与えられたプレゼント

有原ハリアー

再び帰ってきた“あの子”

「まだかしら、まだかしら……」


 紫のドレスを纏った女の子が銀髪と狐耳、それに尻尾をフリフリと揺らしながら、何かを待ちわびていた。


「今日はっ♪ わたくしの♪ リナリアちゃんが♪ 帰る日~♪」


 あまりに待ちすぎて、スキップしながらベッドの抱き枕を掻っ攫う。

 その枕には、「ドレスをビリビリに破られ、抱き枕を抱く者を涙目で睨み付ける、金髪をツインテールにした胸の乏しい少女」がアニメ柄でプリントされていた。


「ねっ、大叔母様もそう思うでしょ?❤」


 抱き枕に頬ずりし、尻尾を激しくフリフリさせながら、女の子はベッドの上をゴロゴロ転がっている。


「きゃぁっ、大叔母様ぁ❤」


 抱き枕に押し倒されるような状態になった女の子は、年に似合わぬ妖艶な声で、今一度抱き枕を抱きしめた。


「あぁん、ダメですわぁ❤」


 最早「マセてる」では済ま(され)ない悪ふざけを、しかし部屋に一人きりだった女の子は、ノリノリで実行していた。

 狐耳もピクピクと動いていた。


 と、そこにノックの音が響く。


「ひゃぁ、大叔母様……❤

 あら、どなたかしら?」


 意識を強制的に現実へと引き戻された女の子は、抱き枕を持ったままドアを開けた。


「失礼します、グレイス殿下。

 リナリア……いえ、“リナリア・ゼスティアーゼ”をお見せする準備が、整いました」

「わかりましたわ」


 グレイスと呼ばれた女の子は、抱き枕を持って行こうとし……


「せっかくですもの、大人の大叔母様にも立ち会っていただきますわ❤ 独りぼっちにさせるのは心も痛みますし❤」


 ベッドの上にあった、もう一つの抱き枕をも持って行った。

 ちなみにその抱き枕は、「ドレスをビリビリに破られ、抱き枕を抱く者を涙目で睨み付ける、長い金髪と大きな胸を備えたグラマー美女」が、アニメ柄でプリントされていた。


     *


「ついに、帰ってきたのですね」


 地下格納庫に案内されたグレイスは、白い布が掛けられた巨大なナニカの前に立っていた。

 大小二つ――それでも160cmはあるが――の抱き枕に、左右それぞれのほっぺたを擦り付けながら。


「ええ。

 グレイス、貴女のリナリアは“リナリア・ゼスティアーゼ”となって、帰ってきたのよ」

「お母様!」


 グレイスの母が微笑みながら、グレイスに語りかける。

 そこに、もう二人の男がやって来た。

 一人は狐耳と尻尾を備えた筋骨隆々の男、もう一人は白衣の男であった。


「僕の使う“リナリア・シュヴァルツリッター”よりも、新しくて強いはずだよ」

「姫様の大好きな紫色に、塗装しております」


 二人の男の言葉に、グレイスは目を輝かせる。

 と、狐耳の男が切り出した。


「それじゃ、そろそろ……」

「はっ、かしこまりました!」


 白衣の男がリモコンを操作すると、白い布がバサリと音を立てて落ちる。



 ……そこには、細身で女性的な印象を抱かせる機体が、堂々たる立ち姿で立っていた。



 濃い紫を基調に、銀と黒を散りばめて迷彩柄に塗装した外装。更に飾りとしてわずかに塗装された、金色の塗装。

 ツインアイはバイザーに覆われ、マスクを着けた顔ではあるが、グレイスには凛々しく引き締まった表情をしているように見えた。

 更に腰には、8枚のプレートによるスカート状の装甲があった。真正面には、アルマ帝国の国章――天使と竜をあしらった紋章――が大きく存在していた。


「はわぁ……!」


 新たな機体、“リナリア・ゼスティアーゼ”の偉容を前に、グレイスはただ驚いていたのであった。


「グレイス、乗って確かめてみたらどうだい?」


 狐耳の男が、そっとグレイスの背中を押しながら囁く。


「はい、お父様!」


 グレイスは抱き枕を抱えたまま、光に包まれて消え……いや、コクピットに乗っていた。


     *


「えっと……ここですわ、よね?」


 抱き枕二つを後ろのスペースに置いたグレイスは、座席の肘掛け先端にあるクリスタルに両手を乗せる。


「動いて、リナリア・ゼスティアーゼ……!」


 グレイスが霊力を送り、リナリア・ゼスティアーゼを目覚めさせる。

 と、モニターに文字が浮かんだ。


「何、これ……?」


 そこには、

『ようこそいらっしゃいました、グレイス・アルマ・ウェーバー殿下。

 貴女様こそが、この「リナリア・ゼスティアーゼ」の唯一の主でございます』

 と書かれていた。


「わたくしが、あるじ……? わーい!」


 気を良くしたグレイスに合わせ、反応炉の駆動音が大きくなる。


 やがて全ての機能が活動状態アクティベートと化したリナリア・ゼスティアーゼは、グレイスに眼前の光景を見せていた。


     *


 ヴィゥン! という音を発し、リナリア・ゼスティアーゼのアイバイザーが青く輝いた。


「おお、遂に私が手掛けたリナリア・ゼスティアーゼが……!」

「正直、羨ましいね」

「そうでしょうか? わたくしは、貴方様のリナリア・シュヴァルツリッターが好きなのですが……」

「ふふ」


 集まった三人の男女は、距離を取りながらリナリア・ゼスティアーゼの駆動する様子を見届けていた。


『お父様、お母様、ドクター! 素晴らしいですわ、この子!』


 グレイスが拡声機能をオンにし、三人へ呼び掛ける。


『それは良かった!』


 狐耳の男が念話で、グレイスに返した。

 と、次の瞬間、グレイスがとんでもない事を切り出した。


『早速なのですけれど、ちょっとこの子を体操させたいのです!』

『えっ、ここで!? ちょ、一旦地上に上がって!』


 これには狐耳の男も動揺していた。グレイスの母も同じである。

 が、白衣の男だけは、楽しそうに微笑んでいた。


     *


 五時間後。


「……何をしていたのです、グレイス、皆様?」


 アルマ帝国の現皇帝にしてグレイスの祖母である女性が、グレイス、グレイスの母、狐耳の男、白衣の男の四人を問い詰めていた。




 話は前後する。


 グレイス達の住む宮殿内の広場で――人払いをかけた上でだが――リナリア・ゼスティアーゼにバク転や宙返り、連続側転など、体操選手顔負けの激しい運動をさせたグレイスは、機体のあちこちを宮殿にぶつけていたのである。


 それに気付いた皇帝警護親衛隊が全力で暴走するリナリア・ゼスティアーゼを阻止したものの、城壁は修復が必要な破損をしてしまったのであった。




「聞いているのですか?」


 更に語勢を強める皇帝。

 結局、四人が解放されたのは翌日の早朝となったのであった。

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与えられたプレゼント 有原ハリアー @BlackKnight

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