第24話 命の重さ 上

 ゴブリンの死骸をチャ子とインシュアが漁り、ナガミチは、彼女らが襲われた場所に向かって森の中に入って行き、残されたアサトは、呆然と目の前に広がっている状況を眺めているだけであった。


 先ほどあったのは、夢や幻ではない。

 目の前で人が殺され、そして、犯され…、それも、同族、自分と同じ体を持ち、同じ言語?を使う種族の者が、得体のしれない怪物に…。

 怪物…、その怪物と言うのは…。


 身長はさほど大きくないが、緑色の肌を持った筋肉質の体で、顔は、横に長く伸びて尖っている耳を持ち、大きく裂けた口に黒みがかった舌、垂れた鼻がついてあり、頭部にも申し訳ない程度の髪が生えてある。

 その体の股間についている男の象徴は、体の大きさにそぐわない位の大きさで、人間と同じ形であり、また、睾丸もついている。

 目が異様に大きく感じるも各々が違う、鼻の形もそのようだ。個性がある。


 これが怪物なのか…。


 怪物を殺し、その怪物が持つものを奪う…、それが狩り。

 …狩猟人…の所以ゆえんなのか…。


 インシュアは、この緑色の…、今では肉の塊を〖ゴブリン〗と言っていた。

 この肉の塊はゴブリンと言う種族。

 …初めて見た、もっと恐ろしく、獰猛な形を想像していた。

 この生き物が…。


 狩りの対象の生き物なのだが、先ほどの戦いを見れば、知性を持ち合わせているように思った。

 奇妙な言葉を発し、また、戦い方も考えている、それに女性を性の対象と考えているようだ。

 性行為をするのは、欲望や繁殖の考えがあるからだと思う。


 現にチャ子は、見た目は人間に見えるが、頭についている耳や猫のような瞳を持つ、最近は尻尾をズボンから出しているようだし、笑ったり、怒ったり、言葉も話す。

 言葉や感情を表現できるのは、知性を持っているからだ。

 でも、人間とは容姿が違う…、人間とネコ科の亜人の合いの子。なら…人間と言う種族でないなら〖敵〗なのか?

 チャ子は…敵ではない。

 チャ子は人間とは容姿が違うが、人間に対して敵意を向けたりしない。だから…そう考えれば、肉の塊と化したゴブリンも、話せばわかる知性を持っていたのではないか…。


 …どうなのだろう。容姿だけで判断する事は…。


 ナガミチのコートを羽織っている女神官は、自分の肩を抱きながら小刻みにゆらして泣いている。


 確かに彼女らに起こった事は、紛れもなく人間族を愚弄ぐろうしている、が、もしかしたらこうなる前に、このゴブリンらを彼女らが愚弄ぐろう…していたのでは…無きにしもあらずの考えだ…。


 ナガミチが森から出てくると、ナガミチのコートを着てへたっと座って泣いている彼女のそばにしゃがみ込む、そして、手にしていた袋を掴ませていた。

 インシュアもゆっくりとその場に来て、すでに死体となっている男を指さしながら話している。

 どうやら、彼がつけている武器や防具の処分を、どうするか聞いているのだろう、話しが終わるとチャ子を呼び、その死体から武器や防具を取り外し始めていた。


 呆然としていたアサトをインシュアが呼ぶ。

 この呼び声に正気に戻ったアサトは、二人に駆け寄り、その死体の装備品や所持品を外す手伝いをした。


 その後、女神官を含めた5人は森に入り、彼女の仲間らからギルド証や装備品、所持品を集めた。

 インシュアが、死体の始末は、街の衛兵に金を出すと取りに来てくれると説明して、彼女の仲間を一か所に集めて目印の赤い旗を近くに記した。


 これは、パーティー全滅時、生き残りがいた時に取る手段の一つのようだ。

 一人につき銀貨5枚。

 彼女の仲間は5人いたので、銀貨20枚で回収してもらえるようだ。

 後は火葬、そして、埋葬に一人銀貨1枚が必要とのこと。

 死体は、火葬しなければ、闇の王が、その死体に命を与えアンデットと化す。

 ただ、闇の王はこの地域にはいない、おとぎ話の世界の話だと言うが、念には念を押して火葬をすることを進めていた。


 アサトらは街に戻り、仲間の処理をする女神官を手伝った。

 女神官は、埋葬が済んだら教会でシスターになるようだ。


 インシュアは、あのような経験をもった者は、しかるべき処に行った方がいい。と言葉にしていた。

 しかるべき処…、今は、そこがしかるべき処かわからない…が、それもこの世界の常識なのだろう…。


 衛兵に回収を頼んだアサトらは、今日の壁外へきがい修行を終えることにした。

 ナガミチは、アサトにいつもの修行をやれと命じて、自分は家に帰った。

 杖を突く後ろ姿は、先ほど、ゴブリンを斬った者の背中とは程遠い、か弱い背中だった。

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