②『島にまつわるエトセトラ』

 少女の指先がカードのふちを迷う。

 黒髪の少女のほうへ体を斜めに向けたサリヴァンは、真正面から鋭く刺さる視線に、

(早く取ってくれ……)と虚空を見つめた。

 鋭利すぎる視線の持ち主は、妖しげな美貌を持つ男である。

 白銀の髪は流れる水のように美しく、性別の境のない美貌を縁取っている。切れ長の目に収まる瞳は、底に光と影をたたえる赤だ。


 サリヴァンのここにいないほうの師匠も、本性を大蛇とする神の化身だった。

 龍神、というらしい男は、どうやらこの少女の夫……(予定)の人物らしい。

 その視線の強さで、少女への想いは知れる。

 そういえば、人間を伴侶と選ぶところも師匠と同じだな、と、その娘であるところの人を見た。


 テーブルを囲んでカードゲームに興じるサリヴァン、ジジ、ヒースに、『あちら』の四人――少女ことあかり、龍神、式神、杏花きょうかというもう一人の少女――から少し離れたソファで、遠まきに眺めている女こそ、その『神』と『人』の相の子だった。


 溜息が出そうになる。

 左側でカードをいじる幼馴染兼婚約者は、さらにいえば、その神を祖母に持つ娘である。

 つまりは、エリカとヒースここは母娘で……母娘としての交流を、厳重に禁じられた間柄だった。


 溜息が出そうになる。眉間に皺が寄り、それを何らかの心理的ゆさぶりと取ったのか、燈はサリヴァンの手札からハートのエースを攫って行った。



 ✡



 ジジいわく、この燈という少女は、「けっこう見どころがありそうな子」なのだそうだ。つまりはお気に入りである。

 ジジは人間不信をこじらせた魔人だった。

「人間には、腐った肉か、役立たずのゴミか、そうじゃないヤツしかいないんだ」

 というのが信条で、サリヴァンやヒース、エリカは「そうじゃないヤツ」に属している。

 先日の異世界間交流においては、『ジョン』という男と、この『秋月燈』という少女が、「そうじゃないヤツ」の仲間入りをしたらしい。


「もうちょっと具体的な印象はないのか? 」と問うとジジは、

「ちょっとキミに似てる」と言った。


「なるほどね」

「どーしてそれで、ナルホドになるんだよ。エリ(※ヒースのあだ名)」

「いや、ジジが気にいるのに、いちばん納得がいく理由だと思ってさ」

 ヒースはいたずらっぽく笑って肩をすくめる。

「つまりは『けっこうイイヤツ』ってことでしょう? 」



 ✡



 どうやら燈のほうも、『以前』よりも人数を増やしてきたらしい。

 前述の龍神、そして『式神』と呼ばれた赤い鎧の大男は、『以前』もいたメンバー。

 燈の友人だろう、栗色の髪をした少女は、『杏花きょうか』と紹介された。


 龍神が『神』であると明かされたのは、そこである。


「簡単に言いますと、彼女がこの神様のなんです」

 燈の顔が、名前のとおり火が灯ったように赤くなった。

「きょ、杏花ぁああ!?」

「ああ、まだ結婚していないから婚約──むぐっ」


 燈が杏花の口をふさぐ。反応からして、遠からずの関係だろう。

 これを境に、龍神の態度が、こちらから見ても挙動不審になった。



 ✡



 ちょうどサリヴァンがヒースのカードを取ろうとしたときだった。

 何かを知らせるように、軽快な音楽が鳴る。

 ――――参加者が入場いたしました。


「来たか」

 と、式神が小さく呟いた。


 ――現時点で参加メンバー計五名確認いたしました。達成おめでとうございます。


「この流れで行くとFBIのジョンさんだと思うんだけど……」

 燈の言葉通りであった。


 『ジョン』と『アネット』については、すぐに分かった。金髪の屈強な男と、その傍らに浮遊する黒髪の美女という構図。

 はからずも、ジジという浮遊する魔人が常にかたわらにいるサリヴァンと似ている。

「身長は比べるべくもないけど」と、ジジがいらないことを言った。サリヴァンの身長は婚約者と頭一つ違うが、べつにそれはそれで気にしちゃいないのだ。してないったらしていない。

 『ジョン』も、ジジや燈の知らない追加メンバーを連れてきたようだった。


 まず目を引いたのは、長い髪の女だ。豊かな巻き毛は、群青と薄紫が混ざり合い、睫毛すら同じ色合いをしている。

 にこやかに、ヴァージニア……『ジニー』と名乗った。

 女性はもう一人。


「はじめまして! FBI超常犯罪捜査課の新人で、ジョンさんの相棒のミシェル・レヴィンズです! どうぞよろしくお願いしますね、トモリさん!」

 背筋を伸ばして燈とあいさつを交わす金髪の少女……いや、二十六歳はじゅうぶんな淑女レディである。

 ヘンリー・T(テキサス)・ジョーンズ……『テックス』は、黒髪の美丈夫であった。白い肌は、ジジほどにも白い。

 燈を中心に挨拶を交わす一行。テックスが燈の刀に食いついている。


(異世界の鍛造か……)

 サリヴァンも、いちおう表向きには鍛冶を生業とする身分である。

(あとで見せてもらおう)


「ジョン・エルバ・オルブライトだ。ジョンと呼んでくれ」

「サリヴァン・ライト。魔法使いです。サリーと呼んでください。こっちは相棒のジジ」

「どォもォ~」

 握手を交わす。

 エリカは相変わらず、少し離れたところで様子を伺っている。

「あれが、おれの師匠のエリカ」

 エリカはヒラリと手を上げた。

「こっちは……」視界の端に、顔を赤くして杏花とじゃれている燈と、彼女を見つめる龍神の姿が目に入った。

「? 」

 傍らに立つヒースが、斜め上で不思議そうに微笑んでいる。

「……婚約者、の、ヒース・クロックフォードです」

 ひゅーと、どこからか口笛が聴こえてきた。テックスだ。


 パートナーがいるのなら申告しておくのは、基本的なマナーだろう。

(これはそーいうのだから! )

(なんにも言ってないでしょ。自分で紹介しといて盛大に照れないでよ。カッコワル

 脳ミソを通して、ジジから呆れたような言葉が流れてくる。ヒースは照れるどころか、静かに腹を抱えて爆笑していた。



 ──♪ファレラレ ミラッラ ミファミラレ

 ──階段を進んで頂きフロントでのチェックインをお願いします。



 ……となれば、次は情報収集の時間だ。


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