第41話 『アブスゲルグ』に続く道 下

 …そして…。


 修行を付けてくれる風景。


 その農場は、牛みたいな生き物が放牧されている場所で、柵の外周が1周、約2キロはあると言っていた。そこを5周。

 その後、その場で腹筋300回と背筋300回、そして、腕立て伏せを300回。

 それが終わると察知能力向上修行と言って、目隠しをさせると瞑想の状態を作る、そこに石や鉄屑等を投げて来て、集中して気配を感じ、それを避けろと言う。

 この訓練をする。

 それが終われば、直径60センチ、高さ10センチほどの石を地面から頭上まで持ち上げる、それを100回。

 そして、腹筋に対して、直径30センチほどの革でできた球を50回ほど落とされる。


 …風景…。


 ……

 杖をついて歩いている風景。森を進む長い道…先頭はチャ子、そして、ナガミチ、アサト、インシュアの順。

 アサトの前を歩くナガミチの背中がゆっくりと左右に小さく動く、上下…左右と…、光に向かって進む風景


 ……

 「今まで何も教えてやれなかったが…。『助けてやりたい』と言う気持ちを忘れるな。強くなる、強くなりたいと思う心の根源には、何かが必要だ。今までやっていたことは、無駄ではない。ただ、用意も何もできていない状況で、なにか出来るなんて、都合のいい現実なんてない。耐える事も修行。自分の弱さを知るのも修行。今は、自分のいる現実を見るんだ、そして、受け入れるんだ…。」と言葉にする風景


 ……

 杖に顎を乗せて、目を細めてアサトの戦闘を見ている。

 その瞳に映るアサトが倒れると目を細め、握っている杖の柄を強く握る。

 駆け出すアサト…そして、ゴブリンを足で押さえて刀を刺す…、その動きに瞳をゆっくり閉じて、小さく息を吐き出す


 …風景。


 ……


 そして、剣技の説明をしてくれた、今日午前の風景…。

 『お前は弱い。でも、お前の支えになる者は多い、そして、この先、お前がどう言う道を選ぼうとも、お前には仲間を作る事が出来る。こんな何も知らない世界で生きる事になっても、お前は一人ではない。お前は、お前らしく、お前が信じる目標を作り、生きて、この世界にあらがえ!それが…お前の生きたあかしになる…。』の言葉を思い出すと…。

 涙が溢れてきた。


 僕は…どんな目標を立てて、この世界にあらがえば…いいのか…わからない…おしえてくれよ…ナガミチさん…師匠…親父ぃ……。


 ナガミチの背中にあった傷…、そして、クレアシアン。

 この人は、どんな目標の上に、どんな世界にあらがって、あのあかしを残したのか…。

 不安がアサトを襲っていると同時に、この世界の見えない部分に思いを馳せた。

 世界は、このデルヘルムだけではない…もっと、もっと…広いんだ…と。

 アサトは、ナガミチの掌を握っていた。いつそうしたかはわからない、でも、短い間にあった事を思い出すと、この人の言葉に重みを感じ、親近感が湧いていた。

 インシュアやアルが近い存在であっても、ナガミチは大きな存在であった…。


 だから…悲しかった…その存在が無くなる怖さが、ナガミチの握った手から温もりが消えるのと同じスピードで感じていた。


 グリフがゆっくり、何故か満足そうな微笑みを浮べているナガミチの亡骸を、ベッドに横たえると、時は日付を変え、次の日を迎え始めた。


 次の日は、ナガミチを火葬して、共同墓地に埋葬した。

 その日は、狩りには出れなかった。

 インシュアは、酒に溺れている。

 アルベルトは、一度は来るが、その状況を見ると、舌打ちをして家を後にしていた。

 チャ子は、ナガミチが選んでくれた短剣を木材相手に振っている、たまに、宙返りをして見せて、アサトを元気つけてくれているようだった。


 自宅の修理の為に、一階と地下室で寝る事になった。

 家が狭いとの事で、チャ子はサーシャと共に家に帰ったが、相も変わらずインシュアは居間のソファーを独占している。

 アサトは、埃にまみれた地下室で寝ることになった。


 その次の日…アイゼンが現れた。

 自分のパーティーメンバーを引き連れて、アサトが使うはずの地下室に降りて行くと、その部屋で話し始めた。


 その部屋には…。

 薄暗い部屋には、一同驚愕の事実があった…そして…。

 アサトは、事実を知る事になる…。



 それから数か月後…。



 少し長くなった髪のアサトは、共同墓地に設置されたナガミチの墓標に、花を持って立っていた。


 着ているのは、ナガミチが着ていたコート。

 そして、その中には、両脇の腰に太刀を携えていた。

 右手には150センチはある、長太刀を持っている。


「師匠…いや、親父…僕…聞いたよ。…全部。それで…時間。ちょっとかかったけど、色々わかって来たし、色々考えた…。だからなんだって言われても…、僕、決めたよ。やるよ。師匠が命を懸けて追った目標。そして、この世界にあらがってみるよ。どこまでできるかはわからないけど…僕…行くよ【アブスゲルグ】へ。時間はかかるかもしれないけど…、それに、の娘も捜すよ…、だから、あっ、心配しなくても大丈夫、僕には仲間がいる。僕はまだまだ弱い。でも、こんな僕と一緒に、その道を進んでくれる仲間がいる。…僕を、守り、支え、そして、こんな僕でも助けてあげたい仲間がいるし、この仲間の為に強くなりたいって思っている。だから…安心して、これは、僕が決めた道だから…。」と小さく微笑む…。


 …墓標に座るナガミチが見えた。

 ナガミチは、微笑みながら頷いている。

 そして、握りこぶしを作ると、左胸を2度叩いて大きな笑顔を見せた。

 それに向かって頷く。

 たぶん、心も共に…と言いたかったんだろうと理解した。


 …それは、幻なのかもしれないが…

 …たしかに、ナガミチがそこにいたような気がしていた…


 アサトの背後には、アルベルトが腕を組んで、冷ややかな視線を墓標に向けている。

 その少し前に、インシュアがチャ子と並んでその風景を見ていた。

 アイゼンらと、アサトの仲間らがその光景を見守っている。


 【】への道は、今から…始まる。

 もう、この地に…。


 アサトは、空を見上げた。

 その空は、ここに来て初めて見た空のように遠く、遠く……

 …遠くに感じられた…。

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