⑤『生足魅惑のマーメイド』

 そうそうにジニーは、その肢体をビーチパラソルの下へと寝そべらせた。

「おいおいジニー、そりゃねえだろ? 」

「あら、頼もしい男性陣にお任せじゃないの? 」

 テックスは肩をすくめた。

「お前も仕事しろって言ってんだよ。ほら、勤勉は美徳って言うだろ?」

「アンタ、バカンスの意味知ってる? そんなに働くのが好きなら、私の分までアンタが働きなさいよ」

「ったく……そんなんだから相手見つからねーんだよ」

「あ〜ら、なにか言ったかしらぁ?」

「なんでもねーよ! だからガンドを込めた指先を向けんな! シャレにならねーから!」

「あっそ。ま、どうしても人手が必要なら使い魔でも貸してあげるから、あとよろしく〜♪」


 サリヴァンはビーチの手前、食材や道具が鎮座するコテージ前のテーブルの前で、食材と分けて鎮座しているものを見下ろして式神に尋ねた。

「このシマシマはなんだ? 」

「果実だ。『すいか』という瓜の一種で、こちらでは夏の風物詩の水菓子になっている。これはよく冷やして食後に出すのがいいな」

「じゃあ、氷の魔術でするか」

「このクーラーボックスもある。冷気を保つことができる箱だ。活用するといい」

「そりゃ便利だなぁ。ありがたい」

 サリヴァンは、クーラーボックスに入れたスイカを杖から出した氷で埋めていく。

「そちらこそ。便利なものだな。では某は、あの大きな傘をもう一本立ててこよう」

「じゃあ、そのあたりに機材を運んどきます」

「よろしく頼む」

「おっ、いいねぇ! 」

 機材を抱えたテックスが、クーラーボックスを見て言った。

「透明度が高い、いい氷じゃねえの。それで一杯やれたら最高だ」


 パラソルの下には、バーベキュー用のカセットコンロと折り畳みのテーブルが収まった。水道で野菜を洗ってきたエリカを合図に、もくもくと下ごしらえにかかる。

 山のような下ごしらえも、『剥く』『切る』『串に刺す』を四人で分担すれば三十分で終わった。


 一息ついたころ、おもむろにジニーが立ち上がる。

「……ねえ、どなたか日焼け止めを塗ってくださらない? ずいぶん汗で流れちゃったの」

 ビクッとしたのは、若い魔法使いと、同僚の男である。式神は我関せずといったふうに、ジニーの後ろを鎧をがしゃがしゃさせて歩いている。

 ふたりの男たちの間で、激しく無言の会話が交わされた。

(どうする!? )

(無理です! )

(男ならいけ! )

( 婚約者がそこにいるのに、飛びつけるほど肝が太くありません! )

(仕方ねえなぁ! じゃあ俺が! )


「ちょうどよかったわ。ジニーさん、塗り合いっこしましょ」

「あら、いいの? 」

「水仕事をしたから、流れちゃったのよ」

 女二人が連れだって去っていく。


 少年の肩を、色男が叩いた。

「ま、がっかりするなって」

「ちょっ! してませんよ!? 」



 ――――さて、あとは買い出し組を待つばかりである。


 砂浜では、ビーチバレーが始まっていた。ネットを張った本格的なもので、どちらのチームも運動神経がいいので白熱している。

 初戦は杏花・ミシェルVS燈・ヒース。審判役はエリカである。


先生あのひと、絶対面白がってるな……」

「あっ! 」

「うわっ顔面いった! 」

「元気ねえ」

 ジニーは苦笑している。


 鼻を抑えた燈が、日陰で杏花に手当てを受けた。

 神々の指定には『チケットを消費すること』の項目がある。ビーチバレーの道具貸し出しもその一つで、他に残っているのは《スイカ割り》《バナナボート》《砂の城》に《砂埋め》。


 何をするのかと思えば、チケットでスコップを貸りてきて人を埋めるらしい。

「よーし、いっくよ~」

「どんとこい! 」

 スコップを握ったヒースが、寝そべった燈を埋めていく。沖ではバナナボートが始まり、ミシェルの悲鳴と歓声が混ざった声が浜辺まで届いていた。

「どれ、主にはそろそろこれが必要な頃合いか」と、式神が飲み物を持っていき、式神と少女たちは和やかに言葉を交わしている。

 その脇では、杏花がもくもくと砂の城を建設中だった。


「平和だなぁ……」

「平和ですこと」


 師弟の声がかぶる。

 ヒースはスコップを式神に預け、海へ向かって駆けて行った。



 ✡



 説明書を無しに構造を見て組み立てができるのは、サリヴァンにいくつかある特技の一つだった。

 脚のついた金属製の炉は、中に炭を入れ、上に網をかけられるようになっている。

 煤の処理も、片付けの手間もうまくできている。

 サリヴァンは使ったことがないが、ヒースいわく、似たようなものなら、あちらの世界にもあるという。

「っていっても、だいたい一人旅用だからね。こんなふうに大勢でつつきあう前提のものは無いかなぁ」


 その組み立て式の炉を二つ設置し、サリヴァンはテックスとともに、ドンドン肉を焼いていく。


『おかわり! おかわりだ! 』

 ドンドン、ドンドンである。


 黒髪の麗しき美女―――――なお師のことではない―――――アネットは、細い身体に食べ物をどんどん取り入れている。

(彼女はまあ、そういうものなんだろうとは思うんだが……)

 解せない。その隣では、同じくおかわりを要求する魔人がもう一人いる。


「どんだけ食う気だよお前達!!」


「むぉ?」

「んむ?」


 ジョンが叫ぶ。サリヴァンもトングをカチカチさせながら、振り返った顔の一つに一言申さねば気が済まない。


「ジジ! 育ち盛りのお嬢さんたちもいるんだから、ちょっとは遠慮しろ! ってーかお前、そんな食いしん坊キャラだったか!? 」

「食べられるときに食べておくのが信条なのさ。知ってるだろ? 」

 黒コショウをまぶしてカリッと焼いたスペアリブの成れの果てを咥えながら、ジジはニヤリとする。

「……おまえ、じつははしゃいでるな? 」

「まっ、それなりに? リゾートだし? ねぇ? 」

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