第8話 師弟関係 上

 アサトとポドリアンは外に出ると、ギルドの前の広場は、人の波が右往左往していた。


 その波に向かってポドリアンが進み始めると、アサトもそれに追随する。


 ギルドを後にした二人はくぐるように進み、ギルドの建物から少し離れた場所にある細い道を目指して進むと、その道に入る手前で、アイゼンが見ていた男が進路をさえぎった。


 「あっ、マ…ではなく、ナガミチ殿。」と言うと、ナガミチと言われた男は、ポドリアンを見てから後ろにいるアサトを見る。


 ナガミチは黒い丈の長い革で出来たコートをまとい、目深にフードを被っていた。

 アサトからは、無精髭ぶしょうひげの顎しか見えないが、背丈はそんなに高くない、175センチほどであろうか、自分とそんなに変わらないと思った。


 ナガミチは、アサトを上から下までじっくりと見ると、素早くアサトの前に立ち、顎を掴んで顔を見る。

 アサトはその行動に驚き、とっさにその腕を両手で掴んだ。

 その腕はがっしりとした筋肉質の腕であるが、太さは感じられなかった。

 ナガミチは顎を起点として、アサトの顔を左右に振りながらじっくりと観察する。

 そして、顎から手を離すと、その手をアサトの腕や胸。腹やわき腹、腰。太もも、脹脛ふくらはぎへと回して、体の作りも確認していた。


 「ポッド。確認はしたか?」とナガミチは言う。

 ポッド、すなわち、ポドリアンの事だろう。

 親しい関係のような口調で、ナガミチはポドリアンへと聞くと、ポドリアンは頭をきながら

 「アイゼンは確認していた。俺は文字が苦手だが、ま…じゃなく、ナガミチ殿の書いていた文字と同じような気がする」と言う。


 アサトを見ながら、ポドリアンの言葉を聞いたナガミチは、頭をきながらあたりを見渡す。そして、何かを見つけるとアサトの肩口を掴んで歩き始めた。

 連れて行かれるままにアサトはついてゆく、ポドリアンも大きなため息をつきながら追随した。


 少し行った所に花屋があり、そこにいた女性に、ナガミチはペンと紙を借りてアサトに突き出した。

 「書け、自分の名前を」と、手渡された紙とペンを見る。


 この人は誰なんだ?ポドリアンさんは知り合いのようだが、なんか怖い。と思いながら、その紙に“アサト”とカタカナで書く。


 それを見たナガミチは、小さく口元を緩めると

 「ポッド。やつに伝えろ。こいつは俺が預かる。さっきも見ていたが、やつは俺に気づいていた。たぶん、やつもそう思っているだろう。」と言うと、

 「いやぁ~、ま…じゃなく、ナガミチ殿…。」と、少し困り果てたような口調になった。

 「今まで10年…待っていた。もう俺には時間がない。とにかくギルドには迷惑はかけない、だから、」

 「そうだよね。んじゃ伝えとくよ。…体は大丈夫なのか?」との言葉に

 「あぁ~、今は死なない。大丈夫だ。とにかくあいつに伝えておけよ。!」と言うと、ポドリアンはすこし照れながら親指を立て。

 「あぁ~、わかった。」と言う。


 ってか、ぼくがわからない…、この流れは…公認拉致ですかぁ~。


 その光景を窓越しに見ていたアイゼンは、小さく鼻で笑うと、インシュアに言葉をかけた。

 「お前の力が必要になる時が来る。その時は頼むな。」と、

 「あぁ~、大丈夫。ちゃんとお礼は返しますから…。」と言葉を返した。

 ナガミチに連れられて、アサトはもと来た大きな道へと進む。

 その姿は、時間もかからずに人の波に消えていった。


 ナガミチはアサトに向かい。

 「着いて来い」と言うと、足早に先へと進み、人の波をくぐって先ほどの噴水広場に着く。

 そこにはひと際目立つ、5階建てのレンガ作りの建物があった。

 さっき見ていた建物だとアサトは思っていたが、人の出入りは先ほどよりはなかった。


 ナガミチはズボンのポケットを探り、コートのポケット、コートの内ポケットを探りながら何かを探している。


 建物から少し年配で、剣を腰にたずさえた男と少年、そして、少女が出て来た。

 少年と少女は、アサトとほとんど変わらないくらいの年頃に見える、二人はアサトをみると微笑み、そして、小さく会釈をした、その行動にアサトも返す。


 「おっ、あった、あった。」とナガミチが胸に手を入れて、なにやらペンダントのようなモノを出した。

 そのペンダントには、薄い銀で出来た直径10センチほどの板がついていた。

 不思議そうにアサトが見ていると、ナガミチは、「お前には関係ない。」と言い、足早に建物の中に入った。


 中に入ると、ナガミチはフードを外して顔をあらわにした。


 その顔は、無精髭ぶしょうひげで目が細く、少しこけている頬にキリっとした眉。髪は短くボサボサであり、少し白髪が目立ちはじめていた。


 建物の中では、何組かのパーティーが壁にあるボードを眺めていた。

 その光景をアサトが見ていると

 「あれは依頼クエストボード。…と言うか、お前にはまだ早い。」と言い、再び、肩口をつかんで2階に上がる階段へと進んだ。


 2階は閑散としている。

 奥にカウンターがあり、そこには二人の女性が座っていた。

 何もないその階には、一組の少し腰が曲がった、つばの大きいとんがり帽子の老人と、アサトとそんなに変わらない年頃の少女がカウンターでなにやらしていた。


 ナガミチはカウンターに向かって歩く。そして、そのカウンター越しにいる女性に言葉をかけた。

 「師弟関係の手続きだ。どうすればいい?」

 瞳が大きなボブカットの女性は、ナガミチの迫力に押されて目を大きく見開いて、ナガミチを見ると優しく微笑みながら、「師範証はお持ちですか?」とナガミチに問うと、その言葉に、先ほどの銀か鉄で作られているであろう長細い板を、これ見よがしに女性に見せた。

 女性はその板が欲しいのであろう、手をナガミチへと向けると、ナガミチはその板をクィっと胸の方へ引いた。

 「それ…借りれませんか?」と、少し困惑な表情をみせながら言葉にすると、引いた手を広げて板を少し見てから、チェーンを首から外してしぶしぶ女性に渡すと、「ちゃんと返せよ」と言葉にする。

 女性は少しばかり困惑した顔をしてから、板を見て、「ナガミチさんですね…」と言いながら、何やら書き始めた。

 「えぇ~とぉ…、剣士の…さ…さむ…、…?」と板の文字を読もうとしていた。すると、

 「サムライだよ。サ・ム・ラ・イ…ったく、時間が無いと言うのに…」とぼやくと、女性はなにやら首をかしげて立ち上がり、後ろにある部屋へと消えた。


 その行動に、ナガミチは不貞腐ふてくされた顔をしている。

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