Act.25 赤鐘
俺の迂闊な行動のせいだ。
非常に居心地の悪い空間が出来上がってしまった。
この状況をこちらから破る――それは自ら墓穴を掘ることと何ら変わりはない。
要するに向こうの出方を待つしかない。
テルルが痺れを切らし、口を利いてくれた。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ、ごめんなさい。お義父さんどうしてるかな、って」
基本的に俺の事は軽々しく人に伝えない。
前にヒナカとそう決めていた。
喋って思考する腕輪。そんなものが存在する。
それが知れ渡れば俺に興味を持った個人や団体、もしくは国が動くことは必然。
そうなれば、ヒナカは俺を手放さなければならなくなる。
それを未然に防ぐため、ヒナカはどうにか場を誤魔化そうとしている。
「――それで、その腕輪は?」
「と、闘剣場にあったものを買い取りました」
ふむ?と少し目を見開かせる。
明らかに納得していない。
「その大河のような力強い流れの魔力でか?」
「それは、その......」
ヒナカは明確な答えが用意できない。
次の言葉に詰まる。
テルルの発する無言の圧力。
まさに無慈悲に迫ってくる天井のそれだった。
「――いや、聞かれたくない話の一つや二つは誰にでもある。それに気づけなかった私を許してくれ」
ふぅ、と鼻で一息つき、
テルルがきまりの悪い顔で発したのは、謝罪の言葉だった。
「いえ、そんな、謝ってもらうほどのことでは...」
「まぁいいさ。また私を信用出来たときに教えてくれればそれで構わない。それまでの楽しみと思っておけば張りが出る」
空になったカップを机に戻す。
滑らかな所作で立ち上がる。
「まだ日も高い。平日だしどうだ、私と一緒に屋敷を見て回らないか?多分いいものを見せられる」
「いいもの、って?」
「それは見てのお楽しみ、と言いたいところだが少しヒントをやろう。恐らく君の種族が一番それに馴染みがある、ということだな」
ヒナカは質問の意図を図りかねる。彼女は首を傾げた。
だがヒナカは好奇心には勝てず、ぼそりと行きますと答えた。
ヒナカが同じように立ち上がる。テルルの後に付いていく。
意地悪な笑みを浮かべるテルル。
むぅと口を尖らせその後ろを歩くヒナカ。
サプライズを仕掛けたい子供と、仕掛けられる子供のそれだった。
Hの字のように建設された屋敷の中央に位置する建物。つまりは渡り廊下。
そこは両サイド全面ガラス張りで、周囲の景色がありありと見て取れた。
俺たちが最初に見た鉄の門が左手に見えた。
その反対には俺たちが入ってきた裏口のある庭園が。
庭園のさらに奥には緩やかに傾斜した坂があった。
その上には足場の悪そうな開けた土地がのっぺりと続いている。
木を切り倒されつくした後の山のようと言えばより的確か。
「中々の光景だろう?ここはかなりこだわった。屋敷の中で一番金が掛かってるだろうな」
けらけらと口で笑った。
だが眼は呆れたように上を向いていた。
掛けた金の金額が可笑しかったのか、はたまたそこまで金を掛けた過去の自分を嘲笑っているのか。
どちらともとれる笑いだった。
渡り廊下を抜ける。
最初に入った建物とは反対側に造られた建物へと足を踏み入れた。
別の建物に足を踏み入れて思った。
この屋敷は広さに対して、明らかに中に居るヒトが少ない。
メイドであろう人物に出会ったのも最初に出会ったあの人だけだった。
それとなく聞いてみるようにヒナカに求めてみる。
ヒナカが、饒舌に屋敷のことを語るテルルに質問を投げかける。
「ん?あぁ、そのことか。私の屋敷に初めて入ったやつの大体は私にそう聞いてくるな。まあ、如何せんあれが有能すぎるんだよ」
「......?」
訳が分からないといった顔つき。
これに関しては全くの同感だった。
