第11話 “生き地獄”と書いて、“しゅぎょう”と呼ぶ。 下

 6時の鐘が鳴る前に街を抜ける。


 長い坂道を登ると牧場に着く、その頃には牧場主が牛を放牧し始めている、今日はアサトらに気が付いたのか、手を振っていた。

 その行為にチャ子が大きく、大きく、手を広げて振ってこたえていた。


 外周を走り始める頃には、6時を告げる鐘の音が響き、今日も、このデルヘルムに朝が来た。


 黙々とノルマをこなす。


 1周約2キロのランニング、腕立て伏せ、腹筋、背筋。瞑想をしてからの筋力トレーニング…よくよく考えると地獄だ…。でも修行だ。


 ナガミチは、今日はここに来るなり横になっている。

 何にもしていないのに…、よく寝る人だなって感心する。


 筋力トレーニングが終わるともそもそと起き上がり、アサトを仰向けに寝かせると最後のノルマに入る。


 今日も午前中には終われなかった。


 腹筋イジメが終わるころにテレニアと数人の女の子が牧場に来た、それと一緒にインシュアも見える。インシュアの表情が変…と思った。が、インシュアは、今日はなにやら長い棒のようなものを何本か担いでいた。


 テレニアは、お昼の差し入れを兼ねた陣中見舞いのようだ、付き添いの子たちは最近ギルドに入った、神官候補生のようである。

 どうやらテレニアは、師範の免許を持っているようだ。

 テレニアに言われるがままに、彼女らの実験台?のような事をさせられた。と言うか、治癒と体力回復の魔法を代わる代わるかけられ、おかげで元気全快になった。


 少し談笑をしているとナガミチが起き上がり、彼女らの実験台と言って魔法を受ける。少しだけ気力が戻ったのか、インシュアが持ってきた棒を手にした。


 今日から、木で作られた武器みたいなものを使った修行に入るようだ。


 ナガミチは、この木で出来た武器の事を「木刀」と言っている。

 素材は木で、かなり重い、持つところは30センチほどで6角形に削られていて、そこを『つか』と呼ぶようであり、そこから先が刀身と言うみたいである。

 刀身は、柄から少々反り返っていて、片方の面にむかってゆるやかに削られていた。

 そこが刃に当たる部分になるようであり、この木刀は、刃に当たる部分が片方にしかないと言う事である。


 一通り簡単な説明を聞くと、まずは構えから入る。


 構えには種類があるらしい、その種類は、中段の構え、上段の構え、下段の構え。そして、少し変わった構えで八相の構えに脇構えで、構えかたが5つあるので、『五行の構え』と言う事である。


 それぞれの構えを見せたのち、今、覚えるのはだけでいいと言う。


 右足を前に出す。

 左足は後ろ。

 竹刀は左手小指、薬指、中指で持つようにして、塚頭のギリギリに小指が来るように持ち、人差し指と親指には力は入れない、親指と人差し指の間が上に向くように持ち、右手は握りこぶし1つ分開けて添えるように持つ。

 ゆっくりと構え、ゆっくりと息を吸いながら剣先を上にあげ、鋭くたたくように振る。

 振り下ろす時は右足を踏み込む、そして、息を一気に吐く。


 まっ、こんな要領みたいだ、教えられるがままにその行動をする。


 100本、200本の素振りが終わると、今度は同じ要領で左右逆にしてみろと言われる。


 柄頭ギリギリに右手小指から握りはじめ、先ほどの逆の位置で中段の構えをする。

 少し硬く感じたが我慢をする。そして、素振りを始める、どうもしっくりとこない。が、ナガミチは真剣に見ている。200本、300本と素振りをこなすと、また逆でと言う。

 言われるがままにする。そして、素振り300本、400本。それをこなすと、逆と声をかける。また、言われるがままに素振りをする。


 逆手も少し慣れてくる。


 夕焼けが迫る牧場では、テレニアとチャ子達はまだ談笑していた。

 終わりの声をナガミチが言うと、とっぷり暮れ始めた空が美しく見えた。

 明日から、今までの修行に素振り左右1000本づつが加わった。


 7人は家路につく、今日も、サーシャが作ってくれている晩御飯が待つ家に…。


 やはり、家のそばに来ると香ばしく食欲をそそる香が流れてきたが、今日はどうやら別の客もいるようだ、下品な笑い声が二つ、ポッドは間違いない。そして、もう一つは、どうやらグリフのようだ。

 家に入ると、すでに二人は出来上がっていた。


 今日は大人数だ。


 家主のナガミチ、そして弟子のアサト、チャ子にインシュア、テレニアと弟子の女の子が2人。サーシャにポッドにグリフ。そして、なぜかテレニアの弟のアルニアまでもが食卓に着いていた。まっ、意外な人も混ざってはいたが、にぎやかな食卓になった。でも、ナガミチはどうなのだろう。


 毎日集まるココ。


 このメンツとナガミチとの繋がりは何なのか…少し思うところがあった、でも、ナガミチの表情は明るい、だから、今はいいかと思う。


 テレニアの弟子らに、治癒と回復魔法の練習台にされて元気は全快。

 インシュアは、テレニアの弟子に対してセクハラ発言連発で、アルニアから冷たい視線を向けられている。

 ポッドとクリフは終始笑っていたが、何がそんなに面白いのかよくわからない。でも面白いのだろう。

 チャ子はソファーで寝ている、そこに毛布を掛けるサーシャは、お母さんの表情になっていた。


 見知らぬ土地で生きている。でも、そこには温かい雰囲気がある。

 小さな幸せってのはこんなことなのかもしれない。


 眠くなってきた…。


 そこにいる人達におやすみの挨拶をしてから、歯を磨いて2階の部屋に帰り、ベッドに倒れこんだ。


 7日目の夜が暮れる…。


 下から笑い声と話し声が聞こえ、その声が、子守歌のように思えた時に部屋の扉が開いた。

 眠いから目は開けない、歩く音が近づいてくると、ベッドに倒れこんで布団の中に入ってくる。


 ふにゃふにゃとうずくまる感覚があった。


 どうやらチャ子が来たらしい、眠いし、追い出すのもなんだから、そのままにして眠りについた。そして…8日目の朝を迎える…。


 今日も地獄のような修行にいそしむことになる…。

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