4. ライバル



ひとつの期待は、最善の結果を求める。

ひとつの結果は、次の予感を求める。


それから黒猫は毎日、シシリーに足繁く通い続けた。

だんだんと、シャムロックのそばにいる事にも慣れてきた。


そうなると、恋する者は大胆になる。

彼もそのさがをもつ、ひとりの男だった。


彼が店の前を歩く時間はどんどん長くなった。

やがて立ち止まって、さり気なく、毛づくろいをする

までになった。


さらにその位置は、誰にも見えない鉢植えの裏から

ついにはシャムロックの斜め下に置かれた

「本日のおすすめ」花束の列にまで近づいた。


だが、黒猫はここに来て大きな壁にぶつかった。


「どうしよう、何も話すことがない」


こんにちは、か?

今日は顔を洗うには絶好の日ですね。

お花もよく売れるでしょう。

そうそう、近くで白猫が子供を5匹生みました。

どれもかわいい顔をしていますよ…


「馬鹿げてる!」


黒猫は三角形の耳を、頭の上から押さえた。

なんてことだ!

5年も生きてきて、洒落た台詞のひとつも

浮かんでこないなんて。

俺の脳は根っから、縄張り争いとか

餌を取る場所を考える為だけに、作られているらしい。


ここで猫の脳に電流が走った。


「そうだ、プレゼントだ!」


この思いつきに、彼は自分でも感動した。

思わず声に出してしまったのを見て

花たちがくすくす笑っていたが、気にもしていなかった。


暗闇に走った彼は、さっそく一匹の獲物をしとめ

口にくわえて戻ってきた。


それは大きく――黒猫に捕られる前は――

健康なネズミだった。


黒猫は苦労もしていない素振りで、店に戻ってきて

シャムロックの椅子の前の地面に、勝利の品を置いた。


「て、て、て、店長ぉ!!」


人間が、俺の獲物の見事さに、驚いて走っていった。

そりゃそうさ、これは自分の得意分野なんだ。


シャムロックは片目を開けて眼下のそれ・・を見たが

2秒してまた、目を閉じてしまった。


黒猫はひるんだ。

シャムロックはネズミに見向きもしない。

原因は?

何となくその場の雰囲気で、プレゼントの大きさが

問題ではない事はわかった。


彼は、その後も滑稽なぐらい、しゃにむに

さまざまなプレゼントを捕らえては

シャムロック「姫」の前に差し出した。


スズメ、小さな虫、トカゲ、等々…


ついにはホウキを持った店員がやってきて

追いかけられるまでになったが、状況は変わらなかった。


「わからない…わからない」


黒猫は白旗をあげた。この小さな脳みそでは

シャムロックが気に入りそうなものを

思い付けそうにない。


そうして、気が滅入っている時に、思わぬ相手がやってきた。

しかもそいつは、最初から気に入らないやつだった。


この花屋の客なのだろう。

人間の女が、大きなショルダーバッグを抱えて店に来た。

女は無遠慮に、椅子の上に鞄を置いた。

衝撃で、飾ってあった妖精の絵の大きな本が、バタンと倒れる。


黒猫は驚いた。

そのバックの隙間から、すっと一匹の猫が顔を出したからだ。

しかもそいつは、シャムロックと同じ

緑の瞳と、ブルーの毛並みを持っていた。


その雄猫は、気だるそうにあたりを見回した。

あきらかに黒猫が目に入ったにも関わらず

ただの小石か何かを見たように、無視した。


黒猫の嫌な予感は的中した。

雄猫はすぐに、同種なかまの雌猫の存在に気づいた。

薄黄色の縁取りに囲まれた青い瞳が、異様な興味にキラリと輝く。


そして黒猫にとってショックだった事があった。

シャムロックが、雄猫の視線に気づいた。それどころか

「ニャア」とひと声、彼女の方から呼びかけたのだ。


まぶたの上に傷を負った時ですら、こんな痛みは感じなかった。

胸から下をざっくりと、えぐられたみたいな喪失感。

黒猫はふらふらとよろめいた。


何も出来ない彼の前で、ロシアンブルーの雄猫は

どこからか取り出した、一輪の花を口にくわえた。


バッグからするりと抜け出すと、雄猫はシャムロックが座る

高椅子へと歩いていった。

女王に謁見するように、うやうやしく座り

彼女の前に、花冠を手前にして、差し出した。


「あらら、あれは心を奪われるわねー」

「シャムロックの表情を見て。うっとりしてるんじゃない?」

「きっと受け取るわ!」

「だって、シャムロックは花が大好きなんですもの」


「なんだって?」


呆然として、花たちの会話を聞き逃す所だった。

黒猫はあわてて最後の一言をつぶやいた花を見つけ出した。


「なあ、君! シャムロックの好きな花は?」


花はこの、うぶな黒猫をからかってやろうと思った。

けれどあまりにも真剣な目で迫ってくるので

ついには根負けした。


「はいはい、わかったわ。マーガレットよ」


黒猫は即座に店の中に踏み込もうとした。


「ピンクのよ。でもたしかここ・・にはいないわ」


彼は四つの脚の猫爪を伸ばして、全力で急ブレーキをかけた。


「ど、どこ!」

「わからないわ…この街の、舞台のどこかね」


花たちの回りくどい言い方を解釈すると

つまり、どこかの花屋にあるという事だった。


それだけ聞くと、彼は黒いボールのように跳ね

シシリーを飛び出していった。


「見つかるかしら」

「無理じゃない?」


ひそひそ話を続ける花たち。


高みにいるシャムロックの目が不思議な光を帯びて

人を左右に避けて走る黒猫を追っていた。

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