第18話 幻獣と燭台と謎の男 上

 夕暮れが近づく牧場で、アサトは木刀を振り、その近くで、チャ子が蝶を追いかけ、そして、インシュアは、立ち上がりながら遠くの空を眺めた。


 アサトは、インシュアの見ている方向に視線をむけると、蝶を追いかけていたチャ子も急に立ち止まり、空を見上げる。


 三人が見ている空には、大きく羽ばたく鳥のような黒い物体が飛んでいた。


 「ありゃ…なんだ?」と、インシュアが言葉にする。

 近くで居眠りをしていたナガミチが目をあけて、おもむろに起き上がり、座ったままの姿勢でその物体を見た。


 …あの影は…

 「ドラゴン…」とナガミチがつぶやくと、インシュアがナガミチにきびすを返したように向いて、

 「ドラゴン…って、もしかして…」と言葉にすると、ナガミチは再び横になり

 「アサト、よそ見するな。心を込めて振れ!」といい、目を閉じた。


 インシュアは、ナガミチを見てから再びドラゴンを見る。

 ドラゴンはゆったりと翼をはばたかせて、北西の黒鉄くろがね山脈へと姿を消した。


 不思議そうにチャ子がインシュアを見ていると、遠くから誰かが叫びながら走って来るのに気づいて、目を細めて遠くを見た。

 インシュアは腕組みをしながら、チャ子が見ている方向を見ると、

 「…おぉ~い。インシュアぁ~~。」と、少しか細い声が、精一杯大きな声を発しようと頑張っているように聞こえた。

 その声の主はアルニアだった。

 インシュアは首をかしげて、ナヨナヨと走ってくるアルニアを見て、不敵な笑みを浮かべると、チャ子はアルニアに向かって走り始めた。


 チャ子が走ってくるのが見えたとたんに走るのをやめたアルニアは、膝に手を置いて息を整えた。

 アルニアの前にチャ子が着くと

 「はぁ…はぁ…。チャ子ちゃん。インシュアに言って。集合だって…」と、息を整えながら言葉にすると、チャ子は、不思議そうな顔をしてから頷くと駆け出した。


 再び戻ってきてインシュアの前に立ち。

 「アルニア、はあはあ言って気持ち悪い…」と笑いながら言う。

 「へ?」と少し驚いたインシュアは、チャ子の言葉を聞いてゲラゲラと笑った。

 そばにいたナガミチも噴き出す。

 「そうか、そうか、あいつも明日から、特訓に連れてこなきゃな」と、チャ子の頭をなでながらインシュアは言った。

 チャ子は満足そうな顔をしてニコニコすると、”あっ”と思い出したかのようにインシュアに言う。

 「アルニア、インシュアに用事あるみたい。なんか、集合って言ってた。」

 「…集合?」とインシュア、その言葉にナガミチも目をあけて、そのままの姿勢でインシュアを見た。


 さほど時間がかからないうちに、アルニアがインシュアのそばに来る。

 まだ、息が整ってないようだ。

 「もう…僕、走るの苦手なんだから!」といい、大きく深呼吸をすると、

 「集合って、何があった?」と、インシュアが尋ねる。

 「討伐隊が全滅だって…、敗残兵が…戻ってくるんだって……、…依頼が来てぇ……、……街の周辺の警備。…しなきゃ……なんないみたい……。」

 と、息も切れ切れにアルニアが言葉にすると、その言葉にナガミチが起き上がり、

 「アルニア、なんだ全滅って。」

 「はぁ~~……。ドラゴン現れて…、…ほとんど焼かれたみたい」

 と、ようやく息を整えて言葉にすると、その言葉にインシュアがナガミチを見た

 「ナガミチさん…」

 ナガミチは顎に手を当て、少しうつむききながら考えた。


 「チャ子は?」と自分に指をさしながら聞くと、アルニアは、「インシュアさん呼んで来いって言われただけだから、いいんじゃない」と言う。

 その言葉にチャ子はニコっと微笑み、再び蝶を探し始めた。


 「ナガミチさん、あのドラゴンって…」とインシュアが言うと、その言葉にナガミチは首を横に振り、

 「いや、サイズが小さすぎる。あいつではない。とりあえず、お前は行け」と、インシュアに戻るようにうながした。


 素振りをやめて二人を見ていたアサト。

 …ナガミチさんは、ドラゴンを知っている?どういう事?幻獣倒しに行って、ドラゴンに焼かれたって…え?えぇ…?

 ナガミチは、ドラゴンの消えた黒鉄くろがね山脈の方向をみている。

 

 夕暮れに染まった空を眺めながら、アサトとチャ子、そして、ナガミチは家路についていた。


 牧場から下りてきて街の中にはいると、人々が心配そうな表情で家の前や路地、そして、道の真ん中で話しこんでいて、いつもと違った雰囲気が漂い、よどんだ空気がこの街を包んでいる感じであり、その空気の根源とも言える光景が、依頼所前にある大きな噴水がある広場にあった。

 神官たちが賢明に魔法で治療をしている、魔法で治す事のできない傷や破損した箇所は、医術を持った医師が見ている。

 またかすり傷などは包帯などで覆い、血止めのクリームも使っていた、きれいなレンガ作りの道は、至るところに血がしたたりおちていた。

 

 3人は、邪魔にならないようにはじを歩いていると、チャ子が何かを見つけて一目散にその方向へかけて行く。

 チャ子が向かった先には、ギルド【パイオニア】のマスター、アイゼンとおかっぱ頭のアルベルトがいた。

 ナガミチも気づき、その方向に足を進めた。

 アサトもついてゆく。


 「久しぶりだな、アイゼン」と、その声にアイゼンはうなずきながら

 「あぁ~、そうだな。」と返す。


 どうやらこの二人は知り合いのようだ、と言っても、チャ子やインシュアが、ナガミチの家に入り浸っている事を考えると、それは、なんら不思議がない事である。

 アサトは、少しぎこちなく言葉を交わした二人が気になった。


 「あっ、アサトです。お久しぶりです。」とアサトも挨拶をする。

 アイゼンは、微笑みながら頷き「修行はどうだ?」と聞いてきた。

 その問いに「順調です…。」と答える。


 …と言うか、本当に順調なのであろうか…。

 最初の一週間は、基礎トレーニングを主にやり、その後は、基礎トレーニングに木刀の素振りだけ…。

 技もなにも、今は教えてもらっていないし、武器も与えてもらっていない。

 でも…インシュアさんも言っていたが、ナガミチさんは正しい、だから、信じてもいいんだ…。


 「おっ、そうそう。アル、お前にも紹介しておく。」と、アイゼンがアルベルトに声をかけた。

 「アサト君。こちらが我がパーティーの諜報部員、アルベルトだ。」と言うと、アルベルトは、冷ややかな目つきでアサトを見ながら、小さく手を挙げた。

 「どうも、アサトです。」と一応自己紹介をする。


 そういえば、たしか、アルベルトって言う人もいると、最初の日にアイゼンが話していた事を思い出した。

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