⑥『空に消えてった打ち上げ花火』

 

「お……お手柔らかに、お願いします……! 」

 目隠しをつけた燈が、適当な棒を手に浜辺へ立つ。

 杏花とアネットが待ちかねたように、にこにこニヤニヤしながら少女の肩を掴んでおもちゃのようにぐるぐる回し始めると、燈が熱い砂浜の上でステップを踏みながら高い声を上げた。

 たっぷり左右に十回転させられた燈は、頭をふらつかせながらも、意外にしっかりとした足取りで前に踏み出す。棒を構える仕草はどうに入っていた。

 すり足で進む少女に向かって、周囲は好き勝手に叫び出す。

「右右右! 」

「もう少し左! 五時の方向! 」

「まっすぐ! そのまま! 」

 少女の足が、ブルーシートの端っこを踏んだ。

「姫! そこです! 」


「―――――やぁぁああぁあああああ!!!! 」


 ……はたして綺麗に割れた西瓜は、全員の腹にしっかりと行き渡ったのだった。




 まんべんなく腹も満ちたころ、ようやく落ち着いて情報の共有ができた。

 調理に徹していたサリヴァンとテックスは、皿とグラスを手に、空の食器が山積みになったテーブルを面々とともに囲む。


「探索はどうでした? 危なくなることはなかったですか?」


 燈が、探索組を見渡して訊ねた。

 探索組として街へ出たのは、ジョンを筆頭に、アネット、ジジ、そして龍神である。


「街は至って平穏。治安も良くて、様々な出店が並ぶ、よくあるリゾート島の景観だった」

「そうだね、けっこうゴチャゴチャしてたかな」

「代り映えしたものはなかったですね。危険なモノも感知しませんでしたし」

「そうですか……」

『ん、このバーガーもなかなか美味い』

 アネットはまだ食事に夢中である。


 脱出条件は無料タダ券の消費。

 食べ物関連の券はアネットの奮闘(?)で、アミューズメント関連の券は、ビーチの淑女たちによって消費できた。数はずいぶんと減っている。


「あ、そうだ! ジョンさん! 街で遊園地やアトラクションなど見ませんでしたか?」

「遊園地? いや……しかし何故だ?」

 ミシェルの言葉を受け取るように、ヒースが一枚のチケットを掲げて見せた。


「タダ券の中に『キモダメシ』というものがあるんだ。トモリちゃんたちに聞いたら、ユウエンチやアトラクションの一つだって聞いて、気になっていてね」

 ジョンがチケットを受け取って考え込む。


 まただ。聞き取れるが、聞き慣れない単語がある。

「その『キモダメシ』というのは、バナナボートみたいなものとは違うのか?」

「あ~……」と、ジョンは言いよどんだ。

「あー、肝試しはですね……」

 顔を青くした燈もまた、言葉を探している。

「そうだな……なんというか……」


「肝試しとは……」助け舟を出したのは、杏花だった。

「怖い場所へ行かせて、その人の恐怖に耐える力を試すことです。定番は夏の夜に行われ、霊的な恐怖に耐えるという私たちの国の伝統的なゲームの一種ですね」


「なるほど……」

 淀みない説明に、サリヴァンとジョンはそろって頷く。たいへんわかりやすい。


「霊的な恐怖に耐える?」

 ヒースは不思議そうに首をひねった。魔女、それもヒースに『霊的な恐怖体験』はなかなか実感しずらいだろう。

「脅かす側なら自信があるぞ」

 わざわざ手を上げて言ったのはテックスである。

「え、なんだろう。凄く嫌な予感しかしない」

 生きている人間のほうが厄介なのは、サリヴァンはよくよく知っている。


 一行の反応は、二つに分かれていた。


 目を輝かせるもの。

 それを見て、顔を引き攣らせるもの。


「ジャパニーズキモダメシ。とっても興味ありますね」

「ヒヒヒッそれは楽しそうだ」


 ミシェルとジジは後者である。

 そして燈は前者であった。


「……パス出来ないかな」

「主よ。この流れ的におそらく無理だと思われるぞ」

