⑤ナンジャタウン

(ダンガンロンパのネタバレがあります)(なぜか)


【24日 10時40分】


 結果を言うと、肩透かしだった。


 噴水広場は、その名の通り大きな噴水のある広場である。

 地下一階にあるその広場は、完全な屋内ではあるが、高さ三階分の巨大な吹き抜けの空間にある。

 その広場の中心にある一見して滝のようなものが、目玉の『噴水』だった。


「まさか、ただのカップル限定品の販売イベントだとは……」

「残念だったね」


 そう言葉を交わす二人の胸には、赤い薔薇を模したシールが貼ってある。それは紙製ながらも立体的な薔薇の形をしており、小さなキラキラした飾りと光沢のある紙の質感で、非常に手の込んだ代物だった。

 広場にいたカップルに、買い物をしているしていないに関わらず配布されていたこのシールは、胸につけていると館内の指定店舗で割引されるというアイテムである。

 店舗のリストの中には、レストランなどの飲食店が含まれており、二人は結局それを目当てに列に並ぶこととなった。


「ど、どこに行く? 」

「この、ナンジャタウンってのは? なんか、そっちへ向かう人が多いみたいだし」

「人ごみは嫌だな……」

「人が集まるってことは、理由があるってことさ。行ってみようぜ」



 ✡



「これは……」

「明らかにおかしいねえ」


 ナンジャタウン。それは、サンシャインシティのビル内にある屋内型テーマパークの名前である。

 その階層すべてを利用し、西洋的な街並みや、古い日本家屋が並ぶ通りが再現され、お客は各ゾーンにあるイベントやフードを楽しむことが出来る。

 アニメやゲームなどとも、途切れることなくタイアップしたイベントが開催されており、シティ施設内でも屈指の人気スポットである。


 内部には、様式の違うリアルな街並みが再現されている。

 しかし、あくまでも『再現』だ。

 二人の目の前には、まるで城門を思わせる門柱と、その城門の上で鎮座する、やけに頭と瞳の大きな猫がある。

 ここは地上二階のはず。だというのに、上には天井ではなく青空が広がり、風がそよいで小鳥がさえずっている。


「誰も変に思ってないみたいだ……」

「ずいぶん盛況だねぇ」

 皮肉っぽく口の端に笑みを乗せ、ジジは言った。「ま、ここまでおかしいと、ボクらのほうも期待できるってもんさ」



 ✡



「ぜ、絶望編はまだしも、未来編は蛇足! それは譲れないでござるよ! 」


「ぬぁ~にィ~? 聞き捨てならねえなあ! 」


 大きな声と、ドスン、ばたん、という音に、二人は、「体の中心で白黒に分かれた熊のような寸胴のマスコット」が招き入れるように置かれた入口を覗き込んだ。


 白黒くまの持つ看板の文字を、ジジが読み上げる。


「『ダンガ●ロン●』って書いてある」

「さっきから思っていたけど、ジジ、きみ、どうしてここの文字が読めるの? 」

「キミは読めないのかい? ま、いいや 」

「なんだか……変な感じがするよ。肌が気持ち悪い」


 ジジは、「それが気配を感じるってやつさ」と笑うと、無人の入口をずんずん進んだ。

 内部はやや薄暗いつくりになっている。重苦しい巨大なねじと、鉄板を張りつけたような無骨にもすぎるデザインの壁が、閉塞感を煽った。

 そう長くもない通路の奥は、『食堂』とチープな看板が掲げてあった。

 テーブルが並び、たしかに食堂のようになっており広さはそれなりにあったが、人が群れなしてギュウギュウに立ち見しているので、かなり狭く感じる。

 しかし『目的』はすぐに視界の中に捕捉できた。人ごみの中心で、テーブルに乗り上げ、大声で答弁を交わす人物が見えたからだ。

 どこからか、きついピンク色のスポットライトが差し、彼と彼女を照らし出している。



 一人は男で、どこにでもいそうな人物だった。

「未来編と絶望編、交互の放送で謎が一つずつ明かされていく演出! あのリアルタイム学級裁判のような考察の嵐! あれのどこが失敗だったって!? 」


 しかしもう一人は違う。ジジもアルヴィンも眉を寄せ、その女の視界に入らないよう壁際を取る。


 は、白金の長い髪を振り乱し、甲高い声でわめいていた。

「失敗とは言ってないでござるよ。拙者はァ、あれはまさしく黒歴史でありましたな、と言いたいのでござるゥ」


 面は、みごとな造りだった。ぬるりと濡れたような白い表面に、生々しい怒りの表情が浮かんでいる。突き出た角は鋭く尖り、ピンクの強い照明がなくとも大きな存在感を放っていた。


「そもそも! ダンロ●の肝は、クラスメイトとの死による永遠の別れでござろう? あれはないわ~! あのラストはないわ~! スーダ○2のラストは感動だったでござるよぉ~! 続編はむしろ邪魔! 名作を汚す悪しき蛇足! それがあのアニメでござった……」

 女の主張に、観客の中でうんうんと頷くものがいる。それを目にとめ、女はより尊大に胸を張った。


「てめーはなんにも分かってねえなぁ! あれはちゃぁ~んと、ゲーム原案の○高先生脚本だぜッ! 正史だ正史! 俺たちがヤイヤイ言うのも烏滸がましいってわかんねーのかよォオ」

 そうだそうだ! と観客の一部が叫ぶ。どうやら二つの勢力に分かれているらしい。


 女はテーブルの上でつま先立ちになって軽く膝を曲げ、頭全体を覆うように奇妙に片腕を上げた不安定な姿勢で腰をひねり、男をねめつけた。




 ――――カンカンカン!

