第22話 壁外の真実 上

 21日目の朝は、少し体が重かった。

 アサトはベッドから起き上がり、外に目を向けると、まだ空はどんよりと曇っていた。


 討伐戦の翌々日から昨日までの6日間、雨が止む事がなかった。

 街の人たちは、この雨を涙雨とかともらいの雨と言っていたようだ。

 ただ、今日は、その雨も上がるみたいである。


 街は雨でも、昨日あたりからいつもの活気が戻ってきていた。

 街を守る守衛団が街の外の警備をしていたり、依頼所には依頼も張り出されるようになってきていた。

 狩猟人は、まだリベルが眠っている旧戦場に、狩りや死体漁りに行っているようであるが、そこには、リベルの他にもゴブリンやオーク、獣人の亜人、人間とゴブリンやオーク、亜人などの合いの子イィ・ドゥなどが多々いたので、被害が出る事もあるようだった。


 チャ子は、最近、ナガミチの部屋で寝ているようである。

 2日前にゴブリン5体が街に侵入して、市民が犠牲になったのを怖がってだと思う。

 ナガミチも最近、調子が悪いのか、杖をついて歩く事がめっきり増えていた。


 アサトは、部屋を出ると一階へ降りて顔を洗い、歯を磨いていると、チャ子が階段を駆け下りてくる。

 昨日の残りを二人で食べていると、ソファーで寝ていたインシュアが目を覚ました。

 そして、コツッコツッと杖を突きながらナガミチが一階に降りてきた。


 珍しいとアサトが思っていると、ナガミチがテーブルに、武器のような長細い筒に柄が付いている物を1本置いた。

 「今日は、壁の外に出る。軽く腹筋、背筋、腕立てをしたら、木刀を出掛ける前に振っておけ、そして、準備をしろ。10時には立つ。」と言うと、インシュアの前まで進み「お前も来い」といい、また2階に上がった。

 インシュアは、起き上がるとあくびをしながら頭を掻いて、昨日の夜に飲みかけていたエールを飲み干す、そして、再びソファーに横になった。


 なんか、よくよく考えると、インシュアさんって…なんでここにいるんだろう…と疑問をもった、でも、もし聞いたとしても、あの人の性格だから答えてくれるとは思わないし。

 酒と女、って言っても、女はチャ子しかいないから、ここにいれば酒には困らないから居るのだろうし、そもそも寝る所も無いのかもしれない…。


 それより、今日はじめてこのデルヘルムの街に来て、壁の外に出られる喜びの方がヒシヒシと感じてきた。

 毎日、家と牧場の往復にもそろそろ飽きてきていたので、少しテンションが上がっていた。

 食事を終えると、中庭で基礎トレーニングをしてから、右構えで素振り300を始める、それが終わったら左構えで素振り300をすると程よい時間になる。


 その時間を見計らったようにナガミチが一階に降りてくると、テーブルにある長細い筒につかが付いている物を手にして、アサトに渡した。

 「これは、武器だ。”太刀と言う。…抜いてみろ。」とナガミチが目を細めながら言う。

 その言葉にアサトは、恐る恐る鞘から抜いて、剣先を上に立てた。


 その刃は薄く、つかは糸で細工されている、その細工も綺麗にひし形の空間を残しながら編み込まれている。

 糸の色も赤や青の糸を使って、その空間も深くはなく、浅く、握りやすかった。

 その上にはつばと言われるものが付いている、その部分は、つかを握る手を防護する部位と言う事だ、鍔は丸く、よく見るとドラゴンの細工が施されている。

 刀身はつばから少し反りがあり、刃は片方にしかなかった。

 長さは120センチ程であろうか、重さも最初は少し重いかなと思ったが、こうして立てていても疲れを感じない、と言うか、重い感じがしなかった。

 その手にした『太刀』は、修行で使っていた木刀と同じような形であった。


 ナガミチは自分の脇に据えていた太刀をを抜くと、アサトに抜き方と仕舞い方を教えた。

 そばに置かれていた一枚の布を手にして、腰に掛けている鉄で出来た入れ物の蓋を開け、その布に蓋の口を当て、中から水みたいなモノを少量含ませると腰にたずさえた。

 「今日は出るだけだ、お前は見ているだけだからな」と言うと、

 「行くぞ!」と言葉にして、インシュアが横になっているソファーを、小さく蹴り飛ばしながら外に向かった。

 インシュアはゆっくりと起き上がり、あくびをしながら洗面所に向かう。

 チャ子は小さなリュックを背負い、水袋を肩にかけてニコニコしながらナガミチの後を追った。

 それに続いてアサトも外に出る。


 今日は天気がいい。

 すでに周りは、昨日まで降っていた雨の痕跡すら残していなく、道も乾いていた。


 3人で南西の門に着き、師弟証の鉄の板をみせる。


 どうやらこの板は2種類あって、師弟証とギルド証があり、出る時と戻る時に、どちらかを見せなければならないみたいだ、もし、それが無ければ、正面門にて手続きをしなければならないようである、手続きもかなり面倒なようだ。

