Act.26 ダンス
「何、簡単なものさ。斬り合おうじゃないか、君には興味が沸いた!」
そう屈託のない笑顔でテルルが告げた。
が、テルルの眼は笑っていなかった。
つまるところ、何の虚栄もそれに混じってはいないということだった。
「もちろん本当の殺し合いじゃない。レイ、いるか?」
音もなく滑るようにして木陰から姿を見せる。
――すげぇなこいつ。全然気配がしなかった。
用意をしてくれとテルルが告げ、使用人の男がこくり、と頷く。
使用人の男は回れ右をし、屋敷のほうに消えた。
ゆっくりと喋り出す。
「一対一で行われる、武器での斬り合い。……決闘と呼ばれている代物だ」
腰につけた剣に手を伸ばし、テルル。
「
これならば俺の知っている決闘とさほど変わりはない。
それならばヒナカかテルルのどちらかが死んでしまうことになる――が。
「決闘とは言ったが、殺し合いをするつもりは毛頭ない。それでだ、三つほど条件を
指を三本立てて、視覚的に表す。
まず、と置いて指の数を一つづつ減らしていく。
「『石を全て失う』『降参する』『武器を破壊される』のいずれかで、"負け"」
ニコリと微笑み、テルルが言う。
「『力あるものが勝つ』――闘剣場式だ、分かりやすいだろう?」
「……魔法は、使ってもいいんですか?」
「ああ。――そうだな、少しハンデをやろう。私は魔法を使わない。使うのは、コイツだけだ」
シャッ、と腰の剣を抜く。
柄に対して、剣の幅が非常に細い。
――
だがテルルのルール説明に引っかかるものを覚えてか、ヒナカ。
「武器の破壊、っていうのは?」
「名前の通りだ。『武器』を壊されたら負け。だが、
なるほど。つまり剣を
「ちなみに、降参はどういう扱いなんですか?」
「……『石』には触れないのか――おっと、すまん。そうだな。無いと思う、というかほぼ無いが、相手に降参を言わせたら勝ちだ」
テルルがヒナカの問いに答えた。
ぱちり、と剣が鞘に納められる。
視界の端に、使用人の男を
荷物を抱くように抱えながら、こちらに向かってきていた。
「道具もそろそろ揃う。君が欲しているのは、私が持つ鐘。これで違いないな?」
こくり、とテルルを
「私が要求するのは、君の持っている腕輪について教えてもらうこと」
屋敷からここまではさほど距離がない。
使用人の男はもう間近まで迫っていた。
「相違ないな?」
「はい」
「なら、良い。レイ、すまないな」
到着した使用人の男がふるふると頭を横に振る。
喋れない理由でもあるのだろうか。
「――ほれ。利き腕とは逆の腕にお嵌め」
テルルが使用人の男から物を受け取る。
それを流れるようにヒナカに手渡す。
言われた通りに受け取ったものを身に着けた。
透き通った深蒼の石。淡く光って三つ横に並んだ状態で腕輪に埋め込まれていた。
「これは?」
「遺物を加工したものさ。使った治癒魔法の規模に応じて光が消えるようにしてある。それがすべて光を失ったら、負けだ」
「即死は、ないんですか?」
「もちろん。心の臓を貫かれてもすぐ治るように設計して、実際に運用もした。そこは安心してもらっていい」
もちろん実験には本当の大罪人を使ったぞ、と両手を振りながら誤解を晴らそうとする。
――複雑な気分だ。ヒナカも似たような感じらしい。
ごとり、という音がヒナカの耳に届く。
耳がピコピコ動いていた。
使用人の男が抱えてきたのは、これだけではなかった。
それは、重そうな台形の何か。何か操作していた。
ヒナカの疑問を察したのか、テルルが喋りだす。
「これか?」
口には出さずヒナカがこくこくと肯定する。
鑑定が死んでいる俺では、何なのか分からない。
ヒナカでもわからないのなら聞くしかない。
「――ま、見てな。面白いモノが見れるさ」
もったいぶられた。
だが、その言葉は真実だった。
ヴオン、という音がした。
それに気を取られ、使用人の男のほうを見る。
すると、気付けば一帯に不透明な半球状のドームが出来上がっていた。
「なんですか、これ?」
「一種の結界だ。この中にあるものはもういくら壊しても構わんよ」
「大丈夫、なんですか?」
「あぁ。壊しても終わったら元通りになる。そういう結界だ」
ヒナカが好奇心からドームに触れる。
だがそれに質量が存在しないらしい。
するりと手が通り抜けていた。
「それと魔法を外に通さないようにしてある。あるなら存分に使ってくれ」
そうテルルが言い放つ。
切り株をひょいと飛び越え、山を背にヒナカと距離を取り、剣を抜き放つ。
さぁっ、という剣を抜く心地よい音がドームに響く。
剣を己の前に、構える。
「それじゃ、始めようか」
使用人の男の合図。
「しぃっ!」
「ふっ!」
低く刺突の構えを取ったヒナカ。
前傾姿勢で迎え撃つテルル。
一瞬視線が交錯する。
腕を伸ばし剣をテルルの右側に滑り込ませるが、難なく上に弾かれる。
ヒナカが悔しそうに舌打ちをし、くるりと身体を一回転、身体を後ろに傾けて後ろに離脱、再度構えを取る。
今度はテルルから仕掛けてきた。
右に左に鋭い突きを繰り出し、前に詰めてくる。
「はあっ!」
「……!!」
ヒナカは左胸に飛んできた残像を剣の腹を持って軌道を逸らし、事なきを得る。掲げた柄を両手で持ち直し、重力に逆らわずに下へと振り下ろす。
残念ながら振り下ろした剣はテルルにはかすりもせず、ヒナカの左足の横に行き着いた。
これを好機と見てか、少し間をとったテルルが再度仕掛けてきた。
『豪炎魔術、第三章二頁
いきなり現れた炎の牛車に、さしものテルルも驚いたようで、ざざっ、と地面を削り、身体をくの字にして何とか突撃を中止する。
テルルは心底驚いた嬉しそうな顔をして、
「やるな!魔法の才もあるとは!」
と、ヒナカに称賛の言葉を送る。
ヒナカは少し複雑そうな感情で顔を
ヒナカがふっと全身から力を抜き、力なく地面に倒れ込む――ように見えた。
「らぁあぁっ!」
「ぬおっ!?」
ヒナカが低い姿勢から一気に加速し、地をはうように間合いを詰め、下から上へと斜めに切り上げる。
しかし、
「舐めるなァ!」
「く――ぃッ!?」
振り上げた剣を打ち上げてさらに加速させ、重心を低く取っていたヒナカの体勢を左に崩し、両腕の上がった無防備な胸に向けて、突きの構えをとる。
瞬間、前方で複数の弦が弾かれる独特の音と、同じく複数の細い飛翔体が風を切る音、そして覆面を被った数名の姿。
飛翔体は、ヒナカに向かってきていた。
ヒナカがひゅ、と短く息を吸う。その目は見開かれている。
どどどっ、という低く連続した音が目の前で聞こえた。
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