⑥ナンジャタウン
「ちょっと、大丈夫? 」
ふらついて壁に背を預けたアルヴィンの顔を、ジジはのぞきこんだ。
アルヴィンは二度三度と頷き、細く息を吐く。
アルヴィンとミケ。この二人の主従には、悲劇的で情熱的な【別れ】があった。
アルヴィンの故郷、フェルヴィン皇国の王族には、【語り部】という魔人が生まれながらに付く。
語り部は、王となる証でもあり、フェルヴィン皇国の歴史を記録する存在である。
ミケは、その職務を放棄してアルヴィンを
そしてアルヴィンは、その犠牲によって、穏やかな死すら拒絶して、戦うことを選んだのだ。
床に向かって、とぼとぼとアルヴィンは言った。
「だいじょうぶ。僕は大丈夫……だよ」
人ごみと照明で暗くなった壁際で、アルヴィンはひっそりと顔を上げた。
「……これは【夢】って、そういう意味なんだ。よく分かったもの」
「大丈夫なわけ? 倒れたりしないでよ」
「しないよ。……うん。あのミケは、絶対に本物だ。あの、ちょっと気持ち悪くて自分本位な分析力……あれが偽物なわけがない。それは断言できる」
アルヴィンは震える唇を、ぐいっと引き結ぶ。
「でもジジ。僕はね……この夢が、僕が喜ぶと思ってお膳立てされた夢なんだとしたら……」
アルヴィンの深い青い瞳の奥で、ちらりと赤いものが
緊張に固まった表情筋を無理やり動かし、笑みの形を取る。
その笑顔は失敗していたが、ジジは(へぇ? )と、唇の端を持ち上げた。
「……僕の決意を
【24日 11時半】
「あなたの言葉には『嘘』の味がするッ! 『
「デュフフフフフ……! 何を言うかと思えば! 拙者になぁ~んの嘘があると? やれるというならやって御覧なさい! 拙者は変身をあと2回も残している……その意味が分かりますな? 」
「それは分かりませんが、暴いて見せましょうとも! 」
ミケと女が対峙する。
互いの視線が火花を散らす!
……この勝負の行方や、如何にッッッ!!!
ミケはゆっくりと、しかし語り部特有のよく通る声で話し始めた。
ミケ:まず疑問に思ったのは、御婦人……あなたは、そこまでこの作品をコキ下ろすくせに、作品について詳しすぎるという点です。あなたの考察には、明らかに愛がある……
男:……そうだ、アンタはただのアンチじゃあない!
ミケ:では、あなたのその『愛』の源は何か……! あなたは絶望編と未来編を憎悪しているが、それ以外の……そう、一作目と二作目の作品については、悪く言うことはない。あなたの『愛』はそこにある
男:……嬢ちゃん。それは、あの女の『推し』が、スーダ○と無印の中にいるってことか?
ミケ:ええ……! そしてわたしは、その目星がついています!
ミケの宣言に、女の肩が揺れた。
女:デュ、デュフフフフフフ……! 何を言い出すかと思えば、拙者の推しを当てようというのですか!? それに何の意味が!
ミケ:愛のありかを知るためです! わたしの推理はこうです。あなたは徹頭徹尾『彼』の扱いに憤っていただけだった!
あなたは推しを愛するがゆえに、推しの周囲のキャラクターを愛するタイプです。
推しがいるからこそ、その作品はあなたの目に輝きをもって映る……! しかし、しかし……ああ、悲しいことに……『推し』は作中で死んでしまうのでしょう
男:なぜそこまで分かるんだ嬢ちゃん!
ミケ:
一を聞けば百が見えるもの。……それが語り部。深読みと考察のスペシャリストとして生まれ出でたこの眼を、ごまかせるわけがありません……!
あなたは、その『死んでしまった推し』を悲しんだ。しかし、あなたの愛は、彼の死などでは屈しなかった。なぜなら……彼が愛した世界を、あなたも彼を通して愛しつつあったからです。
そうして、あなたは物語の結末に辿り着き……落涙する
女:…………
ミケ:あなたは思ったはず……!
『彼はその犠牲でこの世界の礎となった! この栄誉を、彼を愛するものとして、必ず胸にとどめておこう! 』と……。
あなたの胸の中で、彼の永遠の墓標は美しく飾られた。しかし、『彼』は物語の中で生き返ったのです……! さながら
女:………………
男:俺にもわかったぜ! こいつの推しってやつがさ!
ミケ:そう! この八周年記念コラボには存在しないキャラクター!
ずばり「彼」ですねッ!