「君が最初に会った使用人だよ。家事、料理、戦闘、どれをとっても非の打ち所のない超人さ。行く当てがないからと興味本位で拾ってみたらとんだ虎の子だったわけだ」
確かに有能なのはわかる。
だがそれがどう人がいないことに繋がるのだろう。
どう考えたってこの広大な屋敷を一人で管理するのは手に余るはず。
「まぁ実際に働いてるところを見れば嫌でもわかるだろうさ。お陰で元の使用人たちは年中休暇みたいなものだ。さっさと連れ戻して別の仕事でこき使わないとな」
受け取り方によっては理不尽な上司のような発言をしたテルル。
だがその声に一切の棘はなく、どこか楽しげでもあった。
「さて、これで屋敷の中はすべて回ったな。次は外だ。付いてきな」
それからまた外に出向く。
さらに屋敷の説明をされること十五分。
流石のヒナカでも飽きてきたらしい。
時々違う方向を見ていた。
最後に説明をされていたのは俺が気になっていた開けた土地だった。
曰く、遊探家駆け出しを訓練するため。テルルが仕事で使うため。
きっちり整備されていない割にはよく使われているそうだ。
切り株が多いのは椅子代わりにするためだともテルルが言った。
「知り合いからよく魔法や戦闘の訓練を頼まれていたせいか、それに楽しみを覚えていてな。今では伊達や粋狂ではなく仕事の一つとして正式にやらせて貰ってる」
「何を教えてるんですか?」
「専門は魔法分野だが、
へぇ、と一つ新たな知見を得たヒナカ。
ちょこんと切り株に座る。
歩き疲れた風のテルル。
ヒナカに倣って向かいの切り株にどすりと腰を下ろす。
テルルが
雪がちらつく中、冬らしく木枯らしが
テルルがにやりと顔の左側を動かし、左腕で頬杖をつく。
「――で、私に何をさせたい?」
「テルルさんの協力が、欲しいです」
「それは最初に協力すると言った。君、まだ何かあるだろう?フェアに行こう」
テルルが明後日の方向を向き、煙草を吹かすように一つ息をつく。
では、とヒナカも一拍置いて喋り出す。
「私、今は身寄りがなくて遺跡に潜りたくても潜れないんです。それで、テルルさんに口利きをしてもらいたいん、です」
「というと?」
「その......なんというか、助けてもらいたいんです」
奥歯に何か詰め物でもしているかのような、歯切れの悪い会話。
これにはテルルもあまりいい顔をしていない。
「君の話はどうにも要領を得ない。簡潔に述べな」
「......鐘を、ください」
テルルは珍しい玩具を与えられた子供のように、好奇心でにやりと左頬を釣り上げた。
「――っ、」
ヒナカの息が詰まる。
「欲しいのは、これかい?」
七センチほどの細いひょうたん型の何か。
中央には赤いリボンが巻き付けられている。
テルルが腰に着けていた雑嚢から取り出されたものだった。
『鐘か』
〔はい〕
音として聞こえたわけではない。
だがヒナカの声は少し上ずっていた。
例えるならば 、檻の中にいるのが不満な猫が外に出る唯一の方法を目の前でちらつかされているのだ。
さらにテルルは頬を釣り上げ、ヒナカに問いかける。
「これをやる、と言ったら?」
「ッ――!」
途端。
ヒナカの眼に光が燈る。
左手を固く握り締めた。
「もちろんタダではやれん。そうだな......その腕輪について教えてくれれば、かな」
明らかに後手に回っている。
信頼できるかどうかが半々の相手。
それ《・・》に俺の情報を渡して鐘を手に入れるか、別の安全な方法を取るか。
だが、テルルは俺が予想していた以上の方法で勝負を仕掛けてきた。
「なに、情報の交換だけでは味気ない。それでだ、一つ私と
ヒナカの眼が人馴れない獣のような疑い深いものへと変わる。
「何、簡単なものさ。斬り合おうじゃないか、君には興味が沸いた!」
屈託のない笑顔でテルルがそう、告げた。
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