Act.19 八百長試合

 太陽がそろそろ沈んでいく時間だ。太陽は必死に光を地上に届けようとするが、月が次は私の番よと言わんばかりに彼を地平線の向こうへと追いやる。


 静かだった闘剣場は、血を求めてやってきた観客たちによって、徐々に埋まってきていた。

 それを狙い、闘剣場で商売をしている商人たちがこぞって手持無沙汰な観客に飲み物や軽食を売りつけ、いそいそと金稼ぎに励んでいた。


 ヒナカは試合前の最終調整に入っており、愛用だという片手半剣を小さい砥石でせっせと研いでいた。


 その手つきは滑らかで、素人からしたら職人かと思ってしまうほどだった。剣の研ぎが終わったのか、布を取り出し、その綺麗な部分で剣を丁寧に拭きあげていく。


 剣についてそこまで詳しい訳では無いが、片手半剣の事は昔――小学生の時だが――読んだ本で主人公が使っていたのを覚えている。


 基本は普通の片手剣の様に扱うが、力を込めたい時は少し長めの柄を両手で握り、両手剣のように扱うといった、状況に応じた扱いができる便利な剣だったはず。


『だよな?』

〔よく知ってますね。けど、剣の重心が微妙な位置にあるから扱いは難しいんですけどね〕


 初耳だった。確か剣について調べようとしたら色々種類がありすぎてよくわからなくなったこともあったな。


 今日の戦いは三つあり、俺たちが出るのは二つ目の試合だった。最初はフラッグ戦と呼ばれる試合らしく、敵陣に立てられた旗を奪取し、自陣まで持ち帰る、もしくは敵チームを全滅させれば勝利という、シンプルな形式の戦いだった。


 戦いは五人二チームに分かれ、俺たち側のチームは人間とエルフ、ドワーフの混合チーム。対するチームは俗に言う蜥蜴人リザードマンおぼしき外見のチームだった。


 両チームともその装備品からするに自由闘剣士だろう。どのような仕組みで拡声しているのかは知らないが、実況の男が戦いの幕を切って落とす。


 闘剣場は、平らな戦闘スペースと、闘剣士や魔獣を逃がさないために作られた溝があり、それを囲うように観客席が作られている。


 となると戦闘は基本前での斬り合いになる。はずだった。


「おぉーっとぉーー!?紅の眼の団員が一斉に姿を消したぞ!?何が起こっているんだ!?」


 突如蜥蜴人のチームが姿を消したのだ。対するチームは戦闘態勢を崩さず、じっと待っている。


 人間の前衛職と見られる男が、何もない場所に向かって突然剣を振った。


「シャジャァッ!?」


 突然、虚空から人より少し大きい程度の蜥蜴人が出現する。


「透明化!」


 ヒナカが納得したように声を上げる。透明化とは、また便利なデタラメがあったもんだ。


 蜥蜴人は斬られはしたものの、傷が浅かったのか直ぐに捻れた曲刀を持ち直し、人間の男に攻撃を仕掛ける。


 それに合わせたように他の見えなくなっていた蜥蜴人達も出現し、敵味方入り乱れる混戦と化した。


 もう彼らの頭には旗という言葉は存在せず、ただ目の前の敵を殲滅せんとする獣の目になっていた。闘剣場の土に血が、腸が。血で血を洗う戦いとはこの事を指しているのだろう。


 観客の興奮もヒートアップし、その歓声は闘剣場の空気をビリビリと震わせた。一際大きな歓声が上がった。どうやら決着が付いたようだ。ヒナカと他の奴隷たちが急ぎ足で入場門に向かう。


 檻の隙間から見える光景は、胃があったら吐いてしまいそうだった。至る所に散らばった人や人でない者の腕や足。血溜まりの中には、胴体と頭が別れを告げている物もあった。


 勝者は既に去っており、死体を顔を覆面で隠した闘剣場の関係者らしき人々が死体の処理をしていた。


『掃除』はもう少しかかるとのことだった。


「おい、そこの奴隷たち。お前たちの主人の使いがお呼びだ」


 来た。ヒナカが昨日言っていたヤツか。ヤコブから言われたのは、「ヤツは衛兵の一人に成りすましてる。時が来たら、三回指を鳴らしてくれ。そうしたら後はヤツが勝手について行く」、とのこと。いいねえ。スパイ映画みたいで。