(何の音だ? )

 ジジとアルヴィンが首を回すと、フードコートの職員らしき女が、木槌をテーブルに叩きつけた動作で、両者からやや離れたテーブルに座っていた。

 その顔には、入口のマスコットを模した仮面が張り付いている。


「主張は交互に! これは言葉によってシロとクロを決める裁判ですよ! 良いですね? ――――では開廷ッ! 」





 女:アニメ続編は蛇足ッ! その根拠はまだまだありますぞ~! そもそも黒幕候補に、『絶○』のモナ○氏を持ってきたのは辛いところでしたな!


 男:な、なんだってぇ~!?


 女:『絶○』を購入したものの大多数が、タヒんだはずの狛○氏再登場の情報でホイホイされたのは、貴殿も否定はできますまい? 主人公は苗○きゅんの妹、相棒はまさかの腐川、無印メンバーのご家族登場で沸き立ち期待値Maxハート! ……しかーし、蓋を開けてみれば、┐(´∀`)┌ヤレヤレ ……といったところ。


 絶望的な操作性!


 絶望的な当たり判定!


 絶望的なテンポの悪さ!


 バトルはもはや、胸躍るストーリーを見るための作業。その点で引っかかり、つんだユーザーは数多かろうと推察できますな。

 さて、購入者の何%が、モナ○氏のもとまで辿り着けたのでしょうか?

 未来編でモナ○氏が黒幕候補として脳裏に浮かばなかったユーザーが、いったい何人いるでしょう?

 否定はできぬはず! さあ、論破してみせよっ!



 男:ふんっ! てめーはそもそもカン違いしているぜ! スタッフは商売人である前にゲーマーなんだってことをな!

『絶○』はたしかに、操作はクソだったぜ……歴戦のオイラでも、○まるを何度モノ○マの餌食にしたことか知れねえ……。

 でもな! その先に確かに感動はあったんだぜッ! 俺たちが感じた情熱を、スタッフが知らねーはずはねえ!

 モナ○ちゃんを黒幕候補に据えたのは、そんなスタッフの愛のメッセージに他ならねえ! 誰一人として、未来に生き残ったキャラクターを取り残さず、ダンロ○初代ストーリーのフィナーレにふさわしいオールスターで飾ろうってなッ!

 さあ、異論はあるのかよッ!



 女:いいやッ! あるねッ! 愛? 情熱ゥ? そんなもん捨てちまえ! ゲーマーである前に、創作者として、スタッフは冷徹に物語を組み上げなくてはならなかったんでござるよ!

 未来編の物語の破綻……あのトリックでは、○生がなぜ○○○○の上で○んでいたのかの説明がお粗末!



 男:いいや! あれは、あの人が○望に侵されたゆえの○○だったと説明がされている! 」



「では、○○○の死に方は? たった一人、突発的に行うには、あまりに――――ねえ?


 男:ぐぬぅ……! たしかに、演出過多は認めてやる!

 だがお前……! 何か話を誘導しているな!? 何が言いたい! 本当に言いたいことはなんだ!


 女:デュフフ……気づきましたな……その言弾が貴殿の膝を打ち抜くとも知らずに……!

 そう、拙者はこれが言いたかった! ○○○をなぜ殺さなかったのか?



 周囲で何人もの人が息を飲む音がする。



「……貴殿ら、目を逸らし続けておりましたな? そう、○○○を殺した!……と、見せかけてェ? 実は生きてたァ?

 ゆえに拙者は『あれは黒歴史だった』と言ったのです!

 シロとクロ、絶望と希望のコントラスト、ユーザーが求めるのはいつだってそれだ!

 なのに……あなたは? あなたは? あなたは、あなたは! あなたはァ?

 あなたは、本当に、あのお話でゼツボウ、したんですかぁ?

 絶望を彩るのなら、もっと素晴らしい展開があったのでは?

 さらにはその後、スーダ○2の素晴らしいラストをも汚すような改変を行った! 罪深いと言わんしてなんというッ! 反論してみせよ! 」





「 ぐ、ぐぬぬぬぬ……! 否定できねえ……! すまねえ……みんな……ッ! 実は俺も、あのラストには完全に納得できたわけじゃなかったみたいだ……! 」


 男が膝をつく。

 ため息の合唱が、波になって広がった。



 ―――――しかし、そこに立ち上がる、小さな影が。


「……それは違います。角のご婦人」

 確固たる意志をもつ金色の目が、人ごみの向こうの女を見つめ、まっすぐに歩き出した。

 人混みが割れる。

 誰もが道をゆずる。

 手には紫色のタピオカドリンク。長い二本の三つ編みを揺らし、白すぎる肌は、一見して外国人の子供のように観衆の目には映った。


「あなたは、自らの『愛』に、大きな嘘のヴェールを被せておいでです……! 」

 ストローを突き付け、頬に生クリームを付けた闖入者は、宣戦布告する。


 アルヴィンはあんぐりと口を開け、ジジは「あちゃー」と額を抑えた。



「……ミケ!!? 」


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