第25話 命の重さ 下

 インシュアが付き合うといい、チャ子と3人でいつもの牧場に向かった。


 牧場に向かう道で、インシュアが話しを始めた。

 「自分が、どれだけ安全な所で生きているか分かったか?」


 その言葉に、アサトは答えられなかった。

 「…」


 「…これが正義とは思っていない。少なくとも俺は…な、ナガミチさんもいつも言っていた。」と言うと、一つため息をつき

 「その行動に正義はあるのか…、正義の価値観は個々の裁量に判断される。要は、正義にも種類があるんだろう…、俺はわからない。だから…、卑怯かもしれないが、その裁量ってやつを人に任せる。誰かが狩れと言えば、俺は狩る。やめると言えば、狩りはしない。」

 と言うと一息ついて、少し考える…そして…

 「…大方の狩猟人はそうだと思う。今日のようにゴブリンが現れた、じゃ、狩ろう…ってのは、正義なのか?『生きる為に金が欲しい、だから、お前の持っている金をだせ。』と言って、出さなかったら斬る…は、正義なのか?相手も、あぁ見えて命がある。命は欲しい、もしかしたら、相手にとって人間て言うのは、悪であり、自分の物を奪う強奪者みたいな位置づけになっていて、人間は、人間=殺す、殺さなきゃなんない者…なのかもしれない、そうなれば…、それは、やつらの正義で、人間を襲うに等しい事なんじゃないかな…」


 街を抜けると長く緩やかな坂に差し掛かる、チャ子が駆け出してその坂を上り始めた。


 「今言ったことは、難しい。俺は、いつも何かを斬った後にそう思っている。今でも悩みの種だ、でもな、俺たちは生きていかなきゃなんない。その為に狩る、それが正義と割り切るのも必要なのかもしれない」

 いつも無関心なインシュアが、こんなシビアな問題に悩んでいたことに驚く。

 「まぁ~~、割り切れないから、人にその正義の裁量を任せている、こんな俺が大きな口で正義は語れないけどな…」と小さく笑い、一つ息を吐くと真剣な表情をして。

 「ナガミチさんに言われた言葉を、お前に言う。これは、俺が修行している時にナガミチさんから言われた言葉だ、それは、『正義には大きな責任が伴われる』…だ。俺たちは、狩りや師範から技術を手にしている。その力は、一般人にとっては脅威に等しい、意味が分かるよな…」


 確かに、ナガミチはアサトに言った。

 『ここからは、お前が俺から学ぶ『現実』だ。』と、あの時にゴブリンを斬るナガミチの姿は、これからアサトが、ナガミチから学んで斬る姿なのかもしれない、あれはゴブリンを斬る為だけの姿ではない、それはこれから先に現れる敵?または、幻獣と言う獣とかと戦う姿、今日のように助けを求める者を守る姿であり、また、自分の私欲の為にでも使えると言う姿でもある。


 「今は曖昧な正義でもいい、ただ、その正義には一線を引くんだ」

 「一線?」

 「そうだ、超えてはいけない線…。それさえあれば、正義と言う言葉の重さも、少しは軽くなる…」


 インシュアとアサトは坂を登り、牧場に続く道をチャ子と一緒に歩く。

 陽はまだ高い。


 インシュアの言った一線とは…、同族は殺してはいけない…では無いと思う。

 たぶん、同族でも斬らなければならない時もあるのではないか…、今日の出来事は人間を襲う緑の化け物、ゴブリン…に襲われた同族が助けを求めていた、だから…助けたい…と思った。でも、襲撃しているのが、ゴブリンでは無く人間だったら…ゴブリンが助けを求めていたなら…、そこは助けるのであろうか…、同族を斬るのであろう…か、斬れるのであろうか………。

 ゴブリンが他のマモノに襲われ、ゴブリンに助けを求められたら…、傍観者でいていいのか…、それとも、斬る事を選択するのであろうか……。

 『斬る』を選択した時、そこに正義があるのであろうか…、それは正義なのであろうか…。…いまは…わからない…。………わからない………。


 「なぁ~に難しい顔してるんだ。そんな考えこむな。」とインシュア。

 アサトはインシュアの顔を見る、と、さっきまで真剣な表情だったインシュアの顔が、いつもの無関心な表情のインシュアの顔になっていた。

 「お前はまだ弱っちいから考えんな。俺みたいに強くなってから考えろ。とにかくな、お前はこの世界で一番弱いんだからな。チャ子にも勝てない。断言してやる!!」と言うと

 「チャ子は強い。」と、チャ子が力こぶを作って見せた

 「でも、母さんはもっと強いし怒ると怖い…。だから、アサト弱い。」と笑顔を見せた。


 …だから、弱いって…。


 その言葉に、インシュアも高らかに笑う。

 「だなぁ、サーシャさんは強くて怖いからな。怒ると酒を飲ませてくれないからな…はははは…」と大声で笑った。そして…。

 「…んで、でべそだからな…」と言うと、その言葉にチャ子は表情を変え、インシュアの大きな背中に飛び乗り、インシュアの頭を両手でたたき出すと、

 「母さん、でべそじゃ無い、インシュアはバカ、バカ、バカ…」と大きな声で叫びながら頭を何度も何度もたたいていた。

 そんな二人をみてアサトも笑った。


 あんな事があったのに…。笑っていられる…。

 僕はインシュアさんの言う通り、壁の中で安全に生きているんだ…。

 でも、現実は…。

 命は…、その壁の外では等しい重さであり、死と隣り合わせなんだな…。

 命の重さって…こんなに重い物なのかな…。と考えてしまっていた…。

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