「か、神よ……」


 ソフィーが十字を胸の前で切る。あれは必殺技の予備動作なのか? 

 そう思っていると隣にいたオリオンが突然前へと飛び出した。


「避けろバカ!」


 オリオンはソフィーの頭を押さえ、無理やり地面に押し倒す。

 その瞬間ソードベアの爪がソフィーの頭上を振りぬいた。

 オリオンが助けなければ、間違いなく彼女の頭は胴体から切り離されていただろう。


「お前なんで戦わないんだ! ……よ」


 オリオンは縮こまってしまっている少女に憤る、死にたいのかと。

 だがよくよくソフィーを見ると、彼女の股下が濡れていることに気づいたのだ。









「お、お前漏らしたのか⁉」

「わ、わたし魔物となんて戦ったことない……です」


 ソフィーの消え入りそうな声にオリオンは眉をひそめた。

 グルァァァっと唸り声をあげ、再びソードベアの爪が振り下ろされる。

 オリオンはその瞬間鉄の剣を引き抜き、巨獣の目を突き刺した。

 ソードベアは苦悶の鳴き声をあげ、走ってその場を逃げ去って行った。

 俺はなぜソフィーが戦わなかったのかわからず、噴水の影から出て、ひょこひょこと二人に近づいていく。


「なにがどうしてそうなった?」

「この子、戦ったことないんだって」


 恥ずかしそうに、申し訳なさそうに顔をふせるソフィー。

 あぁ、なるほどそれでオリオンが助けにいったわけか。


「おまけに漏らした」

「そ、それは言わないでください!」


 俺も言われて初めて彼女の股下が濡れていることに気づいた。


「い、いや。その、見ないで……ください」


 必死に股を隠そうとしているところに変な興奮を覚えてしまった。

 いかん、よくないと頭を振る。


「つまり実戦経験はないけど、才能ポテンシャルだけでSSRになったと……」

「お、お稽古はしていました。ですが、お父様やお母様が魔物と戦うなんてもってのほかだと」


 あぁ君お嬢様だもんね……。道理で装備に対して知識がないわけだ。

 俺は軽く頭を抱えそうになる。まさか『SSRだけどレベル1』がやってくるとは。

 いやレベルなんて概念ないんだけど。


「それでよくあたしにレアリティがどうのって言えたな」

「ご、ごめんなさい」

「あぁ、いいや。とりあえず風呂はいってきなよ」


 俺がそう言うと、ソフィーは消沈した様子で城の中へと入っていく。

 その様子を腰に手を当てて見守るオリオン。なぜか得意げな表情をしている。


「なんでお前は嬉しそうなんだよ」

「あたしの方がまだ役に立つと思った」


 俺はまたオリオンのでこをピンとはねる。


「人の実力のなさを喜ぶんじゃありません」


 その後すぐに、お風呂のお湯が冷たいと叫んで全裸で城の中を走り回るソフィーに、俺は頭を悩ませるのだった。

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