④噴水広場
【24日 10時】
「ミョーですねぇ。奇妙極まりないですねぇ~」
ふむ、と顎に指先を添え、ミケはぼやいた。
その服装は様変わりしている。
髪を三つ編みにまとめ、ざっくりとした白いタートルネックのセーターに、ショートブーツと、グレーが基調になったチェック柄の半ズボン。
どこからどう見ても、『ただの外国人の子供』に見えるはずである。
ミケは知らぬことではあるが、東京は世界的にも大都会。街全体が観光地となったこの街では、外国人もそれなりに多く、ミケはその特徴的なほど長い三つ編み以外、あまり目立ってはいなかった。
(人が増えてきている……着替えたのは正解でしたね)
あたりの子供連れを見渡し、ウンウンと満足げにミケは頷く。
――――今から約四時間前、展望台ビルの東側から、ミケは飛び降りた。
このサンシャインシティは、地下街と、その上に併設された四つのビルによって成る複合型の施設だ。
ミケが飛び降りた展望台があるビルは、入口のある南東の外側に位置し、東はサンシャインシティ外の道路や建物に面している。
展望台から、この街を俯瞰したミケは、次はその道路のあたりから、このビルの外観を眺めてみるつもりだった。
(それなのに外には出られないとは……うむ~……どういう仕組みなのか)
今ミケがいるのは、サンシャイン60という展望台のある例のビルの西側、サンシャイン広場と呼ばれる場所である。
温かみのある煉瓦の赤茶色で構成された広場は、真正面の奥に『Sunshine City』と青い字を掲げた、(ミケから見ると)横長の巨大な建造物。左手の手前にあるやや小ぶりな、しかし(ミケから見ると)あまりに長大な建物の方は、驚くことに宿泊施設だという。
ミケは四時間かけて手前の二つのビルの捜索を終え、一息ついたところだった。
「やはり出口は無い……。外へ出られないのなら、内側に何かしらの手がかりがあると思ったのですが……。アルヴィンさまぁ~……」
さながら主人においていかれた子犬のように、ミケは情けない声を出した。
「ここにいる気配はするのに……ああ、いったいどこに……。語り部が
すん、と鼻を鳴らし、ミケの金色の瞳が潤む。
「この変な紙も、気になるし……」
視線を落としたミケの手には、赤やピンクのハートマークに彩られた、【運命のあの人と共に! 】という、なんとも情熱的なチラシが握られていた。
✡
【同時刻 噴水広場】
「何あれ? イベントのコスプレ? 」
「手品でもやるんじゃね? 」
「すっげー! あの子のエルフ耳、超ホンモノっぽい! 」
ざわめきの中で、ジジとアルヴィンに向けられる声がする。アルヴィンは尖った耳の先まで赤くなり、パーカーのフードを深く被った。
(買った時はこの布の余りの意味が分からなかったけど……これはこういう使い方をしてもいいはず……)
不安げに視線を巡らせるアルヴィンの手を、はぐれないようにジジの温度の低い手が握っている。
光沢のあるハットに、黒いコート、先のとがった革靴、ぴかぴかのステッキを持った紳士は、あまりにも目立っていた。
その後ろをついていくアルヴィンもまた、それこそ「おとぎ話のような」金髪碧眼に加えて、長く尖った耳も、王族らしい気品のある美貌も、いやがおうにもサブカルチャーに慣れ親しんだ日本人たちの目を引いてしまう。
「ね、ねえ……すごく目立ってるけど……」
「目立つのが作戦だから、いいんだよ」
「そ、そうなの? 」
ジジは、ふっと口元だけで笑った。
「コソコソ隠れていくのも考えたけど……どうやら無駄みたいだからね。ボクらをここに連れて来た犯人は、ずっとボクらを知っていて監視してる。それなら、『ここにいるぞ! 』って知らしめてやろうじゃない」
「ど、どうして監視されてるって分かるの? 」
「簡単な推理さ。ボクらはあの博物館で眼が覚めたあと、服を買いに行った」
「……ああ、うん……。ぼくらが買ったって言っていいの? あれ」
アルヴィンは、ジャケットの中に着たセーターの胸元を軽く引っ張って苦笑いをする。
無一文だった二人が服を手に入れるまでには、「盗めばいい」とすぐさま行動にうつそうとするジジと、それを必死で止めたアルヴィンの、すったもんだの攻防があったのだ。
結局二人は、すったもんだの末になぜか金銭を恵まれ、念願の服を買い、こうして堂々と噴水広場を歩いているのである。
アルヴィンはこの出来事で初めて『ジジ』という魔人の強すぎる個性を目の当たりにして、「ぼくがしっかりしなくちゃ」という責任感を抱いた。
「手に入れちゃえばこっちのもんさ。それよりこれだ」
ジジは、赤とピンクと白に彩られたチラシを見せた。
ポップに膨れた【運命のあの人と共に! 】という文字。小さく二段構えで刻まれた概要によると、それはカップル限定イベントで、この噴水広場で行われるという。
「どうやら今日と明日、この世界では特別な日にあたるらしいね」
「クリスマスイブ、ってやつ……だっけ」
「そう。これは大事な人と過ごす日……転じて、恋人たちの日でもあるようなんだ」
ジジは、こうして話している間でも、見えないほど希釈して分離した体の部分で、情報収集を行っている。
どこで何をしていても、リアルタイムで情報を仕入れてくるので、あまりに便利すぎて、アルヴィンはここに一緒にやってきたのがジジで良かったと最初は思った。最初だけは。
「じゃあ、ジジは、このチラシのイベントに犯人がやってくるって、そう思ってるの? 」
「そうさ。……あー、でも、ボクはこの姿じゃあ、ちょっとオッサンすぎるかな。どこかで少し年齢を調整しなくちゃ」
アルヴィンは、自分の有り様を思い出して、頬を赤くする。
「な、なら、ぼくにこんな格好させなくたって……きみが変身したらよかったじゃないか」
「それじゃ、おもし……いや、犯人の不意をつけないだろ」
「でも、だからって、女装なんて……! 」
アルヴィンは、ふわふわの白いセーターの胸元を引っ張った。
その下には詰め物がされ、僅かだが、厚手のセーターの上からでも分かる程度のふくらみがある。
ズボンは細身のスキニージーンズで、ルーズ感のあるショートブーツでカジュアルに纏められていたが、アルヴィンの中性的な美貌と胸元の演出だけで、じゅうぶん『女装』として通用する仕上がりになっていた。
モヘア素材の白いセーターの上には、あまりに恥ずかしがったアルヴィンが強請った、厚手のダウンベストを羽織っている。
「いいじゃない。似合ってるぜ」
「ウウウ……」
「犬みたいに唸るんじゃあない。ほら、もっとくっついて。これならカップルに見えるかい? 」
ジジは悪戯っぽく帽子を取った。三十半ばの紳士だった顔立ちが、十七、八の若者のものになっている。
服も、かちこちの紳士の装いではなく、黒いダウンジャケットを着た、見たことが無い若者らしい装いになっていた。
「……便利だね、その能力」
「誉め言葉と受け取っておこう。ほら、ショータイムだ。ダーリン。胸を張って」
ジジはニッタリと、裂けるように笑った。
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