第10話 “生き地獄”と書いて、“しゅぎょう”と呼ぶ。 上

 6日目の朝が来た。


 時計台の針が、6時を示すと鐘が1度なる。


 時間を知らせる時計台の鐘は、午前6時に1度目の鐘が鳴ると、2時間おきに一つづつ増やしながら鳴り、午後8時を示す鐘の音が、8回鳴るのを最後に翌朝まではならない。


 その鐘の音は、この街デルヘルムに響き渡ると街に朝が来て、人々が少しずつ街に流れ始め、1時間もすれば、街は人の波が出来上がり、2時間もすれば、2度目の鐘の音と共に活気が湧いてくる。


 6日目の朝が来て、生きている事に喜びを覚えた。

 まだ生きている、と言うか、まだ耐えている。


 師匠ナガミチは、師弟登録したその日のうちに、街の裏側、北側にある高い絶壁の崖の下にある農場に連れて来た。


 その農場は、牛みたいな生き物が放牧されている場所で、柵の外周が1周、約2キロはあると言っていた。そこを5周。

 その後、その場で腹筋300回と背筋300回、そして、腕立て伏せを300回。

 それが終わると察知能力向上修行と言って、目隠しをさせると瞑想の状態を作る、そこに石や鉄屑等を投げて来て、集中して気配を感じ、それを避けろと言う。 この訓練をする。

 それが終われば、直径60センチ、高さ10センチほどの石を地面から頭上まで持ち上げる、それを100回。

 そして、腹筋に対して、直径30センチほどの革でできた球を50回ほど落とされる。

 このような事を、朝の6時からはじめ、昼までに終わらせられるようになるまで続けると言われた。これを、昼までに終われるようになれば、次の段階に入る様である。


 6日目の朝も爽快である。


 1日目の修行が終わると、体がボロボロで、ようやくナガミチの家に帰って来た。


 ナガミチの家は街の西側にあり、牧場とナガミチの家の間には、依頼所(師弟関係登録所、傭兵雇用所などが入っている建物。)とギルド広場、そこにはギルドパイオニアもある。…を通る事になる。

 ナガミチの家は2階建てで地下室もあるようだ。

 その間取りは、1階は居間とキッチン、風呂、便所があり、少し広めの中庭があった。

 2階は3部屋あり、階段をあがると、一番最初の部屋をアサトは与えられた。

 隣の部屋は、誰かの部屋のようだが…、一番奥がナガミチの部屋になっていた。


 ナガミチが言うには、アサトは幸せ者と言う事だった。

 師弟関係のアカデミーは、日中しかやっていないようだ、期間も1週間~長くても10日。

 宿も食事も無いと言う事、ここは寝る所も飯も出るようだ。


 それはありがたいが、期間は気分次第って…どういう事なんだろう…。


 その日の夜から、チャ子が何故か来て、師匠の家のソファーを独占している。

 ナガミチは驚いていなかった、と言うか、チャ子とは面識がありそうだ。

 ただ、その理由を聞けるだけの間柄ではまだないので、黙ってチャ子の存在を認めようと思った。


 その次の日から、なぜかインシュアが来て、エール…酒のような飲み物を煽り始め、それと同じく、サーシャが朝と夜の御飯を準備してくれるようになった。

 これはたぶん、娘であるチャ子がこの家に来ているからでもあろう。

 男所帯で、何食わさせられるか、心配していたのも確かだと思う。


 その日の夜からテレニアが来て、治癒と体力回復の魔法をかけてくれるようになり、それ以降は、たまに思い出したかのようにポドリアン、通称ポッドが来て、他愛もない話をして帰る。あっ、食べ物の差し入れをもしてくれるが、インシュアと酒盛りを始めて、持ってきた差し入れを全部食って帰って行く事もあった。


 6日目の朝もやっぱり同じである。


 30分ほどかけて牧場に走って向かう。

 かたわらでは、チャ子が平然へいぜんな顔で並走している。


 牧場に着くと、少し準備体操をしてから柵の外周を走り始める。

 チャ子がいるからズルはできない。そして、チャ子は足が速い。

 少し置いてかれると、チャ子はちゃんと待っていてくれる、そして、平然な顔で様子を伺うと、楽しそうにまた駆けだす。

 それを何度も何度も繰り返すと、5周は案外早く終わる感じがする。


 鐘の音が3回聞こえるころになると、ナガミチが眠い目をこすりながらやってくる。

 その頃には、腕立て伏せも終わって腹筋に入り始め、1時間もかからないで、腹筋、背筋を終わらせる。と言うか、かなり慣れてきていた、瞑想も、たまによけられるようになってきている。

 感じろ、って言うのも、なんかわかる様な気もしてきた。まっ、気のせいであるかもしれない。

 石の持ち上げもほどなくこなせ、腹筋への球落下訓練もそんなにこたえなくなってきていた。でも…、昼には終われない。


 すべての運動を終えると、草むらでナガミチが居眠りを始め、そのかたわらで、チャ子が丸まり居眠りを始める。と同じころにインシュアが現れ、先ほどまでやっていたメニューを繰り返せと言う。

 陽がとっぷり暮れるころには、ボロボロである。

 師匠の家まで、またチャ子と走り始める。


 チャ子をみていると、ほんとに走るのが好きなようだ、この上なく楽しく走る。

 街に入ると歩く。クールダウンだ。

 ゆっくりと心を落ち着かせながら…、ゆっくりと歩く。


 家のそばに来るとなんとも旨そうな匂いが漂ってくる。

 サーシャがご飯を作ってくれているのだ。

 家に着くと、風呂に入り体をきれいにして、食事の前にテレニアの治癒と疲労回復の魔法をかけてもらう、すると、疲れや筋肉などの痛みがひけてゆく。


 テレニアの言う事では、ついた筋肉が魔法で元に戻ることは無いそうだ。

 なんと、便利であろう。

 できる事なら魔法で筋肉をつけてもらいたいところだが…。


 食卓には、師匠のナガミチ、そして、インシュア、チャ子にテレニア、そして、サーシャで晩御飯を食べる。

 みんな和気あいあいだ。

 食事はいいなって心から思う、そして、歯を磨き、ベッドに入るとうとうとしてくる。


 部屋は2階。


 下からインシュアの声…、テレニアの声、そして、サーシャの声が聞こえてきて、その声が子守歌のようになり…。


 また、朝が来る。


 7日目の朝である。と言うか、また朝が来た。


 身支度を整え朝食をとる。と言っても、昨夜の残りである。

 そそくさと食べると歯を磨き、顔を洗う。そして、静かに表に出るとチャ子が待っている。


 いつもと同じだ。

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