第3話 俺の幼馴染
望んでいなかった再開から一週間経った、校門のベンチでの出来事以来、井桁とは会っていない。もちろん校内で見かけはするものの、あそこまでの距離に接近はしていない。それでいい。
一方、凛とは廊下ですれ違えば挨拶はするし、学校の分からないこととか聞いてくる。
前にも話した通り凜は幼馴染だ。家は隣で幼稚園から一緒。小学校から陸上をやっていてスポーツ万能、背は低く(140㎝くらい)、そのことを本人はちょっぴり気にしている。
あんなことがあった後でも凛だけは何も変わることなく接してくれた唯一の女子だった。それでもあの頃の俺は、そんな彼女を避けてしまった。逃げてしまった。その優しさから。あの日から変わったのは世界ではなく俺の方だった。一緒に通学することはなくなり、学校で話すことも少なくなった。俺からしようとしなくなったからだ。凛を巻き込みたくなかった。俺なんかに関わっていたら凛まで・・・なんて考えると今まで通り接することなんてできなかった。そのことで凛は相当悩んでいたらしい。勝から聞いた。だから高校入学前の春休みに凛が同じ高校に行くと知った時には複雑な気持ちもあったが、少し嬉しかった。都合のいい話だが、また友達として、幼馴染として戻れるならそうしたかった。
春休み。出かけようと家を出た時、丁度凜も家から出てきた。
「おっ唯斗 お出かけ?」
「まあ、そんなとこ 凜も?」
「うん!ちょっと商店街にね 唯斗はどこいくの?」
「久々に三丁目の喫茶店に行こうかなって」
昔、よく行った。凜とも、家族とも。
「懐かしいねー どのくらい居るつもり?」
二時間くらいと答えると少し食い気味に凜は言った。
「後で行くかも!連絡するね!」
「わかった 待ってる」
待ってる。話さなければいけない。謝らなければいけない。だから。
店に入って一時間、凜が来た。
「えへへ 買い物早く終わったから連絡しないで来ちゃった!」
びっくりしたー?と言いながら向かって来る。まあ座りなよと促した。正面に凛が座る。着席と共に抹茶ラテを頼む彼女に続いてアイスティーのおかわりを頼んだ。
座ると凜から切り出した。ごく自然に。商店街の八百屋さんがリニューアルするだとか、髪を切ろうと思ってるだとか、どんなのがいいかな?なんてことを話した。とういうより聞いていた。女子の髪型なんて分かんねえよ!と思いながらも。それでも良かった。それこそ最初はお互いに緊張していたもののそれはすぐに溶けた。懐かしいなこの感じ。思わす言った。
「なんと言うか、久しぶりって感じだなこういうの」
「ホントホント!まあ唯斗色々あったしね」
色々ね。
「まあな、もう気にしてない大丈夫」
嘘だ。
「高校では是非、平凡に暮らしたいわ」
少し笑ながら言った。
「環境が変わればきっといいことあるよ、平凡じゃなくてもね。今となってはだけど中二の時は酷かったよねみんな」
「しょうがないよ」
「しょうがなくなんてないよ・・・唯斗は何も悪くないよ。南を振った理由だって私はちゃんと知ってる・・・」
凜と井桁南は親友だ。当時、相談も乗っていたことは後から聞いた。
「南ね、唯斗がみんなに酷いこと言われているのすごく悲しんでた。自分のせいだって、攻めてた」
それを聞くまで井桁が俺のことを心配しているなんて想像もしていなかった。単に嫌われたと、そう思っていた。
「私は知ってるよ。唯斗が告白を断った理由、南と付き合わなかった理由」
そう、凜は知っている。俺のことは何でもお見通しだから。
「唯斗は自分が好きかどうかも分からない相手と付き合うのが、中途半端な関係になるのが失礼だと思ったんでしょ。」
怖かったのでしょ?と。
ご名答だよまったく。
「多分そうだったかな、覚えてないけどな」
誤魔化した。笑って。
「多分じゃないよ・・・だって唯斗は優しいもん・・・」
俺は優しくなんかない。一人の女の子を泣かせてしまったのだから。
「だから高校に行ったらきっといいことあるよ絶対。保証する!」
どこから出てくるんだその自信は。
こう少し暗い話題になても最後にはこういう持って行き方をできる凜はすげえなと思う。
「そういえば高校はどこ行くの?」
ああ、言ってなかったか。それもうそうか、話す機会なんてなかったのだから。
「清流ヶ丘高校。ちょっと遠いけど」
清流ヶ丘(セイリュウガオカ)
俺が高校名を出した瞬間、凛がその瞳をさらに見開いた。
どうした?おーい、と凜の顔の前で手を振る。
ハッ!ぴょこんと椅子の上で小さい体が跳ねた。
どこかに行っていた凛の意識が戻ってきたようだ。
「今・・・清流ヶ丘って」
俺は凜が困惑している意味が分からない。
どうした?俺がそんなところ受かると思っていなかったのか?失礼な!
