第36話 最後の教え 上

 翌日。


 中庭にナガミチとアサトが並んで立っていた。

 縁側に座って、二人を見ているチャ子、その横の後ろの方に、壁にもたれ掛かりながら、腕組みをして冷ややかな視線を送るアルベルトがいて、その横にインシュアがおなじような格好でいた。


 ナガミチが少し前に出る、その先には、3メートルほど離れた場所に、幅5センチ×5センチ、高さ2メートルほどの木柱が立ってあった。

 ナガミチはつかに手を置き、左足を少し前にだすと腰を小さく落として、目を閉じてから少し息を吸うと、気を静めた、そして、目を開けるとともに一気に息を吐き出しながら。

 「ZAN!」と、太刀を下から斜め上に向けた〖逆袈裟懸ぎゃくけさがけ〗をする。

 さやから刃が出ると同時に、下向きの刃が上を向く音が聞こえると共に、空気を斬るような小気味いい音が聞こえた、すると、離れた場所にある木柱が少し浮くように上ると、斜めの角度に沿ってゆっくりと落ち始めた。


 「おひょっ」とチャ子が声を上げる。


 木柱の切り口は、斜めに一片の迷いもない切り口であった。

 それより驚くのは、直接、触れて斬った訳ではない。

 ただ、その場から何かを飛ばしたと言う表現…それしかなかった。

 ナガミチは刃を水平に伸ばすと、持っているつかを起点にクルっと半回転させ、刃を自分の方向へ向ける。

 そして、一度、鞘口さやくちの上を滑らして後ろに押し、ゆっくりと前に引いてからさやに刃を仕舞い始める。

 カチッとさやつばを合わせる音を立てて、刃を仕舞うと姿勢を上げて背筋を伸ばした。

 「これが、斬撃を飛ばす剣技。『斬破ざんぱ』…、俺が時間をかけて収得した剣技…、お前にこの剣技を教えて俺のアカデミーでの修業は終わりだ。」と言うと、

 「チャ子」とチャ子を呼ぶ。

 チャ子は、ウン。と頷くと、真っ白い紙を持ってきた。


 それを受け取ると、アサトの目の前にその紙を立てる。

 「太刀を振って斬る。簡単に言うが、それは、簡単では無い。この太刀とは…。」と言って、今度は、空いている手で太刀をゆっくりとやさから抜くと、剣先を立てて、刃をアサトへと向けた。

 「力を込め、強く振る…と、」といい、持っていた紙に向かって、刀の刃を紙の端に強く当てる。…と、紙はジャッと言う音と共によれ、しわくちゃな状態で刃に対して折れた。


 「…、どの刃もそうだ。簡単に振れば、斬れる…なんて芸当は、初心者には無理だ。昨日の戦いは、お前なりには成功だろう。刺す。これは、初心者が一番初めに覚える芸当。そして、斬るは、その次だ。インシュアが持つような両刃の剣は、力を込めて使えば、斬れる…のではなく、裂く…、の方が表現としては、正しい。」と言い、チャ子を見る。

 チャ子は目が合うと、もう一枚の紙を持って来る。

 その紙を再び立て、剣先を立てて、刃をアサトに見せる。


 「…なら…斬るとは…。」と言うと、ゆっくりと紙の端に刃を当て、浅い傾斜で斜め下に向かい、息を小さく吐き出しながら滑らせるように動かす。

 音もなく、紙が切れ始める…。そして、紙の3分の2辺りまで刃が入ると、素早く息を吐き出しながら刃を滑らした。

 切れた紙が、ゆっくりとひらひら舞いながら地面に落ちる。

 「…これが…斬る…だ。」といい、手に持っていた切れ残りの紙から手を放すと、その紙に向かって素早く、右斜め上から下、左斜め上から下へと太刀を振る。

 すると、紙はシャっ、シャっと小気味よい音を立てながら4つに斬れた。

 そのまま、太刀を巧みに回して、刃を鞘口に当てるとゆっくりと鞘に入れ、カチっと、鞘口を鳴らして完全にしまい込んだ。


 「これを習得するには、時間がかかるかもしれない、戦いにおいて、斬りつけると切り倒す、そして、切り離す…切断だな…。これを使いわける。やみくもに太刀を振っても、どれがどうと選択できない。だから、この太刀の性質を知る。斬りつけるとは、刃を軽く流す、切り倒すは、刃に力を込めて強くふる。そして、切り離すは…。刃にんだ。これは難しいぞ。これを習得するためには、とにかく刀の性質を知る事が重要なんだ。お前が持っているのは、『太刀たち』と言う、刀身とうしんは84センチ。つかを合わせ、先端…峯から柄頭つかがしらと言うところまでは、120センチ弱だ。さやから素早く抜くためにりがある。この太刀たちは、片手で使う事を前提に作り出されている。まずは両手でいい。両手で刃の感覚を知るんだ、刃の感覚…俺は、それを呼吸と言う。その呼吸を知れば、刃の立て方で刃が進む感覚を見いだせる。…これは見るのではない。感じるのだ。刃の呼吸に自分の呼吸を共にする、斬る時は…刃の呼吸も吐き出すと言うイメージを持ち、その動きに自分も合わせる…。そういう事を意識して行っていれば、自然と呼吸を感じる事が出来るはずだ。」

 ナガミチはゆっくりと歩き、壁によりかけていた、先ほどと同じサイズの木柱を手に取り、中庭の真ん中に立てる。そして、アサトに太刀を抜くように促す。


 アサトは太刀を抜くと、

「刃を柱にあてろ」とナガミチが言う。

 言われるがままに木柱に刃を当てた。

「見ろ、この接地面を」と指をさす。

 刃が木柱に当たっている所はほんのわずかであり、鋭く立っているのを確認すると、ゆっくりと木柱に当てたまま動かせと言う指示に従う。

 するとシューっと小気味いい音が鳴り、滑る感覚が伝わるが、刃は確実に木柱に傷をつけ、その傷は刃に沿って広がっていく。軽く動かしただけであるにも関わらず…。


 「これで分かるだろう…、力は使わずとも傷は付けられる、これが、斬りつけるだ。呼吸を深く感じ、呼吸を深くする、そして、斬りつけた相手の筋肉や防具などの息遣いを感じれば切断までできる。相手の呼吸にこちらの呼吸を流し込む感覚…と言えば、難しいかもしれないが、俺はその感覚で振っている。呼吸こそと言う感覚だ。この感覚を感じた時…切断できるとぼんやりと思えるだろう…。とにかく、この感覚だ、この感覚を知るんだ…。」と言い、その場を離れる。

 アサトは、太刀を木柱から外して確認した。

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