第3話 遠い空。下

 とりあえず、辺りを見渡してみる。


 その場所は半円形の広場になっているようだ、アーチ状の入り口からは左右に高さ3メートルほどのレンガの壁があり、その壁は延々と続いている。

 どうやらこの街を囲っているようだ。


 その壁に沿って2メートルほどの広さの道が走っていて、目の前には同じ幅の道が、ほぼまっすぐに続いていた。

 とりあえず、3本ある道のなかの真ん中の道を選んで進んだ。


 この道は少し上に向かっているようで、緩やかな登りの傾斜になっていた。

 その道を進むと道端では、色々な物が売られていた。

 食べ物を売っていると思われる露店や飲食ができる屋台、小さな花や雑貨屋品を並べている帆を立てただけの店に、本を布の上に置いているだけの露店もあった。

 記憶に何もない感じの中で、目に見えるものすべてが新鮮に感じられた。


 ほどなく進むと、横の方から声が聞こえる。

 「あんちゃん。あんちゃん!!」と、その声に反応してみると、そこには大きな看板を持って、建物から外に出て来たばかりの髭の濃い男が話しかけてきていた。


 「…?」

 …ぼく?と思いながら自分に指をさしてみる。


 その男は大きな笑顔で、「そうだそうだ、こっち来な!!」と手招きをしていたので、促されるままに足を進めると、「おぅ。あんたは来訪者か?」と聞かれた。


 …来訪者?


 髭の男は手にしている看板を、壁から突き出ている鉄の棒にめながら言葉を発した。

 「そうかそうか、そうだよな。その意味も解らないよな。あんちゃんは、目が覚めたらイミテウスの神殿にいたんだろう?」


 …イミテウス?


 髭の男は、看板の設置を済ませると少年と向き合うと、

 「あ~、そうだよな。わるい、わるい。何もわからないよな…。まっ、とりあえずなかに入れ。簡単に説明してやるよ」と言いながら、扉を開いてなかに招いた。


 その言葉につられてなかに入ると、建物のなかはかなり物騒だった。

 鉄でできた鎧や兜などがあり、壁には剣や槍、そして、弓が飾られてあり、他にも身を守るものであろうものが、棚や机に並べられてある。

 髭の男は店の奥に進むと、カウンター脇の椅子を取り出して座るように促した。


 その椅子に座り、再び店内を見渡す。

 「おぉ~、珍しいよな。ココは武器・装備屋だ。俺はここの店主ウイザと言う。実は俺も来訪者だよ。」と笑いながら言う。

 「最近は、てんで来訪者が来なかったが、…うぅ~ン。何か月ぶりだ?」と、顎鬚を擦りながら少し考えて、

 「まぁ~いいや、そんなこと、がはははは…」と笑う。

 「来訪者?って?」

 「さっきも言ったけど、神殿で目が覚めただろう。あそこは、イミテウスの女神の神殿なのだ、どうしてあそこで目が覚めるって言うのは、おかしな表現だが、まっ、なぜこの世界に来ることになったのかはわからないがね。とりあえず、あそこで目が覚め、いざないの道を通ってこの街に入ってきた者を、と呼んでいるんだ」

 男は、そばにあった木製のコップを手にとり少年にわたすと、大きな樽から杓子で水のようなものをすくいコップに注いだ。

 「まぁ~、なんにせよ、これからはここで生きなきゃならない。と言う事だ、その為には色々な選択肢がある。まぁ、どこかの店にやとわれて仕事をするのもよし、また、狩猟人ハンターとなって生きるのもよしだ‼」と言うと、大きな笑顔を見せた。

 「働くのですか?」その問いに

 「当たり前だろう。働かなきゃ、生きていけん、食わなきゃ、寝なきゃ。」

 少年はうつむく。


 …働く?のか…?って、どうやって?何ができる?ってか、狩猟人ハンターってなんだ、この状況…。


 今の状況を整理すると、わかってきたことがある。

 髭の男、ウイザが言う、イミテウスと言う女神の神殿で目が覚め、いざないの道を通って街にはいり、自分がどこの誰かもわからずに生きる。

 そのためには、仕事をして、食う、寝る。それをしなきゃならない

 仕事をして…仕事は2種類…雇われるか、狩猟人ハンターになるか…。

 そして…食う、寝る。

 ここは店。と言う事は、金か…。

 金を稼がなきゃなんないんだ。その為には、どこかで雇ってもらって働くか、狩猟人ハンターになるか…選択は2つなのか?他はないのか?