「秋月さん……物怪討伐は出来るのに、なんで肝試しが怖いのよ」

 青くなる燈に、龍神がいかめしく言う。

「そこまで姫が嫌がるのなら、施設ごと――」

「龍神、私は全然平気ですから!」

「本当ですか?」

「ほんと、ほんと! それに龍神がいるなら平気です」

 龍神は、表情筋をぴくりともさないままだったが、じつに幸せそうに「そうですか」と言った。


 ✡


 残るチケットは、『肝試し』と『花火』である。


『背の君よ。肝試しの場所だが、街で見回った時に見つけた森の中の洋館のことではないか?』

 アネットの言葉で、探索組がそういえば、と手を打った。

 それらしい建物があったという。龍神の証言も裏付けになり、確かにそこは夜に開園するという『肝試し会場』の施設に違いない、ということになった。

 そうなるとチケットのどちらも日暮れにならないと使えない。

 一行は日暮れを待ち、水場がふさわしいほうから消化することにした。


 花火である。


「お水とバケツがいりますね。借りてきます」

 準備に率先して動いたのは、『ニホンジン』の少女二人だった。

「手慣れたもんだ」

 ジジが言う。杏花は苦笑した。

「文化的に、ですかね。夏休みといえば、水遊びに浴衣、そして花火ですから」


 燈と龍神は肩を寄せ合って、極彩色の花火詰め合わせ大袋のビニールを裂き、中身をばらして使いやすいようにしていく。ジニーが物珍しそうにのぞき込んだ。

「この小さいものも花火なのね。日本のもの? 」

「ええ。こうして……端に火をつけて、火花の色を楽しむんです」

「こっちじゃハッピーニューイヤー! とか、おめでたいときに上げるものってイメージだけどね」

「ふふ。そういう花火もありますよ。でもこういう手持ち花火は……なんていうか、夏が終わっていくって気がするものなんですよね。一日遊んだしめっていうか」

「ワビサビってやつかしら。それともフウリュウ? 」

「そうかもしれません」


 サリヴァンは腕を組んで、黒く沈んだ海を見つめていた。月が昇るにはまだ少しかかるだろう。

「……本当に打ち上げるか? 」

「先生が言ったこと、やるつもり? 」


「いざとなれば魔法を使って、空にハナビを打ち上げればいいことよ」と言ったのは、「その時はサリーとヒースが頑張るわ」と重ねたところまで、おそらくエリカによる真顔の冗談である。

 サリヴァンは首をひねりながら「うーん」と唸った。

「なんていうかさ、もったいなくて……」

「もったいない? この時間が? 」

「うん……まあ、閉じ込められているわけだし、楽観しているつもりもねえけど。こういうことって、これから先もあるのかって考えると、どうしても……な」

「……そうだね。もうないかもしれない」

「だろう? だから……うん。手伝ってくれよ」

「しっかたないなぁ」

 ヒースは腕まくりする仕草をした。「調整は僕にまかせなさい。サリーは遠慮なく空にぶっ放してよ」



 めいめいが手に取る。


「この金ぴかのリボンのやつは、どんな色になるの? 」

「さあ……? どうだったか……」

「火を付けてみなければ、某でも分からん」

「線香花火は最後がいいよね? 」

「そうですね。分けておきましょうか」

「う~ん、迷う……」

「両手持ちは禁止だアネット。これは没収」

『むう。面白そうなことを思いついたのだが……』

「へび花火はあるかしら」

「それ、さっき女の子たちが持ってったよ? 」

「はーっ! ようやく酒が呑める~! 」



 用意された着火用キャンドルは、袋に一つで合計三つ。

「火の上にかざすようにすると、うまく点きますよ~! 」

 自然と肩を寄せ合う円になり、それぞれが火を囲む。

 歓声が上がった。

 最後には、月が昇る前の夜空にも、大輪の花が打ちあがった。

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