そういうことではなかった。
「実はね、私もそこに行くの」
—!? え。私も行くって・・・え。
「それとね。南も一緒なの・・・清流ヶ丘なの」
まじかよ・・・!
いやいやいやいや、意味が分からん。分かんねえ!分かんねえぞ!!
趣味の悪いドッキリだと信じたかったが。そうだ!・・・そうだよな。気づいて俺は肩をすくめる。
受験の話なんて同級生とした記憶なんてほとんどない。俺自身あんな状況だったのもあったし、本格的に皆が受験に打ち込んでいた時期は少し空気がピリピリしていた。どこを受けるだ受かっただ落ちだなんて会話は、3月ギリギリまで控えてる人に失礼じゃないか。みたいな雰囲気になっていたし、俺は、勝やバスケ部仲間の数名ぐらいしか行先は知らない。女子とはもちろん会話はしなかったし、凜とも、この言い方はおかしいが軽い疎遠状態だったから。知る由もない。
「そうか・・・井桁も」
こんなことあるのか!?どう冷静に処理しようとしても脳が追いつかない。
「私も唯斗と同じくらいビックリしてる」
これまで見たこと無いくらい不安な表情を凜は見せた。だから俺は言った。もうこれ以上心配なんて掛けたくないから。
「でももう大丈夫!さっきも言ったろ?もう気にしてないって。全部な!みんなのことの井桁のことも」
うつむいたままの、目の前の幼馴染の女の子をこれ以上・・・
「三月までの俺は過去だ!格好つけた言い方するとな」
小さく頷いてくれた。続ける。
「高校じゃあ同じ過ちはしない!俺はもう恋愛なんてどうでもいいし、そんなものに関わるつもりもない。平凡じゃないしな!」
あ、これ俺のモットーね。と付け加える。くそくらえ!は流石に言えない。
「今まで本当にゴメンな。色々気を使わせてしまった。これからは、また幼馴染として、家が隣同士の同級生に、友達に戻りたい。もう逃げない」
これは最初に言っておくべきだったな。と反省した。
凜が顔を上げる、驚いた表情に戻っている。
「そう・・・よかった」
そして笑顔になる。少し涙ぐんでいることに気付いたがこれには触れないでおこう。
「よかった!・・・唯斗が元気になって、というかその過去から吹っ切れて!・・・じゃあ高校でもよろしくね!」
三分の一くらい残った抹茶ラテを飲み干し、私そろそろ行くね。と立ち上がる。
奢るぞと言ったがあっさり断られた。
抹茶ラテ280円です。
ごちそうさまでした!
また、お待ちしております。
マスターとそんなやり取りを終えて出口に向かう彼女を見送る。
「じゃあ、また」
手を振った。
「うん。またね唯斗」
井桁にもよろしく。と言いかけたがやめた。店を出ていく彼女の横顔があまりにも悲しく映ったから。
それにこれは俺のモットーに反するだろう。凜は幼馴染であり友人だ。でも、井桁は違う。どうしても異性として意識してしまう。ましてや告白をされた相手だ。だから、さっきのは言わなくてよかった。これから同じ高校に通うと知った今でも、もう関わらないと決めたことは変わらない。それは凜にも伝わったはずだ。
これでいいんだ。
喫茶店のからの帰り道、凜は今にも泣きそうな表情だ。でも泣いちゃだめだ。もし、見られたらまた、心配を掛けてしまうから。
少し目線を上げる。彼はもう、大丈夫って言ったのだから。自分に言い聞かす。なんでだろう?それでも胸の奥がモヤモヤする。ズキズキする。思わず立ち止まった。
『俺はもう恋愛なんてどうでもいいし、そんなものに関わるつもりもない』
「唯斗・・・」
呟いた。誰にも聞こえない声で。声として出ていたかもわからない。スマホを取り出す。
「言わなきゃ」
親友に電話を掛けた。
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