便利さんはけしてお待たせしません!

ちびまるフォイ

現場にはけして近寄らないでください

「便利さんって、超便利だよね」

「どうやってるんだろうな」

「ほら、お前もやれって」


電車の中で聞いた学生たちの会話が気になり、

その場で「便利さん」をネット検索したところ、アプリが1件ヒットした。


「これが便利さん、か」


アプリを起動してみると、自分に10人の便利さんが割り当てられる。

わかりやすく人形のアイコンになっていた。


~~~~~~~~~~~~~

・便利さんはあなたの代わりになんでもしてくれます

・便利さんにお願いすると、1便利さんが消えます


【注意】

便利さんの痕跡を探したり追いかけたり捕まえたりと

不便利な行為はけして行わないで下さい。

~~~~~~~~~~~~~


便利さんにしてほしいことはメッセージで入力すればいい。

新しい家政婦みたいなシステムなのかも知れない。


「便利さん、俺の部屋を掃除しておいて」


便利さんが 9/10 になった。

家に帰ると部屋はぴかぴかになっている。


「おお、すごいな。これが便利さんか」



翌日、昨日起きた飲酒運転の

容疑者刺殺事件のニュースを見ていると同僚がやってきた。


「昼休みなのに、なんてニュース見てるんだよ」

「ほっといてくれ」


「お前、便利さんって知ってる?」


危ない。知らなかったら遅れてるとかバカにされるところだった。


「あぁ、知ってるよ」

「今は何人便利さん残ってる?」


「9人」

「おお! それじゃ1人貸してよ」


「貸す?」


「知らないのか。便利さんは別の人に貸すことができんだよ。

 で、貸してもらった便利さんを使わずにキープすると

 貸し元の便利さん所持数と同じ数になるんだ」


「……は?」


まったくわからない。新手の詐欺手法をレクチャーされている気分。


「とにかく、明日まで1便利さん貸してくれよな。

 あと、お前は今日は絶対に便利さんを使うなよ」


「いいけど……なんなんだ」


意味はわからなかったが、翌日同僚が9人の便利さんを見せたことで納得した。


「便利さんを貸してくれてありがとな!

 これで俺の便利さんが1→9人に戻ったよ」


「誰かに協力してもらえると補充出来るのか」

「そうそう。お前もいい相手見つけろよ」


俺も同僚の手順を真似て、誰かに便利さんの噂を流した。

狙い目は便利さんを知らない初心者。


まだ便利さんを使っていないから、所持数は10人。


「な、俺に便利さんを貸してくれよ」

「ああ、別にいいよ」


初心者は意味をしらないので便利さんを貸してくれる。

借りている便利さんを消費しなければ、使いたい放題。

なにせ翌日には元の数に戻っているのだから。


―― のはずが。



「ええええええ!? 便利さんを使っちゃったの!?」


「だって試してみたくて。別にいいじゃないか」


「困るって! あんたが便利さんを使ったら、

 俺の便利さんが10人まで補充されないじゃないか!」


「そんなこと知らないよ」


誰かに協力させないと便利さんは補充できない。

それだけに便利さんの噂はねずみ講のごとく広まった。


けれど、俺からの「便利さんを使うな」という指示は誰一人守ってくれなかった。


「あれほど言ったのに! 1日我慢することもできないのかよ!」


「そもそもボクの便利さんなんだから、何に使ってもいいだろう」

「ぐぐぐ……」


改めて他人は信用出来ないと確信した。

そこで便利さんをなんとかして手に入れる方法を考えた。


便利さんをとっ捕まえて、そのシステムさえ知ることができれば

職業柄パソコンに精通している俺なら多少のデータかいざんお手の物。


便利さんが何者で、どういった経緯で依頼を行っているのか。

それさえ知ることができれば……。


「便利さん、俺の部屋の掃除をしてくれ。15時に」


便利さんを1人使ってお願いをする。

俺は外出したフリをして押入れの中に隠れ便利さんを待った。


便利さんが来たところで飛び出そうと準備をする。



ぎしっ。



俺の部屋の床が踏みしめられる音が聞こえた。

確実に誰かがこの部屋に入ってきた。


押入れの戸を開けて飛び出した。


「捕まえたぁ!」


相手は黒い服を着た男だった。

便利さんの制服にしてはカジュアルすぎるなと思った。


「ちくしょう! いやがったのか!!」

「え?」


男は馬乗りに鳴った俺を前蹴りでふっとばすと、

腰に差していたナイフを抜いてこちらに向ける。


「動くな! 動くと殺す!」


「え、ちょちょっ……そんなのしまってよ、便利さんなんだろ。

 俺は単にあんたたちのシステムを解析したいだけで……」


「便利さん?」

「へ?」


男ごしに、こじ開けられた形跡のドアが見えた。

コイツ便利さんじゃない。


「あ、あ、空き巣!?」


「でけぇ声出すなぶっ殺されてぇのか!!」


まさかの人違い。時間を確認し忘れていた。


「俺ァすでに1人殺してんだ。てめぇ一人殺すのも抵抗ねぇんだよ」


「あわわわ、きゃ、キャッシュカードならそこにあります……」


俺はタンスを指さした。


「物わかりが早くて助かるぜ。言っとくが警察に通報しても、

 ここまで来る前にてめぇをぶっ殺す事ができるからな」


時間はまだ15時前。

便利さんが来てこの状況を見て警察に通報するとしても、その前に逃げられる。


いや、待てよ。便利さんなら……。


俺は音声入力のスイッチを押した。


「お、お願いがあります」


「あ?」


「便利さん、空き巣をやっつけてください!」


「……さっきから、誰に話してんだお前」


ちょうど15時になった。



 ・

 ・

 ・


整頓された部屋で俺は目を覚ました。


「あれ……?」


底には空き巣もいない。部屋はキレイに掃除されていた。


「便利さんが来てくれたのか。ああ、助かった」


便利さんが来てくれて空き巣を撃退した後で

ちゃんと掃除をやってくれていたんだろう。


安心してドアを開けると、警察でごった返していた。


「あぁ、便利さんが警察に通報もしてくれていたんだ。

 聞いてください。実はうちに空き巣が入っていて……」


「いえ、我々はものすごい悲鳴が聞こえたと受けて駆けつけました」


「悲鳴?」

「話は署で聞きましょうか」


警察はパトカーに案内するので慌てて手を払った。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! なんで俺が!?」


「ご自分を見てください」


ふと自分の服を見てみると、返り血がべたりとついていた。

手にも足にも、まるで怒りにまかせて誰かを殴り殺したような……。


「あの……俺……」


「あなたも、どうやら現場に行ってしまったんですね」


警察はスマホを手にとった。

便利さんの画面には依頼完了の文字が表示されていた。



「もしかして、あなたも降霊アプリ『便利さん』の被害者ですか?」



まだ体に残る何かが俺の口を動かした。


「私を殺したアイツに復讐できてよかった。もう思い残すことはない」


便利さん所持数が1減った。

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