第27話 魔女との取引 下

 深夜0時には届いていない時刻、街もようやく静かになったころに、ナガミチは何かの気配に目を覚ますと、そこには、ぼんやりと窓から入ってくる光に、照らし出されていた女の姿があった。


 ソファーで寝ているチャ子の頭元に座り、足を組んで、うつろな目で女はナガミチを見ている。


 咄嗟にナガミチは上半身を起こして、「チャ…」と声を上げようとした時、「シィーーー」と人差し指を立て、真っ赤な唇に持ってくると、目を細くして微笑みながらナガミチの行動を制止させた。


 その微笑は魅惑的な微笑で、薄く閉じた瞳にはうっすらと光が反射していた。

 女はゆっくりと視線を落とすと、いとおしそうにチャ子の頭を撫でながら、チャ子の寝顔をうっとりとした視線で見ていた。


 「久しぶりだな…、待っていた…」と声を殺して言葉にすると

 「大丈夫よ、この家にいる人…あなた以外は、ぐっすり…私の魔法にかかっていて、朝まで起きないわ」と、口元を歪めて言葉にしながらナガミチを見た。

 「…そうか…」とナガミチ。

 女はチャ子から手を離すと立ち上がり、窓の方へと足を進めた。


 真っ黒いドレスの裾は引きずる程に長く、所々に赤いステッチが入っていた。

 腰のラインは驚くように細い、そのせいでもあろうか、尻が上に上がっているように見え、胸は上に突き上げているような、はっきりと胸と区別できるラインをだしていた。

 胸元は大きく開けており、埋もれてしまいそうな胸の谷間が見える。

 そこに黒みを帯びた赤く透明感のある、直径5センチ程のペンダントトップが、黄金に輝くネックレスチェーンの先についていた。


 女は窓の向こうを見る。

 外の薄明かりに、その輪郭が見えてきた。


 なまめかしいウェーブのかかった髪は黒…みが強い、紫色で背中の中ほどまでの長さがあった。優しそうな目元と小さく潤いのある唇。そして、その口元、下唇のちょっと右下には、魅力的に感じるようについている黒子ほくろ…、女性が微笑むたびに、その黒子があいらしくゆっくりと動いた。


 女は細くしなやかな指を窓に当て、ガラスに何かを書く…。と、また、なまめかわしく微笑む。目じりが小さく下がると、薄く閉じた瞳に、窓から入ってきている光が反射した。


 「それで…、私をまっていたのぉ?」と、ゆっくりとナガミチを見る。

 「あぁ~、待っていた」とナガミチ。

 女は、小さく微笑みながら窓の床板に左手を置き、腰を魅力的に見せるような姿勢でもたれ掛かってナガミチを見て。

 「あらぁ~、うれしいぃ…。光栄だわぁ~。」と言いながら、口角を上げて見せる。

 ナガミチは、上半身を起こしたまま後ろにさがり、壁に背を預けた。

 「それでぇ…、何か用事があったのぉ…」と、ゆっくりと窓から離れると、胸を強調するかのように張り、小さく肩を動かしながら歩き始めた。


 「…もしかしてぇ~、命。惜しくなったぁ~」と、右手の人差し指を唇の右下唇にいやらしく当て、小さく顎を引いて、上目使いでナガミチを見た。


 「いや、それは無い。」と否定すると、女は指を唇に当てながら小さく唇を尖らせる。と、再び悪戯っ子のような微笑を浮べて、肩を左右に小さく動かしながら、ナガミチのベッドの足元に腰を下ろした。

 「…じゃぁ~、なにぃ?」と、左右の手をナガミチの方へ置き、小さく上半身を倒した。


 「取引がしたい…」

 「とりひきぃ?」と言いながら、女はすっと背筋を伸ばして姿勢を正すと、キリっとした瞳に変えてナガミチを見た。

 「あぁ…、そうだ、取引だ。」

 その言葉に口元を歪める女は、またなまめかわしい笑顔を見せる。

 「あなたが私の男になるなら…あなたにかけた呪いを…解いてもいいわよ…」と体を倒しながら、ナガミチの左手の手首を右手で優しく握り、ナガミチの目の高さに上げて、紫色の線が見えるように持って来ると、握った細い右手の親指で、ナガミチの手首を一周しようとしているその線をなぞって見せた。


 ナガミチは、女のその手をつかみ離す。


 女は、再び姿勢を戻すと口角を上げる

 「とりあえず聞くだけは聞くわぁ、取引の内容次第で考えてあげる」と、再び顎を引き、上目使いでナガミチを見た。

 「…もう少しだけ、先延ばしにして欲しい…」と言うと、「あらぁ」と、右手を唇にあてて驚いて見せる、そして、また上目使いで

 「もう少しだけって言わないで、たくさん生きていいのよ…私のおとこになってくれればぁ」となまめかわしい笑みを浮かべる

 「いや…、命は惜しくない、ただ、時間が欲しいだけなんだ」とナガミチ。


 女は少し目を細めて

 「時間?…どうしてぇ?」と聞くと、ナガミチはその問いにフッと鼻で笑い、

 「…お前を殺す者を育てている」と言葉にした。

 女は、目を閉じて微笑むとゆっくり目を開け、そして上目使いでナガミチを見た。


 「わたしを殺す者を育てているのぉ…」と言うと、立ち上がり、腕を組んで窓の方に向かって歩き出す

 「そう言えば、最近…、あなたが、何かをしているって思っていたけど…、そんな事をしていたのね…。」といい、窓の傍まで来ると、きびすを返すように振り返った。

 「私を殺す者を育てるから時間をくれ…ですってぇ…。そんな事、聞ける訳無いでしょう。」と言う、ナガミチは女を直視して

 「それが、当然の答えだ。」と言い切る。


 視線は外さない、女と目を合わせる。

 女も視線を外さない。

 まっすぐな視線はぶつかり、どこかで我慢比べの様相になったが、女は目を細めて小さく微笑むと、ナガミチの方へと歩み始め、

 「…ずるい人…。私が断れない事を知ってて、言っているのでしょうぉ~」と言いながら、再びナガミチのベッドに座り、ナガミチの近くに位置を持ってきた。


 「それで…、私があなたに、命の時間を与える見返りわぁ?」と上目使いで聞く。

 「お前に任せる」と言うと、女は悪戯っぽく笑い、天井に目を走らせて少し考えるそぶりを見せてから

 「いいわ」とナガミチを見る。

 「何日欲しいのぉ?」と聞くと

 「お前の決めた日数でいい。」と答える、すると、女は右手の人差し指を唇の右下唇にいやらしく当て、小さく顎を引き、上目使いでナガミチを見ながら、当てた人差し指をゆっくりと上下させて、唇を軽く叩いてみせるとその指をすっと立て。

 「一週間…」と言葉にした。

 「いいだろう」と、女の出した日数にナガミチが即答すると、女は、微笑みながらナガミチに体をゆっくりと預ける。


 首に腕を回し唇を右の耳へと近づける、そして、濡れた淡いピンクに近い色の小さな舌をだして、ナガミチの耳たぶにそっと触れると、吐息まじりに言葉を発した。


 「条件は…、わたしを…。」と言うと、再び舌でナガミチの耳を濡らす。


 そして・・・

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