第5話【天使の夢】
二人で、錆び付いた鉄道のレールの上を歩いた。
世界はどこまでも静かで、大地に広がる水面は青く澄みきった空を写していた。原形を留めている人工物は一つもなく、廃墟だけが静寂に抱かれて安らかに眠っていた。
きっとこの世界はもう、役目を終えたんだ。僕と、僕の前を歩く君だけを残して。
「あのさ、昨日、満月の話したじゃん?」
ああ、満月は夜空に空いた穴だってやつ?
「うん。そのせいか分からないけど、私昨日変な夢見ちゃったんだよねぇ」
そう言われて、すっかり忘れていた僕の見た夢を思い出した。満月から伸びた白い腕に君が攫われてしまうのに、僕は恐怖で動けなかった。僕が勝手に見た夢なのに、君を助けなかった事が情けなくて申し訳なくて、その夢の話を切り出せなかった。
……へえ、どんな夢?
「満月の穴から天使みたいな人が何人か降りてきてね、この世界にまだ残ってる人がいないか探してあちこち飛び回ってるんだ。それで私たちが見つかっちゃって、天使が君を連れて行こうとするから、私は必死で抵抗するのに、君はのんきにずっと寝てるんだよ。こんな時になに寝てんのさーって叫ぼうとしたら、目が覚めた」
僕が見た夢と似ている。でも僕が何もしなかったのに、君は僕を助けようとしてくれた。さらに罪悪感が募る。君はクスクスと笑って続けた。
「ホント、変な夢だよねぇ。天使なんているわけないし、満月だって穴じゃないしね」
……そうだね。
歯切れの悪い相槌を打つと、前を歩く君は足を止め、少し振り返って僕を眺めた。
……何?
「どこか、行っちゃわないでね。私を、置いて行かないでね」
行かないよ。どこにも行かないよ。絶対に君を一人にはしない。
「うん……。ありがと」
君は小さくそう言うと、前を向いて歩き出す。その背中がやけに小さく見えた。
胸が痛い、苦しい。君の不安を、孤独を、取り払いたい。
今すぐ駆けだしてその背中を抱き締めたい。ここにいるよと叫びたい。
でも、でも、きっと僕のこの腕では、君を抱き締める事も、手を繋ぐ事さえも、出来ない。その事実が明るみになった時の、君の孤独と涙を、僕は何よりも恐れている。
この運命を作りだした神様がいるんなら、僕はそいつを恨む。
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