第11話【いざない】


 君の小さな悲鳴が聞こえた。

 僕は咄嗟に前に出て、君を庇うように立つ。

 目の前のそれは、真っ白のローブと金色の長い髪をそよがせながら輝く翼をたたむと、紺碧の瞳を僕に向けた。その顔は美しく中性的で、男なのか女なのか判別がつかない。その存在自体が淡く光りを放っているのか、周りが少しだけ明るく見える。

 それは僕の目を真っすぐ見つめ、一切の表情を動かさないまま、口から何か音を発した。


『@△×*%$?』


 え……? 何て言ったんだ?


 僕の言葉を聞くと、数秒の間を開け、再び口を開いた。


『言語を認識。これなら理解できますか?』


 今度は、僕にも理解できる言葉だった。怒りも慈愛も悲しみも、一切の心も感じ得ない冷たいそよ風のような声だ。

 心臓が恐怖と混乱で高く早く脈打っている。後ろの君が不安そうに僕の手を握った。僕もその手を握り返し、恐る恐る口を開く。


 ……理解、できます。あなたは一体、何なんですか?


 そんな事を聞きながら、心の中では僕はもう分かってしまっていた。きっと君も同じだろう。君が見たと言っていた夢に現れた存在……。僕が月の影に見た存在……。

 そんなもの簡単に信じられる訳もないけれど、その姿はあまりにも、想像上のものと一致していた。

 その姿は、まさしく……天使。


『あなたたちは何故ここにいるのですか?』


 天使は僕の問いには答えずに逆に僕たちに聞いた。


 ここって……この海辺に、ですか?


『いいえ、この世界にです』


 そんなの、分かりません……。気付いたらここにいたんですから。


『そうですか。ではあるべき場所へ導きますので、私の手を取って下さい』


 そう言って、両手を僕たちの方へ差し出した。

 良く分からないまま、君に握られていない左手でその淡く光る手を掴もうとしたら、突然僕の体は後ろに引っ張られた。


「待ってよ! どこに連れて行こうっていうの? 突然出てきて信用出来る訳ないじゃん!」


 君が、引っ張った僕の右手を掴んだまま叫ぶと、天使は表情を変えずに答えた。


『信用など必要ありません。あなたたちは浄化されるべき対象です。その天命に変更はありません』

「ほら、浄化なんて言って、私たちを消滅させる気なんでしょ!」


 え……、消滅? 浄化?


 僕は、君と天使が何を言っているのか、すぐには理解出来なかった。


『消滅ではありません。浄化した後、転生を行います。ただし、人間としてではありませんが』


 天使はあくまでも冷静に、事務的な口調で告げた。


『人間は、世界から駆除されなくてはなりません』


 冷静に、冷酷に、まるでロボットがゴミを掃除する程度の、当たり前の事のように。

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