第20話 敗残兵の帰る場所 上

 暗くなり始めたデルヘルムの街には、祭りのような異様な賑わいがあった。


 多くの篝火かがりびがたかれ、神官や聖職者、医者や看護師らが慌ただしく、街中の道と広場で横になっている敗残者達を看護している。


 総勢8864名の討伐部隊の生き残りは、7回目の鐘が街に響き渡るころには、384名の帰還を数えていた。


 これから辺りは暗くなる。


 街の周りには広大な森があり、街に入るためには、草原から短くとも長さ500m程の森を抜けなければ入れない。

 その森には、獰猛な獣や居つきのゴブリンが生息している。

 また、先の戦で追跡している、獣人の亜人やゴブリン、オーク、イィ・ドゥなどがいたので、ここまで来られる事の出来る者は多くないと思われる。


 街の入り口は3か所あり、真南にある正面門が一番大きく、その他には、南西と南東に1つずつ門がある。

 南西の門の方が森を通る道が短く、南東の門の方は長い。

 門の前には、各ギルドのパーティーメンバーが陣を張り、帰還してくる者の救助と、追跡してくる者の進入阻止の役目を受け覆っていた。


 薄っすらと暮れ始めている空。


 黒ぶちのメガネをかけた男が、シディの肩を抱いて森を抜けて南西の門に辿り着いた。

 ギルド証明証をみせて、門を開けてもらい街に入ると、入り口には、毛布を手にしたシスターたちが並んで、帰還者の保護に努めていた。


 男に毛布が掛けられる、そして、シディにも…。

 少し歩くと、シスターがそばに来てジョッキを差し出した。

 男はそれを手にするが、シディは、首を横に振って断っていた。

 街の中央へと、二人は寄り添いながら進む。


 道には、多くの負傷者がうずくまったり、横になったり、痛みでもうろうとしていたり、また、痛みをこらえてうなっている者もいた。

 街の中央、依頼所のある広場には、炊き出しの天幕が幾重にもならんでいた。


 男はシディを連れてその前を通り、帰るべき場所に帰る。

 広場を抜けようとした時に、男に駆けよって来た女が男に抱き着くと、男は目を閉じて、その女の頭に顎を置いた。

 女の腕は、シディをも優しく包みこむと、少しだけ二人の体をさする、そして、男の横について腰に手を回して進み始めた。


 そんな光景が広場では多くみられている。


 握りこぶしを作って項垂うなだれ泣きじゃくる者もいれば、肩を抱いて、生還を涙を流して喜んでいる者もいる、また篝火かがりびの向こうの空を、黙って見ている者もいた。


 多くの生還者は、黒ぶち眼鏡の男のようにうつろに歩いている、魂の抜けた屍のような感じでゆらゆらと街の中央へと進んでゆく。

 なかには力尽き、その場に倒れる者もいれば、剣や盾、魔法職が使う杖などを引きずったまま進む者、また、下半身を切り落とされている死体を引きずっている者や、死体の一部を大切に抱えながら歩いている者もいた。

 全身裸の女は、門を潜るなり倒れこむと全身を痙攣させて、シスターなどに介抱されている者や、体の一部を失った状態の者も少なくはなく、シスターに抱えられる者もいた。

 とにかく、想像を超える程の被害を受けた敗走者で、街があふれ始めていた。


 身体的な被害。

 精神的な被害。

 いろいろな被害者、負傷者がいたのだった。


 この街は、敗残兵の帰る場所。


 ここには生活があり、その生活を支える為に、狩猟人になった者も少なくはない。

 この街では、人を愛し、そして、恋をして、巡り、出会い。営み、授かる。

 心の生活基盤のある街である。人口も少ないから知り合いも多い。

 負傷者や戦死者には、この街の誰かがその者を必ず知っている。

 そして、傷ついていた。

 今日、この日…この街は、人も街もすべてが傷ついていた。

 そして、歴史に残る一日になったのだ…。


 黒ぶち眼鏡の男は、街はずれの2階建て共同部屋の一室をかりていた。

 一階にあるその部屋に3人で帰ると、男は部屋に入るなり、眼鏡をはずしテーブルに置く、そして、シディをベッドに横にした。

 シディは目を見開いて、何かを呟いている。

 2人を抱えていた女は、男が持つジョッキを手にしてキッチンに向かい、水を桶から杓子にとりジョッキにすすいだ。

 男はソファーに腰を下ろすと天井を見て、目頭を押さえた。

 女がジョッキを男に差し出すと、男は手にして一口水を飲む、そして…


 「還って来た…。」とつぶやく。

 「クラウト…大丈夫?…」と女。

 「僕は大丈夫…少し疲れているだけ…、でもシディは…どうかな…」とベッドに横になっているシディを見た。


 シディは壁の一点を見て何かを呟いていた。


 「キャシー、君は仕事は大丈夫なの?」と聞くと、キャシーは頷く。

 「傭兵紹介所の仕事は、6時までだから、終わってすぐに迎えに行ったの…、敗戦を聞いた時には、生きている心地がしなかった…」とクラウトの横に座ると、クラウトの肩に頭を傾けて置いた。

 「僕も…」と言うと、あの光景が目に浮かんできた。


 それは、シディとオークの性行為の場面で、オークが、シディの胸にむしゃぶりつきながら、こちらを見て笑っている場面。


 「…僕も…今回ばかりは、ダメだと思った…」

 「…シディ…大丈夫かな…」とキャシーが言う。

 クラウトは、キャシーの少し黒みがかった金髪に手をあてた。

 「キャシー、力になってあげてよ…」と言うと、キャシーは小さく頷いた。


 クラウトは再び天井を見た、そして、まっすぐになにか一点を見つめている。

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