第26話 魔女との取引 上
「…っチ。」と舌打ちをするアサト。
「おいおいおい…遊ばれているぞ…」と、インシュアが呆れた言い方でアサトに野次を飛ばす。
その後ろには、石に座って、立てた杖の
チャ子は、飛んでいるものに興味を持って追いかけている。
狩りに出るようになってからもう3日。
アサトは、まだ1体もしとめていなかった。
中段の構えでゴブリンに対峙しているが、ゴブリンは小さく左右に跳ねながら変則的な動きで挑発して、アサトをかく乱していた。
アサトはゴブリンを見ている…と言うか、腰布から時折見える、男の象徴の先っぽが気になって集中できていなかった。
…なんか…ちゃんと履いてくれよ…。
ゴブリンは奇妙な声で笑う。その笑い声を聞きながら
「おぉ~い、バカにされてるぞ…。」とインシュア。
「なんか…アドバイス的な事は無いんですか?」と声をあげると
「…そうだな…、斬れ!ザッ…とやって、バッ…とやって、ジャっ…って斬るんだ!」とインシュア。
…あのう…意味わからないんですけど…
ゴブリンは笑いながら、持っていた短剣を右の手から左の手に移すと、また、右の手に移す行動を何回もやっている。
…やっぱり、バカにされている?…
アサトは、中段の構えから素早く剣先を上げてゴブリンに襲い掛かるが、ゴブリンは笑いながらよけると、両方の掌を上向きにしながら肩の位置辺りまで上げて、肩をすくめて呆れた顔をしてみせた。
…なんか…インシュアさんと戦っているみたい…
それを見てインシュアとチャ子が笑う、ナガミチも肩を揺らしながら小さく笑っていた。
アサトは再びゴブリンに対峙をすると、ゴブリンは小指を鼻に入れて鼻くそを取り出し、その鼻糞を親指を使ってアサトに向かって弾き、っへへへ…と笑って見せた。
…カッチーン…怒りの糸が切れた。
アサトはゴブリンめがけて突っ込み、上から横から下から横からと太刀を振るが、ゴブリンはその攻撃をひらひらとよける。
…ゴブリンってこんなに強いの…と思った時。
後ろに飛んだゴブリンが、いきなり前に踏み出してきた、咄嗟にその短剣を太刀ではじくと、ゴブリンは再びさがり小さく頷いた。
「まるで、ゴブが師匠みたいだな」とインシュアが笑う。
ゴブリンはあたりを見渡し、ギャっと言うと振り返り、どこかに駆けて行った。
ギャって…さよならって意味なんかな?
「あぁ~、逃げられた。」とインシュアが言うと
「逃げられた、アサト、ヨッワっ。」とチャ子が言う。
「まっ、…とりあえず、10分くらいは遊んでもらえたんじゃないか?今日は帰るぞ。」と言いながら、杖から顎をあげてナガミチが立ち上がった。
アサトは太刀を鞘に仕舞い、空を見上げた。
…僕は…大丈夫なのかな…、
街の門を潜ると、まだ明るいので牧場に向かい、あいも変わらない基礎修行を夕方までやり、とっぷりと暮れた頃に家路につく。
家ではサーシャが晩御飯の準備をしてくれている。
家に着くと風呂に入り、テレニアの治癒と体力回復の魔法をかけてもらったら、晩御飯をいただく。
最近、ナガミチは食卓には顔を出さない。
ナガミチがどんな病気なのかわからないが気にはなる、だから…晩御飯がおわると、アサトはナガミチの部屋を訪れた。
「大丈夫ですか?」と聞くと
「あぁ~、どうした、なんかあったか?」と体を起こしてアサトを見る
「いや…、最近調子悪そうだから…」といいながらナガミチの部屋に入る。
ナガミチの部屋は、考えると初めてであった。
そこには、3人掛けのソファーとテーブル、2メートル近い衣装棚があり、後はナガミチが横になっているベッドしかなく、壁に太刀が2本立てかけていた。
「大丈夫だ、あと少しで楽になる…」
「なんの病気なんですか?」と聞くと
「ちょっとした奇病だ、一か月ほどで楽になる。今が一番つらいだけだ、これを超えると楽になるから、お前は何も心配する必要はない。」
かなり顔色が悪い、が、ナガミチは精一杯の笑みを見せた。
「テレニアさんの治癒でなんとかならないんですか?」と聞くと
「魔法は、ケガとかには効くが、病気には効かないんだよ」といい、左手首に視線を落とした。
そこには、幅が2ミリほどの紫色の線が、ナガミチの手首を一周しようとしていた。
「…そうですか…わかりました、僕も寝ますんで…。」と言い、部屋を後にしようとしたとき
「アサト…」とナガミチが呼び止めた。
「はい」と振り返る。
「だんだん良くなってきている、大丈夫だからな…お前は…大丈夫、ちゃんと狩れるようになるから、自分を信じろ」といい、小さく笑って見せた。
アサトはその表情に向かい、笑って返すと部屋を後にした。
だんだん良くなってきている、大丈夫だからな…と言われた時に、ナガミチ自身の事を言っていると思っていたが、その後の言葉、お前は…大丈夫、ちゃんと狩れるようになるから、自分を信じろと言う言葉を聞いて、アサト自身の事を言ってくれているのだと解った。
それは、重い病気を患っていても、弟子を想う師匠の心に感じた。ナガミチを信じろ…と言う言葉を思い出した。
3日経っても、ゴブリン1体も始末できていない自分に、あんな言葉をかけてくれるナガミチに対して、明日は必ず。
と心に決めたアサトは、頷きながら自分の部屋に戻った。
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