ミケの指が、群衆の最前列の女を指す。女は、「えっ! 」と声を上げ、ハッとして、自らの鞄に留めたキャラクターバッジを高く掲げた。
「デュ、デュフフフフフフ……! 」
不気味に女の笑い声が響いた。
観衆は息を殺し、固唾をのんで女を見上げる。
「ど、どうせ思ってるんでしょ……! 『まーた女オタクは○枝推し! 』『クズキャラでもイケメンだから好きなんでしょ? 』
違う、違うちがうちがう、ちがう! 」
「そう、違います! あなたは彼の顔が良いから好きなのではない! 『顔も』好きなんです! 彼の生きざま、彼の全てが好きだった! 」
「そうよ! ……だから! 」
「だからアンチになった! しかし、あなたの愛は、それだけじゃあない! 」
「なんだって!? まだあるってのか! 」
「あなたは○○○さんが殺された……いえ、実は生きていたことを、口にしましたね。彼女は恐らく一作目のキャラクター……そうですね? 」
「あ、ああ、そうだ。彼女は一作目の……」
「あなたは、彼女の死にこだわった……ここにいる彼は言いましたね」
『てめーはそもそもカン違いしているぜ! スタッフは商売人である前にゲーマーなんだってことをな!』
『誰一人として、未来に生き残ったキャラクターを取り残さず、ダンロ○初代ストーリーのフィナーレにふさわしいオールスターで飾ろうってなッ! 』
「彼は、それこそがスタッフの愛だと言いました。そして、あなたはその『愛』という言葉に怒った」
『いいやッ! あるねッ! 愛? 情熱ゥ? そんなもん捨てちまえ! ゲーマーである前に、創作者として、スタッフは冷徹に物語を組み上げなくてはならなかったんでござるよ!』
「冷徹に物語を組み上げた結果、演出のために使われた○○○さん。あなたはそのことに怒ったのですね? 」
「……そう、拙者の本当の推しは……」
「ご婦人! あなたは本来、俗にいう『箱推し』! 物語全ての世界観すべてを愛し、尽くしたいと願う選ばれしオタク! 本来ならば、アンチとは最も遠いはずのディープなファン! 一目見たときから感じていましたとも!
わたしと同じ匂いを! 」
「!!!?? 」
「……あなたは、いつかのわたし。あの御方を失いそうになって、傷つき、世界を呪ったかつてのわたし……。いいえ、もう苦しむことは無いのです。だって、物語は、こうして続いている……そうでしょう? 」
慈悲深くミケは微笑んだ。抱擁する様に広げられた腕を、女の視線が戸惑ったようにうろうろする。
「そうだぜアンタ! 」
男が再び、テーブルの上に飛び乗った。
「あのアニメは、俺たちファンの声が作らせたんだ! 『あいつらとまた戦いたい! 』『あいつらの希望に満ちた未来を見たい! 』ってな! 華々しいシリーズのラストだったじゃねえか……! 」
女は悲鳴のような声を上げた。
「でも、でも……! あのラスト……! 『○○教○』と被っちゃったじゃん……!! 」
「仕方ねえさ! だってアニメの進行は、ジャン○の進行よりずっと前からなんだから! ○高先生も、○井先生も、誰も悪くない! それによぉ……あんた、忘れちゃアいねえか? 『アレ』をよ……! 」
男の手に導かれ、誰もが視線をフードコートへ向けた。
「『V○』ィ……! 」
「そうさ……最新作は面白かっただろ? シリーズ最高傑作という声もある……。俺たちの、アンタが愛した『ダン○ン』だったじゃァねえか! ……なあみんな! 」
「そうだ! 」一人が叫んだ。
「面白かった! 」
また一人。
また一人……。
やがてそれは、作品への大きな賛歌の合唱へと変わる。
合唱の中、女は震える声で、ミケに尋ねた。
「訊いても……いいでござるか? 」
面の下で見えない口元は、確かに弧を描いている。
「……貴殿の、推しは……。誰でござる……? 」
一歩。……また一歩。
女は、ミケに歩み寄る。
ジジは、隣のアルヴィンがぶるりと体を震わせたのを見た。
ミケは口を開く。
「それはもちろん……」
「ミケッ! 」
「あ、ばかっ! 」
飛び出そうとしたアルヴィンの頭を、慌ててジジが押さえつけた。
しかし時すでに遅く、ミケの目は、愛する主人をとらえて明るく輝くのだ。
「アーッ! アルヴィン様ァッ! ここにいたんですね! さがしたんですよぅ! もうっ♡ 」
『…………なにそれ』
女の輪郭が揺らめいた。
『……同志かと思ったのに』
背から黒いオーラが溢れ、立ち昇る――――!
「あちゃ~」
ジジは手のひらで額を叩く。
女のオーラが炎のように立ち昇った。女の体にねっとりと絡みつく黒い炎は、顔に貼り付いた仮面を不気味に照らし出し――――。
『……ァじゅ……が…………』
「ミケ! 早くこっちに! 」
「あらまあ! 」
『てぇぇぇええええええめぇぇぇええええええもぉぉぉおおおおおおおおお…………!
リア充ゥゥウウかァァアアァァァアアアアアアアッッッ!!!!! 』
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