 ヒナカは言われた通り指を三回鳴らす。衛兵には怪訝な目を向けられたが、特に追及はされなかった。


 衛兵は通路を進み、最終的には通路の奥に位置する小部屋に連れて来られた。中には誰かがいるようで、、呪文らしき意味不明な文言を呟いていた。


「入れ」


 ヒナカ含む奴隷たちが部屋の中に入った事を確認すると、衛兵がドアをバタンと閉めた。フードを被ったいかにも怪しい男が口を開く。


「今からお前たちには命令に背けなくなる呪いを掛ける。まずは一番左の貴様からだ。前に出てーー」


 怪しげな男は言葉を最後まで発することが出来なかった。突如後ろから現れたフードで顔を隠し、バンダナで口元を隠した何者かに峰打ちをされたからだ。というかこちらの方が怪しいのだが、こいつがヤコブの言っていた盗賊職のやつなんだろう。


「後は任せて。思いっ切りアホ貴族の馬面をぶん殴ってきな」


 声は何か変声機でも使っているのだろうか、酷くしわがれており、辛うじて女性と分かるものだった。このヒトもあのクソ貴族を嫌っているのか、励ましの言葉を掛けてくれた。


「誰だか分からないけど、ありがとうございます。いってきます」


 他の奴隷たちは呆然としているが、ヒナカが声を掛けると、我に返ってくれた。


 急いで入場門に戻ったものの、既に檻は上がりきっており、その向こうには親に似て豚のような体つきの男が、その取り巻きの真ん中に油断しきった表情で突っ立っていた。


「私を待たせるとは何事だ?はっ、そうか!私の強さに怯えて便所で震えていたのだな!まあ仕方があるまい!何せこの私だからな!そうなるのも仕方があるまいて!」


 初っ端から印象悪すぎだろコイツ。親が親だから酷いのは目に見えていたけど......ここまでとは。


『鑑定』


名称:ヴィル•アンベシル レベル:27 クラス:剣士

種族:人間 精神状態:油断 年齢:23

使用武器:雪鉄鋼のレイピア+2

HP:92 MP:207 SP:38

天命力:109 筋力:92 敏捷:122 知識:83 魔力:62 カリスマ:37 判断:31 

スキル

剣術:Lv.3 剣術技:Lv.3 脅迫:Lv.2 恫喝:Lv.3 拷問:Lv.2 

ユニークスキル

着用装備:


 何だこいつ。レベルは高く、ステータスもヒナカより上なのだが、レベルが非常に離れているヒナカと対して変わっていない。カリスマや判断に関して言えばヒナカよりも劣っている。というか、スキルの所が何かと物騒で恐ろしいな。


 まさか、パワーレベリングとかいう類のあれなのではないだろうか。なるほど八百長試合をしろと命令される訳だ。しかも、取り巻きの連中も対して強くないという。こいつら、俺が言えたことじゃないが魔術に頼り過ぎだろ。


「さあ第二戦は注目の新人、アンベシル一家の秀才、ヴィル!対するは!駆け出し遊探家の五人組!試合、開始!」


 アホ息子は手加減してやるよ、と言わんばかりの体勢だった。手加減されるのはどっちなんだか。


『どうする?』

〔身のこなしからしてすでに弱いです。伸びきった鼻をへし折ってやりましょう〕

『いいねぇ』


 ヒナカがぐっと左足を踏み込み、相手の間合いまで一気に詰める。だがその打ち筋はわざと甘くしており、わざと下手な闘剣士を装っている。


「はっはっは。その程度か。疾さだけかな?」

「......」

「これは失礼!力だけの種族は人の言葉を解さぬと!これだから野蛮な獣人種は!」


 アホ息子がその言葉を口走った瞬間、ヒナカから触れただけで切り刻まれそうなほど鋭い殺気が溢れ出す。あ、これ触れちゃいけない線飛び越えた感じのあれか。


 またもう一歩間合いを詰める。また、もう一歩。一歩踏み出すごとに、ヒナカの剣捌きは徐々に早くなってきていた。だがアホ息子の顔からは未だ余裕の表情が消えていない。


「あなた、獣人種は嫌いですか?」


 突然ヒナカが切って貼ったような笑顔でアホ息子に問いかける。奴は少し面食らったようだが、すぐに威勢を取り戻し、見下し切った態度で答えた。


「何を言い出すかと言えば!貴様のような人でも獣でもない雑種を好むものなどいるわけがなかろう!」

「よかった」


 ヒナカが口にしたのは、意外な言葉だった。だが、すぐに俺はその言葉の意味を知ることとなる。


〔兄者は、手を出さないでくださいね?〕

『お、おう』


 一旦ヒナカが後ろに跳躍し、アホ息子から距離を取る。ヒナカが長い深呼吸をする。その間にもアホ貴族はヒナカに対して意味のない誹謗中傷を浴びせ続ける。


「――ふッ」


 風景が、ブレーキのないバスの窓から見える外のように、流れていった。あるいは、フィルムのコマ落としをした映像を見ているようだった。


「――くぺっ?」


 無駄に着飾った鎧を着ている男から間抜けな声が上がる。かと思った次の瞬間、男はぐりん、と白目をむき重力に従って地面に倒れこんだ。

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