①『君がいた夏は』
「――――つまりジジ、おまえの予想のとおりなら、ここは複数の神々によって創られた、一種の異世界というわけだな? 」
サリヴァンは腕を組んで言った。
「奸智の神ロキ、酒乱の神ディオニュソス、狂気の邪神ニャルラトホテップ……。こちらの面子は見事に『嫌な予感』のするラインナップだわ」
「触れても火傷ですまない予感がびしばしするな」
「他はなんだったかしら? 山の神と呼ばれたものに、摩利支天……猪の姿? バジリスクに、八岐大蛇。悪魔ボディス……。聞けば聞くほどおかしな話だわ。サリヴァンの言うとおり、ご機嫌を損ねなくてよかったわね」
サリヴァンとエリカは、師弟そろってため息を吐いた。
厳しい師匠とそれを尊敬する弟子として、一定の距離感がある二人だが、こういう共鳴するところがある。
「海のほうには、とくに何も無かったわ」
「もう探索してきたんですか。こんな得体のしれないところを」
「散歩程度に。綺麗な海だったわ。ただ、見つけたのはこんなものかしら」
つるりとした素材の束だった。料理の写真とともに明るい色合いで飾られたそれを広げてみると、二枚の長方形が四つ折りにされているのがわかる。触るとやや湿っていた。
「浜辺で見つけたのよ。このあたりの観光パンフレットね」
「ヒース、読めるか? 」
「ううん。これでも色々国は知ってるけど……」
すると、エリカが事も無げに説明した。
「こっちが島の全体図。こっちが島の施設の紹介。観光案内といったところかしら。この島は『キキナワ』というそうよ。そして私たちは、ホテルに向かわなければならないようね」
「それはどうして? 」
ヒースが上目遣いに尋ねる。
エリカは読み上げた。
「一つ、女人は水着に着替えるべし。
一つ、配布したタダ券は使い切るべし。
一つ、仲良く楽しく夏を過ごすべし。
一つ、目標達成まで島を出るべからず。」
「……それが神々からの試練ってわけか? 」
「というよりも、達成目標? なのかな。つまりこういうことだね? 『タダ券』と『水着』。これが今の僕たちが手に入れなければならないもので、それはホテルにある、と」
「その通りよ、ヒース。今、私たちがいるのが、ここ。飛行場ね」
エリカは下唇をなぞりながら頷いた。
島の全体図を広げ、ヒースは差した指をスライドさせる。「そしてホテルがここ」
「えーと、海があっちだから……」
全員が船の陰から出て、背にしていた方向を仰いだ。南国の樹々のシルエットの向こうに、屋根が見える。
「……あれか」
げんなりとサリヴァンは呟いた。
✡
「これか……」
サリヴァンは建物を見上げて、まぶしい太陽に顰めた顔を、より険しくした。「ホテル、OBORO……」
「おぼろ、ってどういう意味なの? 」
「崩れてもとの形がわからない、というような意味合いかしら」
「なんか不吉でヤなかんじ」
中をうかがおうとサリヴァンが扉の前に立つと、それは自動的に開いた。
冷たい空気が、汗にまみれた肌を打つ。
頷き合い、斥候に向いたジジがまず踏み込む。
ロビーは豪奢な内装であった。
金と白を基調にした大理石の床や柱は磨き上げられ、天井からぶら下がるシャンデリアが映り込んでいる。
中央にはこんもりと丸く整えられた南国の植物の鉢が置かれ、あたりには腰を休めるソファ。奥に、真紅のカーペットが敷かれた広い階段が上へと続いていた。
しんがりはエリカがつとめた。背後でガラスの扉が閉まり――――そして、声が流れ出す。
――本日はHotel・OBOROにご来店いただき、誠にありがとうございます。
――現時点で参加メンバー計八名確認いたしました。達成人数まで、残り五名。
――参加人数が足りないため、閉鎖空間を展開致しました。
すかさず動いたのはジジだった。
ジジの輪郭が空に融け、黒霧の波となって入口へ殺到する。
ただ閉じ込められただけならば、粒子となったジジの体は、紙一枚通らないようなところからでも脱出する。
入口が阻むならば窓、窓が阻むならば通気口、通気口が阻むならば下水道……というように、ジジはひとしきりをものの数分で試し、戻ってきて首を振った。
「仕方ないわ。階段を上ってみましょう」
出られない以外は、何の異常も見られない。戻るが無理なら進むしかない。
それぞれが
はたして、そこにいたのは――――。
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