オープニング『夏の予感』
サリヴァン・ライトは、十七歳になる魔術師である。
黒い瞳に暗い赤毛の長髪。年恰好は同世代より一回り小さく、美男子ではないものの、ブ男というほど見苦しくもない。
近眼ゆえに大きな丸眼鏡をかけているが、今は閉じているその目つきはやや三白眼ぎみで、眉間には皺が寄る癖がついているのを見るところ、苦労人の性分が人相に出ていた。
今はそんな眉間の皺を、短く爪を整えた指先が、伸ばすようにつついているところである。
「サーリーイー」
ついには、ぐりぐり指先をねじ込まれ、眉間の渓谷をぎゅっと深くして、サリヴァンは目を覚ました。寝惚けたまま、よだれが垂れていないかを確認しながら、耳からずれた眼鏡のつるを引っかけている。
「起きた? 起きたね」
よし、と言って、サリヴァンを見下ろしているのは、幼馴染(兼婚約者)のヒース・クロックフォードだった。
カーテンのように顔を隠す前髪は、下から見上げると用をなさず、その白く端正すぎる顔立ちをサリヴァンに見せている。
横髪を耳にかけながら、ヒースは小さく首を傾げた。
「起きて少ーし確認してほしいことがあるんだけれど。……いいかな? 」
ヒースの愛機、ケトー号の中を行く。もはや見慣れた内装だ。
操縦桿を握るヒースがこうして前を歩いているのだから、それは当然、どこかに停泊中なのだろうと考えて、ふと……サリヴァンは、次に停泊する予定はいつだったのか思い出せないことに気が付いた。
「なあ、ヒース」
「質問はあとのほうがいい」
作業服の背中が言う。
立ち止まったのは、貨物類の搬入口である後部のハッチだった。開け放たれたそこはスロープになっていて、薄暗い貨物室に外界の光が斜めに差し込んでいる。
出口へ歩を進めるほどにサリヴァンの顔が厳しくなっていくのは、そのまぶしい光の正体が、明らかに晴天の陽光そのものであったからだ。
まだ頭がふわふわしているが、サリヴァンら一行が、故郷の【下層】から出発していくらも経っていないことは確かなのだ。
【下層】に晴天は、真夏に雪が降るほど珍しい――――。
射し込む陽光に思わず手を額にかざす。
真っ白な明転ののち、靴の裏が灼熱に焼けた硬い地面を踏んだ。
ただっ広い広場のようだった。地面に線が引かれ、何かを区切っているように見える。端のほうに、見たことがない形の小型飛鯨船らしきものが停まっていた。
さらにその先にあるのは、白い砂浜。熱い太陽。水平線まで続くエメラルドブルー。
「ここは……どこだ? 」
「その質問には答えられないわ」
たおやかな女性の声が、横あいからサリヴァンの胸に刺さった。
「なぜなら、ここはまったくの未知の世界であるからよ」
顔立ちは、見慣れたヒースの姿を二段磨き上げたもの。背を流れる黒髪に、光の下で深みを増した紺の瞳。豊満と華奢のはざま、美しく鍛え上げられた体をシンプルな黒いワンピースと白衣で包んで、女は踵を鳴らして砂浜の方向から歩いてきた。
サリヴァンの脳裏を、火花のように断片的でか細い情報が
『彼女がここにいるはずがない』
という、根拠のない確信。
その根拠というものが、頭の中にある空白のなかにしかないことに気が付き、寝起きのサリヴァンの頭は、本格的に異常事態の警鐘を鳴らした。
「……
女は、深く頷いた。
「状況は認知できたようね。サリヴァン。ええ、四人全員が同じ状態よ」
サリヴァン・ライトは、預言に選ばれし『世界を変えるもの』の一人である。
記憶の中で確かなのは、最下層で見た、冥界からこぼれる青い光。石にされた人々。戦い。見送った魂たち。
始まってしまった人類存亡のための【神の試練】。
陽光が現実を照らし出す。集めた同志はいまだ四人。神話に従い、あと17もの海と空を旅しなければならないのに――――。
「四人? 四人っていいました? 」
「わたし、あなた、ヒース、ジジ、の四人よ」
彼女は億劫そうに靴を脱ぐと、指先に引っかけてサリヴァンの足元に置き、そこに黒々と落ちる影に手をついた。
「ジジ。あなたにも話を聴きたいのだけれど」
「……ヒヒヒッ」
声がする。
「女王様に意見を求められるなんて、ボクはいつからそんなに偉くなったんだろ? 」
「サリヴァン」
師からたしなめられて、サリヴァンは溜息をついた。
「ジジ……おまえ、なんか知ってるだろ? 」
「ありゃりゃ、バレた? 」
影が
「つってもボクだって、今しがた思い出したばかりなのさ。以前は……そうだねェ、最下層を抜けたときだったかな。アルヴィン皇子と一緒でさ。あのときと同じなら、ここは――――」
「ただの、神々の気まぐれ。奇跡が起きる場所ってやつなのさ」
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