 この街以外の人間なら来訪の理由。

 この街のものであっても、身元の確認や証明、照会など色々書いたりなんだりしなければならないようである。


 チャ子は、ギルド証を見せていた。


 …考えてみれば、僕はお金を受け取ったが、ギルドに所属しているのかな?と思った、でも、今、ここにいる人達に聞いても、しょうがないような気がしたので、その思いはしまって置くことにした。


 門を出る頃にインシュアが合流する。

 インシュアは背中に大きな剣を携えていた。と言うか、初めてインシュアの武器を見たような気がする。

 この人は、寝る事と酒を飲む事、チャ子をいじる事だけのような印象しかなかったから、かなり新鮮に感じた。


 門を出ると、チャ子が辺りを見渡す。

 「いいか、ここを抜けると草原が広がっている。草原は見通しがいいから狩りがしやすい、ってのは甘い考えだ、いついかなる時にでも、お前の命を狙っている輩がいる事を肝に銘じておけ」と言うと、森の中に続く一本道を進み始めた。


 うっそうと茂る木々。

 森の中は、陽ざしがそんなに入ってこないので、少し肌寒く感じた。

 先頭を歩くチャ子。

 森を抜ける道はまっすぐな道で、先には小さく出口らしきものも見えていた。


 軽快に歩くチャ子が足を止める。と、続くナガミチ、アサト、後ろのインシュアも足を止めた。

 少し前かがみになりながら、右手の藪の方をじっくりと見ているチャ子。

 すると最後尾のインシュアが口を開いた。

 「チャ子、なにかいるのか?」と言うと、

 「いない…でも、何かある。」と言葉を返す。

 ナガミチは、チャ子が見ている方に足を進めた。


 道かられて、十数メートル入ったところは少しひらけていた。

 そこには、なにやら散乱している。

 恐る恐る見てみると、無残に引き裂かれた服に、大きな爪痕を残している頭部や体の一部が散乱していた。

 匂いは無いが…よく見ると、あたりには血が八方に飛び散っていた。

 腕や足であろうか…、原形をとどめてない肉片と所持品が散乱している。

 先ほどナガミチを先頭に歩いて来たところを見ると、途中から血が散乱しはじめていた。


 たぶん、街から草原に出る時にでも襲われて、ここに連れて来られて餌になってしまった…か、街に帰る途中で襲われたか…、武装のような形跡は無いので、商人か何かだったのでは無いか。

 こんな事もあるので、多くの商人や近くの村の人は、護衛の依頼をするのだが…。


 アサトは、急に胃から酸のようなものがこみあげてくる感じがしたので、布で口を押さえると、インシュアが、笑いながら「吐くならどっかで吐け」と言葉にした。


 ナガミチは、アサトの行動を横目で見ながら死骸を杖で物色していた。

 何個かの肉片などを転がしていると、ふいに杖を止めた。

 「アサト、これを拾っておけ」と言われ、布で口をおさえながらその場に行くと、そこには、血が付着している小さな布の袋が落ちていた。

 言われた通りにその布の袋を取り上げると、金属が擦れる音が聞こえた。

 ナガミチに「これは何ですか?」と聞くと、杖で物色しながら「戦利品だ」と言葉にした。


 インシュアはその袋をアサトから取り上げると、中身を掌にあける。

 インシュアの掌には、銀貨3枚と銅貨が5枚。

 「まぁまぁだな。」と言いながら袋に返し、「チャ子」と言って、チャ子にその袋を投げた。

 チャ子は袋を取ると、背負っていたリュックを下ろして、受け取った袋をしまうと、また背負った。


 その後に見つけたのは、チャ子が指輪を見つけただけであった。

 その指輪も、インシュアの見立てだと、鉄で出来ているようだから金にならない、と言って放り投げた。

 その行動にチャ子が怒り、インシュアの背中に飛び乗って頭を何度もたたいていた。


 ナガミチが藪を杖で払いながら進む、後ろから「ハンティングベアーだな」とインシュアが言葉にすると、ナガミチが「あぁ」と答えた。

 チャ子は、拾った枝で藪を払いながら前を進んでいる。

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