Act.27 策謀
「――あぅ」
正面から衝撃を受けたことで、短い吐息のような声が口から漏れ出る。
ヒナカの左肩には深々と矢が突き立っていた。
『ヒナカ!』
声にならない悲鳴を上げ、剣を取り落とし、左腕をだらんとさせながら、左腕を
傷口からは血がどくどくと流れ出ており、既に小さいが血溜まりを作り上げていた。
――何だ、何が起こった。
地震の後の部屋のような、ひどく混乱した頭で、なんとか思考を再起動させる。
心底焦り切った顔の使用人が、こちらに駆け寄ってくる。その手には赤黒いシミがへばりついていた。
駆け寄ってきた使用人は、しゅんと顔を下に向けていた。
「気にするな、私は大丈夫だ。――それより、ヒナカだ。直ぐに屋敷に運べ」
すぼ、ずぼ、とテルルが背中に刺さった矢を使用人の男に手伝わせて引き抜いていた。
しかし、どうしたって痛むようで矢が落ちるたびに顔を
『ヒナカ、大丈夫か?』
――ダメだ。意識がぐちゃぐちゃで全くコンタクトが取れない。それどころか、テレビの砂嵐のような音が頭に延々と響いてきて
テルルは自らの足で――ふらつきながらだが――屋敷に戻っていた。
ヒナカを運べと命じられていた使用人の男は、意識が
そこそこ傾斜のある坂をゆっくり
テルルの傷ついた背を捉えながら階段を下り、松明の光を頼りにして歩き続ける。
ひやりとした風の吹く通路を曲がる。そして、数人の白衣の人の姿が見受けられる、壁を白の木で
その中央には、同じく白だが石で作られた台が鎮座しており、周りに小さい刃物や
上がった息で、テルルが使用人におもむろに問いかける。
「あいつを呼べ。医療班は外に出していると伝えろ」
こくり、と使用人の男が頷き、部屋の外へ走り去る。
二人になった部屋で、テルルが血がこびりついた皮の鎧を無造作に脱ぎ捨てる。痛みに顔をしかめながら、棚へと向かう。
「遺跡式だが、許してくれよ」
そう赦しを請うように言って、テルルが壁に取り付けてある棚から、透明の液体が入ったガラス瓶を取り出し、中身を少量取り出し矢の刺さった傷口に塗り込む。
そして、一気に矢を引き抜く。
悪趣味な形の鏃の返しに、はがれた小さな肉片がぶらんと垂れ下がっていた。
「~~~ッ!?」
「堪えろ」
ヒナカの朦朧としていた意識が、急激に引き起こされた痛みによって鮮明になる。その口をパクパクとさせながら、悲鳴を絞り出そうとする。
テルルは、糸と針を取り出し、少しまごつきながら針の尻についた孔に糸を通す。
手を血で汚しながら、きれいではないがしっかりと傷口を糸で縫合し、最後は玉止めでしっかりと傷口を固定。
ふぅ、と一息つきテルルが天井を見上げる。
「……あとはこの子の体力次第、か」
そうぼそりと呟いて部屋を出て行った。
『ヒナカ?』
必死に問いかけるが、反応がない。ヒナカ、ともう一度問いかける。今度は少し反応があったが、すぐに砂嵐にかき消されてしまった。
頼む、頼む。と俺には祈ることしかできなかった。
ヒナカは俺がここで初めて俺の言葉をまともに取り合ってくれたヒトだ。
ヒナカと出会う以前にも何人かに話しかけていたが、ことごとく何かの間違いだと言って無視されてしまった。
こんなところで、大切な相棒を失うわけには、いかない。
ただ祈るだけの時間が過ぎていった。
かつ、かつ、かつ、と半覚醒状態だった俺の耳に2つの足音が飛び込んできた。
足音の主は、部屋を出ていったテルル。
そして、そのテルルと一緒にいたのは、濃い緑の外套を着た白髪の男。手には大きめの鞄を持ち、眼鏡を掛けていた。
「肩を射られた。太いのをやられているかもしれん。遺跡式だが、応急処置はしておいた」
「肩、それに遺跡式。……こんな時代遅れの老いぼれじゃ、命の保証はできませんよ」
「君じゃなきゃ呼んでいない。それに、できるだけのことはする。頼む」
わかりました、と短く返し、男は一瞬にして仕事人の顔となる。
「射られたのは左肩上部……そうするとここが怪しくて……いや、ここも……」
ぶつぶつと顎に手を当てて呟いている。
ゆっくりと道具に手を掛ける。一度縫い付けられた傷口を開き、中の状態を確認している。
「血管の方は大丈夫そうだ。だけど、中に少し木片が入ってる。無駄足は嫌いだからね、綺麗に治していくよ」
「頼む」
かちゃかちゃと道具を動かす。その手捌きに一切の迷いはなく、粛々と治療が進んでいった。
「少し、いいか?」
「……?」
そうテルルが言って、ヒナカの治療を中断させ、こちらに近寄ってくる。
『……!』
近寄ってきたテルルに体をむんず、と掴まれ、ヒナカの手首から取り外される。
「すまない、続けてくれ」
男の顔に少し困惑の表情が浮かんだが、すぐに真剣な顔に戻る。
だがこちらはそれどころじゃない。なんで俺をヒナカの手から取り外した?好奇心から?疑念から?
さっぱりわからない。
テルルは困惑する俺をよそに、廊下に出る。くるくると俺を手で弄りながら暗がりを進んでいく。
たどり着いたのは、机の上に見たことのない機械――身も蓋もなく言えば、コーヒーメーカーのようなものだが――が、大量の薄茶の紙によって埋もれている部屋だった。
テルルがブルドーザーのように腕を直角に曲げ、土を机の橋に寄せていく。その際紙が地面に落ちたが、本人がそれを気にしている様子は一切ない。
空いた空間に俺を置き、足早に特段仕切られていない別の区画に消えた。
テルルはすぐに戻ってきた。――両手に得体のしれないモノを抱えて、だが。
モノの正体はすぐに推察できた。テルルが俺に向かってそれをかざしたからな。十中八九あの哀れな店主が使っていたものと同じものなのだろう。
しかし出された結果が気に食わないのか、ふぅむ、と唸ってまた消えた。
その後も何度かモノを持ってきては俺に試していたが、納得の行く結果は得られなかったようだ。
しかし、テルルは俺に関しての俺が知らない情報まで独り言を喋ってくれていた。記憶力のいい人は、実際に声に出して頭の中身を整理するというが、本当らしい。
ランプを消し、ヒナカの待つ部屋へと向かう。
部屋には、服を汗でびっしょりと濡らした男が椅子にどっかりと腰掛けていた。
「傷の方は?」
「運よく、太い方の血管は大丈夫でしたよ。他に目立った傷はなかったし、この子ぐらいだったら数日で良くなると思う」
テルルは、肩の荷が下りたかのように深くため息をつく。
「――そうか。迷惑をかけたな。茶でもいるか?」
「いや。それはまたの機会にしておく。そうだな……代わりと言えばなんだが、なんでこの子にこんなに良くしているのか教えてくれないか?」
「答えたくない、と言ったら?」
「その時は素直に引き下がるさ。君を怒らせても何もいいことはなさそうだしね」
「冗談だ。そうだな……あれの子と言うのもあるが、非常に――いや、いっそ心配になるほどに夢に対して純粋だったから、と言ったところだろうか」
「と言うと?」
「この子はな、白鐘になるためにこんなところまで来たらしい」
耳長の女はそう言って、彼女の願いを語り始めたのだった。
無機物魔術師の異世界冒険譚 お香 @Mokoh_0722
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