 男は、自分のコップに水のような物をそそぐと口に運び、再び言葉にした。

 「まぁ~、仕事はそのどれかになる。雇ってもらっても日銭は、高いところでは銅貨30枚ほど、安くなると銅貨10枚だな、寝るところと食べる分でどんなに節制しても、銅貨20枚は使うからな。どうしても狩猟人ハンターに行ってしまうんだよな。まぁ~、女なら体を売るって言うのも、選択肢に入るが、男となると…、それなりに男しか愛せない輩に体を売るってやつもいるが…。」


 銅貨10~30枚?に、食べて、寝るだけで銅貨20枚?…それじゃ、生きていけないじゃないか…、体を売るって、俗に言う…売春?…それは、無い…、と言うか、無理だよ。女の人を抱いたことなんて無いし、まして…男となんか…。と言うか、売春とかなんで知っているんだ?


 「ほら、なんか感じるだろう?」と髭の男が覗くように少年を見た。

 「言葉では言えないが、なんか、知っている事や物があるんだ。だから、まったくの真っ白なんかでは無いんだよ、頭の中は。思い出せないだけなのかもしれない」

 髭の男は、髭に手を当てながら話す。

 「まぁ~、いずれにしても、生きると言う事は苦労するんだ」

 「狩猟人ハンターは、どんな仕事なんですか?」と少年が問いかける。

 「狩猟人ハンターは、言葉の通り狩りをするんだ。わしも昔は狩猟人ハンターだった。その狩りで稼いでこの店を出したんだ。そして、あんちゃんのような、来訪者に少しばかりのレクチャーをしているんだ。でもな、その仕事は、金になる時もあれば、ならない時もある。また、命を失う事もある。まずは、店を見る。それは、需要だ。需要があれば供給の面がある。その供給の為に狩りをするんだ。食材でもいい。いろんな物を作る為の材料でもいい。だが、その儲けは、ほんのわずかだ。大きな儲けを出すなら依頼をこなせばいい。この世界にはクエストと言う依頼がある。そのクエストをこなせば大きな儲けになる時がある。ただ、何も知らずに街の外に出ても死ぬのがオチだろう。そのようにならない為に、まずは、自分に力をつける。その為に技能を磨くアカデミーが各場所にあり、そこで師弟関係を築き、技などを買い。身に着けてから気の合う仲間とパーティーを組んで狩りをする。…と言うのが理想で、死なない方法の一つなのだけどな。あとは、ギルドなどに所属して経験を積むのも手ではある。」

 髭の男を見る少年。

 男はコップを口に運び、中の液体を喉に流し込む。


 「でも、僕…、おかねと言うか…、そのような物持ってないです。まずは、何か探すから始めた方がいいのでしょうか…。」と、か細く言葉にすると。

 「そうだな。無いものは無い。とりあえず、店を見る。街を見る。金になりそうなモノは探せばいくらでもある。街のはずれには農場や畑がある。街の向こうには絶壁だが岩山もある。…と言いたいが、それは俺がこの世界に来た時の話。今では、街の中心部に多くのギルドがあり、そこに所属すれば手付金みたいなモノがもらえるようだ。だから、そこに足を運んでみな。もっと詳しく教えてくれるだろう。あんちゃんがどんな職業を選んでも、武器や防具はウチから買ってくれればいい!!レクチャー料はそれだ!!がはははは…」と、髭の男は笑いながら少年の肩を叩いてみせた。と同時に店に数人の若い狩猟者ハンターであろう人影が入ってきた。

 髭の男は「まぁ、俺から言えるのは、死ぬなよって事だけだな」と言い残し、接客に向かった。

 少年は、接客している髭の男に向かって小さく礼をすると、髭の男は、微笑みながら大きく何度も頷いていた。


 店を出る。道には多くの人が行き交っていた。


 見上げると、そこには真っ青な空があった、でも、なぜか遠くに感じた。

 それは、この先の不安を伴っているような感じがしていた。


 「遠いな…空は…」とぽつり言葉を発した。

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