④『イケナイ太陽』

 さっそく準備の流れとなった。買い物組も含め、まずは水着に着替えなくてはならない。

 白いビーチにはコテージ風の建物があり、中で男女に別れている。

 木目を基調としたロッカールームはしっかりとしたつくりで、鍵もついている。床も清潔で、裸足になるのに不快感がない。

 街を歩く人を多く見かけたというのに、どのロッカーも使われた形跡が無いのが気になったが、これも「そういうもの」なのであろう。


 女性陣はめいめいに水着を手にして着替え始めていた。

 そんな中で、ヒース・クロックフォードはふだんの彼女らしくもなく考え込む。


(水着かぁ……)

 作業着は蒸れるので、上半身だけを脱ぎ、もろ肌にして袖を腰に縛り付けてあった。中に着ているシャツも袖が手首まであるが、かろうじて脱がずに我慢している。

 ヒースは様々な文化を旅の中で見てきた。胸をあらわにする常夏の人々との交流もあったが、彼女自身は間違いなく、今回の水着が人生最大に肌を露出する機会となる。

 彼女の知る水着とは、やや形が異なるのだ。

 このよく伸びる布は、体のラインがそのまま出るだろう。


「うーん……」

「着替えないの? 」

「先生」


 更衣室に繋がるドアの前に、いつのまにかエリカが――師である、血縁上の母親が佇んでいた。

 24、5の外見を保つ彼女は、とくに迷いもためらいもなく、オレンジとマスタードイエローの上下に別れたビキニを選んで手にしていた。

 黒や紺の寒色のイメージが強い彼女にしては華やかな色合いで、少し驚く。

 胸の谷間を強調するように布が交差していて、首の後ろでリボン結びになるデザインも、腰のところが網目のように肌が見えているのも、脚の付け根から先に布がないのも、ふだんくるぶしから上をスカートから出さない『淑女』にしては、あまりに大胆に思った。


「見たところ、寒色系の水着が多かったでしょう? あなたも寒色を選ぶだろうから、バランスを取ってこの色にしたのよ」

「なるほど、そういう考え方もあるのか……」

 大量にある水着を前にして、ヒースは顎に指先を添えて考え込む。

 その仕草をした瞬間、エリカが息を呑むような気配がした。振り返ると、彼女はなんということもなく、脇の水着に目を向けている。彼女にしては分かりやすい、動揺の名残りだった。


「あなたなら……スポーツ用の水着なんていいのではないかしら。そう、あのミシェルさんが着ていたような」

「うーん。でもお腹が見えるのは困るかも」

「スタイルは、そう悪くないでしょう。これなんてどう? 」

 エリカが差し出したのは、競泳水着と呼ばれるものだった。光沢を抑えた黒地に、体の中心を走るようにして直線的な青い切り替えがあるシンプルなデザインである。


「肩ひもが細くないかな? 足もぜんぶ出るし……」

「そんなの、着てれば気にならなくなるわよ。早く着替えてきなさい」

 まごついていては、決まるものも決まらないだろう。ヒースはおとなしく、水着を手にして更衣室のカーテンを閉めた。



 ✡



 最初に気が付いたのは、おそらく燈、ジニー、更衣室へヒースを叩きこんできたばかりのエリカあたりであった。

 燈、杏花、ミシェルは水着姿で歓談し(内容は、燈の恋が中心だろうか)、いち早く真っ赤なビキニ姿になったアネットは鏡の前で長く美しい髪をとかし、ジニーは椅子に座って日焼け止めを塗りこんでいる。

 おもむろに、燈がペンを取り出した。


〈ジニーさんの真上。というか天井裏に除き魔がいます! 誰かピンポイントで狙える人いますか? 火力は殺す気でやって大丈夫です〉


 ジニーがひらひらと手を振る。

 彼女は無造作に手のひらを上に上げ、そこから光の玉がほとばしった。


「水着最高うううううぅぅぅぅぅぅ」

 山の神の声が空の向こうへと消えていく。弧を描いて、やがて海へと落ちるだろう。

 ロッカールームは、静寂と溜息に包まれた。


 その時である。更衣室のカーテンが勢いよく開く。



「ねえちょっと先生! これすごい背中開いてるんだけど! 」


 外まで聞こえる大声に、婚約者が何もない砂浜でずっこけたとか。



「あら、いいじゃない」

 ジニーが鏡から振り返り、引き直したルージュを艶めかせて言った。

「わぁ~、すごく似合ってますよ! 」

 燈は大きな黒い瞳をきらきらさせて、ヒースに大きく頷く。


「あら、もうみんなあなた待ちなのよ。それでいいじゃない」

「い、いや、でも先生、これ……」

「言ったでしょう。着ていれば気にならなくなるわよ。似合っているから、安心なさい」

 エリカは温かに微笑む。そんなふうにされると、ヒースは弱い。

「あ、あなたがそう言うなら……」

 たじたじで引き下がるほかないのだ。



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